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第46話 繰り返さないように
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早朝、俺たちはこっそりとビザードを発つことになった。荷物をまとめ、宿から出た時には、まだ町は朝靄に包まれている状態だった。
「はあ。めちゃくちゃ疲れたな」
「だな」
俺の言葉に、ピーターも何か疲れたよと同意してくれる。
「まあまあ。これでキャンプ生活に戻っても、当面は調味料や保存食に困ることはないわ」
そんな二人に、元気を出してとマリナが笑いかける。
「そうそう。状況が見えただけでも大きな収穫だ。これから先は王宮の噂もなかなか耳に入らないような農村を中継地にすればいいだけさ」
シモンもさあ行こうと促してくれる。
「おい」
と、そんな一団に誰かが声を掛けて来た。俺は思わず身構えるが、アンドレが帽子を強く押えてきたので、マントで隠すように携えている剣を抜くことは出来なかった。
「メルロじゃねえか」
その間にシモンが誰かを確認し、驚いた声を上げる。
「朝早くに発つって聞いていたからな。そこの吟遊詩人さんには世話になったのに、何も出来ないのは悔しくってよ。サンドイッチとそれに気に入ってくれたハム、どうか持って行ってくれ」
メルロは俺を見ながら、そう言ってバスケットを差し出してきた。
「で、でも」
あれは悲劇の引き金を引いただけじゃないのか。俺は差し出されたバスケットを前に戸惑ってしまう。
「いいや。いずれは解ることだったよ。ケイルはいつか限界が来ていた。それは嫁さんも同じだ。それに、ビルだって、金が返ってこないことに納得出来ず、いつかケイルの秘密を暴いていた。ちょっと早くなっただけだよ」
メルロは珍しいことじゃないし、あれが一番いい結末だったんだと、寂しそうに笑う。
「そんな」
「世の中、取り返しの付かないことばかりだからな。だから余計に、お礼は言える時に言っておかなきゃ。俺だけでは、ビルの言い分しか聞けなかっただろう。そうなれば、もっと悲劇的なことになっていた。だからどうか、受け取ってくれ」
メルロはずいっと俺にバスケットを差し出した。俺は、それを受け取るしかなかった。
「兄ちゃん。後悔のない人生なんてないぜ。だから、繰り返さないように頑張りな」
メルロはバスケットを受け取った俺の頭を撫でると、酒場の方向へと帰って行った。
「後悔を、繰り返さないように」
俺はバスケットの中身以上に、メルロの言葉の重さに気づき、深々と頭を下げていた。
オーロランド公国に身を寄せる王宮神官長のパウロは、あちこちの動きを確認して、一人ほくそ笑む。どこもかしこもレオナールを気にするこの状況。これは間違いなく、自分の策が当たったことを意味している。
「ハッブル王国はますます発展することになるでしょう。レオナール殿下はこの旅で強くなる」
「確かにそうだろうが、付き合わされる連中は大変だ」
パウロの言葉に、ジョゼフは苦笑してしまう。そして、改めてドアをノックした。
「お取り込み中かな」
「いえいえ。偵察はしていましたが、大丈夫です」
パウロは動揺することなく微笑んだ。実際、ジョゼフが部屋に近づいてくる段階から察知していた。その上での呟きだ。
「その問題のレオナール殿下だが、街道から少し離れたビザードという町に現われたそうだ」
「ほう。街道からは離れていますが、昔からの要所ですね」
「ああ。生きていると解っていても、そういう情報が入ると少しほっとするよ。ともかく、無事に逃げおおせているようだ」
だが、この先はどこに行くつもりなのか。ジョゼフは心配になったからこそ、悪巧みをするこのパウロの元を訪れていた。
「そうですね。これから先は国内の安全なところを転々とするつもりでしょう。とはいえ、レオナール殿下はこれが私が起こした騒動なんて知らず、また宰相も悪巧みを続けるでしょうから、王宮には近づかないでしょう。どうにかして国外に脱出するはずです」
「ふむ」
「でも、その前に、逆転の一撃を放って頂かないと困りますね。ただ逃げているだけでは、本当に廃嫡されてしまいます」
くくっと笑うパウロに、ジョセフは深い溜め息を吐く。
「まるで廃嫡されていないかのように言うな」
一度、汚点を作ったようなものじゃないか。ジョゼフはそう問うが
「そんなもの、いずれ消えますよ」
パウロは確信を込めてそう言うのだった。
「はあ。めちゃくちゃ疲れたな」
「だな」
俺の言葉に、ピーターも何か疲れたよと同意してくれる。
「まあまあ。これでキャンプ生活に戻っても、当面は調味料や保存食に困ることはないわ」
そんな二人に、元気を出してとマリナが笑いかける。
「そうそう。状況が見えただけでも大きな収穫だ。これから先は王宮の噂もなかなか耳に入らないような農村を中継地にすればいいだけさ」
シモンもさあ行こうと促してくれる。
「おい」
と、そんな一団に誰かが声を掛けて来た。俺は思わず身構えるが、アンドレが帽子を強く押えてきたので、マントで隠すように携えている剣を抜くことは出来なかった。
「メルロじゃねえか」
その間にシモンが誰かを確認し、驚いた声を上げる。
「朝早くに発つって聞いていたからな。そこの吟遊詩人さんには世話になったのに、何も出来ないのは悔しくってよ。サンドイッチとそれに気に入ってくれたハム、どうか持って行ってくれ」
メルロは俺を見ながら、そう言ってバスケットを差し出してきた。
「で、でも」
あれは悲劇の引き金を引いただけじゃないのか。俺は差し出されたバスケットを前に戸惑ってしまう。
「いいや。いずれは解ることだったよ。ケイルはいつか限界が来ていた。それは嫁さんも同じだ。それに、ビルだって、金が返ってこないことに納得出来ず、いつかケイルの秘密を暴いていた。ちょっと早くなっただけだよ」
メルロは珍しいことじゃないし、あれが一番いい結末だったんだと、寂しそうに笑う。
「そんな」
「世の中、取り返しの付かないことばかりだからな。だから余計に、お礼は言える時に言っておかなきゃ。俺だけでは、ビルの言い分しか聞けなかっただろう。そうなれば、もっと悲劇的なことになっていた。だからどうか、受け取ってくれ」
メルロはずいっと俺にバスケットを差し出した。俺は、それを受け取るしかなかった。
「兄ちゃん。後悔のない人生なんてないぜ。だから、繰り返さないように頑張りな」
メルロはバスケットを受け取った俺の頭を撫でると、酒場の方向へと帰って行った。
「後悔を、繰り返さないように」
俺はバスケットの中身以上に、メルロの言葉の重さに気づき、深々と頭を下げていた。
オーロランド公国に身を寄せる王宮神官長のパウロは、あちこちの動きを確認して、一人ほくそ笑む。どこもかしこもレオナールを気にするこの状況。これは間違いなく、自分の策が当たったことを意味している。
「ハッブル王国はますます発展することになるでしょう。レオナール殿下はこの旅で強くなる」
「確かにそうだろうが、付き合わされる連中は大変だ」
パウロの言葉に、ジョゼフは苦笑してしまう。そして、改めてドアをノックした。
「お取り込み中かな」
「いえいえ。偵察はしていましたが、大丈夫です」
パウロは動揺することなく微笑んだ。実際、ジョゼフが部屋に近づいてくる段階から察知していた。その上での呟きだ。
「その問題のレオナール殿下だが、街道から少し離れたビザードという町に現われたそうだ」
「ほう。街道からは離れていますが、昔からの要所ですね」
「ああ。生きていると解っていても、そういう情報が入ると少しほっとするよ。ともかく、無事に逃げおおせているようだ」
だが、この先はどこに行くつもりなのか。ジョゼフは心配になったからこそ、悪巧みをするこのパウロの元を訪れていた。
「そうですね。これから先は国内の安全なところを転々とするつもりでしょう。とはいえ、レオナール殿下はこれが私が起こした騒動なんて知らず、また宰相も悪巧みを続けるでしょうから、王宮には近づかないでしょう。どうにかして国外に脱出するはずです」
「ふむ」
「でも、その前に、逆転の一撃を放って頂かないと困りますね。ただ逃げているだけでは、本当に廃嫡されてしまいます」
くくっと笑うパウロに、ジョセフは深い溜め息を吐く。
「まるで廃嫡されていないかのように言うな」
一度、汚点を作ったようなものじゃないか。ジョゼフはそう問うが
「そんなもの、いずれ消えますよ」
パウロは確信を込めてそう言うのだった。
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