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第42話 酒場の仲裁
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俺たちが酒場に行くと、中から怒鳴り合う声が聞こえた。
「何だ?」
「酒場っていうのは、たまに仲裁所としても働くからな。何か揉め事だろう」
驚く俺とは違い、シモンにしてもアンドレにしても慣れた光景らしい。そして、何で揉めているんだと普通に酒場の中に入っていった。
「ほら、行くぞ」
困惑する俺を引っ張って、ピーターも中へと入る。
「さっさと金を返せ、この野郎! 嫁が産気づいたなんて嘘を吐きやがって」
「嘘じゃない。本当だったんだ。でも」
中に入ると、体格のいい大男が細っこい男に掴み掛かっているところだった。それを酒場の親父のメルロが止めに入る。
「おいおい。冷静に話し合えよ」
「こいつが嘘を吐いた上に金を返さないのが悪いんだろ! いっつも金にだらしなくて、少額の金をちまちまちまちま借りていたんだぞ。あんただってツケにしている酒代、かなりあるんだろうが!!」
怒鳴る男はメルロにまで食って掛かる。しかし、その言い分を聞く限り、細い男の方が悪いようだ。
「金銭トラブルか」
「まあ、よくある話だな」
首を竦めている俺に、シモンはよくある話だと肩を叩いてくる。俺だってそれが一番揉めることを知っているが、こうやって怒鳴り合っている場面というのは見たことがなかった。
なんていうか、怖い。
剣や銃を向けられるのとは違う怖さがあると、俺はますます首を竦める。
「そりゃあ、溜まってるけどな。けど、金貨五百枚なんて、そう簡単に使える額じゃねえぞ。おい、ケイル、何があったんだ」
メルロは細い男、ケイルというらしい、に事情を言えよと詰め寄る。しかし、男はおどおどとするばかいで、一向に事情を話そうとはしなかった。
「何かあるのかな」
言えない事情があるのか。俺は帽子の中からこっそりケイルを覗き見る。不健康そうな顔は、メルロにまで詰め寄られて、さらに真っ青になっている。
「どうせ碌な事には使ってねえよ。酒癖の悪さだけじゃねえだろ、こいつの悪事は」
大男、こちらはビルという名前だ、はケイルを睨み付ける。しかし、ケイルはぎっと睨むだけで事情を話そうとしない。
これはますます奇妙だ。
「さっさと返せよ。いい加減にしねえと、てめえの家の中身を全部売っちまうぞ」
「や、止めてくれっ!」
この時初めて、ケイルがビルに掴み掛かった。それをメルロが慌てて止めに入る。
「落ち着け。だが、お前もビルが出せる金の大半を借りているようなものなんだぞ。こうなったら、嫁さんを呼ぶしかないぞ」
「それは駄目だ!」
「やぱり産気づいたってのは嘘だったんだな」
「違う!」
「あのぅ」
そこで俺は堪らずに二人の間に出てしまった。シモンはおいっと肩を掴んできたが、このままでは話が平行線だし、問題のお嫁さんにまで害が及んでしまう。
「なんだ、吟遊詩人! 世間知らずは引っ込んでやがれ!!」
ビルは俺に向けてそう怒鳴ってくる。俺は怒鳴られるというのに慣れていないのでビックリしたが、それでも、このままでは問題が解決しないのだ。
「確かに世間知らずだけど、どうしてケイルという人が事情を話せず、また、お嫁さんに知られたくないか、は解ったよ」
俺がそう言うと、ビルもケイルも、そして仲裁に入っていたメルロもびっくりした顔をする。
「おい、レオ。本当か?」
シモンが大丈夫なのかと訊ねてくる。それに俺は大きく頷いた。
「ああ。お嫁さんが産気づいたというのに、赤ちゃんが生まれたって話はないんだよね」
俺はビルとメルロに確認する。
「あ、ああ」
「生まれたら大騒ぎだからな。それに税金を納めなきゃなんねえし」
ほぼそのための借金だしと、ビルとメルロは頷いた。
「そしてどういうわけか、お嫁さんに事情を知られたくない。そこから導かれるのは、赤ちゃんが死産だったか、もしくは何らかの事情があって、生まれてもお嫁さんに見せられないんじゃないかな」
俺がそう言うと、ケイルは明確に俺を睨んできた。
「待ってくれ。この問題はお金をすぐに解決できない事情を説明するためだ。この場以外でこの話題を言うつもりはない。他の人たちも、この人のお嫁さんを傷つけたくないのならば、喋らないはずだ」
俺は落ち着けと、そう付け足して周囲を見る。すると、遠巻きで見守っていた人たちはうんうんと頷いた。
「今の話からして領主にお金を納めたわけではないようだ。とすると、子どもは」
「死んでたよ。嫁さんは産後の肥立ちが悪くて寝たまんまだ。赤ちゃんはどうなったって聞かれて俺、産婆さんに預けてるって嘘を」
ケイルは泣きながら事情を話し始める。
「で、でも、嫁さんの腹、そんなに膨れてなかったぞ」
ビルは納得出来んと慌てて主張すると
「早産でしょう。赤ちゃんが上手くお腹の中で育たず、出てきてしまったのですわ」
そこにマリアの声が響いた。こういう時、修道女の言葉というのは重みがある。
「何だ?」
「酒場っていうのは、たまに仲裁所としても働くからな。何か揉め事だろう」
驚く俺とは違い、シモンにしてもアンドレにしても慣れた光景らしい。そして、何で揉めているんだと普通に酒場の中に入っていった。
「ほら、行くぞ」
困惑する俺を引っ張って、ピーターも中へと入る。
「さっさと金を返せ、この野郎! 嫁が産気づいたなんて嘘を吐きやがって」
「嘘じゃない。本当だったんだ。でも」
中に入ると、体格のいい大男が細っこい男に掴み掛かっているところだった。それを酒場の親父のメルロが止めに入る。
「おいおい。冷静に話し合えよ」
「こいつが嘘を吐いた上に金を返さないのが悪いんだろ! いっつも金にだらしなくて、少額の金をちまちまちまちま借りていたんだぞ。あんただってツケにしている酒代、かなりあるんだろうが!!」
怒鳴る男はメルロにまで食って掛かる。しかし、その言い分を聞く限り、細い男の方が悪いようだ。
「金銭トラブルか」
「まあ、よくある話だな」
首を竦めている俺に、シモンはよくある話だと肩を叩いてくる。俺だってそれが一番揉めることを知っているが、こうやって怒鳴り合っている場面というのは見たことがなかった。
なんていうか、怖い。
剣や銃を向けられるのとは違う怖さがあると、俺はますます首を竦める。
「そりゃあ、溜まってるけどな。けど、金貨五百枚なんて、そう簡単に使える額じゃねえぞ。おい、ケイル、何があったんだ」
メルロは細い男、ケイルというらしい、に事情を言えよと詰め寄る。しかし、男はおどおどとするばかいで、一向に事情を話そうとはしなかった。
「何かあるのかな」
言えない事情があるのか。俺は帽子の中からこっそりケイルを覗き見る。不健康そうな顔は、メルロにまで詰め寄られて、さらに真っ青になっている。
「どうせ碌な事には使ってねえよ。酒癖の悪さだけじゃねえだろ、こいつの悪事は」
大男、こちらはビルという名前だ、はケイルを睨み付ける。しかし、ケイルはぎっと睨むだけで事情を話そうとしない。
これはますます奇妙だ。
「さっさと返せよ。いい加減にしねえと、てめえの家の中身を全部売っちまうぞ」
「や、止めてくれっ!」
この時初めて、ケイルがビルに掴み掛かった。それをメルロが慌てて止めに入る。
「落ち着け。だが、お前もビルが出せる金の大半を借りているようなものなんだぞ。こうなったら、嫁さんを呼ぶしかないぞ」
「それは駄目だ!」
「やぱり産気づいたってのは嘘だったんだな」
「違う!」
「あのぅ」
そこで俺は堪らずに二人の間に出てしまった。シモンはおいっと肩を掴んできたが、このままでは話が平行線だし、問題のお嫁さんにまで害が及んでしまう。
「なんだ、吟遊詩人! 世間知らずは引っ込んでやがれ!!」
ビルは俺に向けてそう怒鳴ってくる。俺は怒鳴られるというのに慣れていないのでビックリしたが、それでも、このままでは問題が解決しないのだ。
「確かに世間知らずだけど、どうしてケイルという人が事情を話せず、また、お嫁さんに知られたくないか、は解ったよ」
俺がそう言うと、ビルもケイルも、そして仲裁に入っていたメルロもびっくりした顔をする。
「おい、レオ。本当か?」
シモンが大丈夫なのかと訊ねてくる。それに俺は大きく頷いた。
「ああ。お嫁さんが産気づいたというのに、赤ちゃんが生まれたって話はないんだよね」
俺はビルとメルロに確認する。
「あ、ああ」
「生まれたら大騒ぎだからな。それに税金を納めなきゃなんねえし」
ほぼそのための借金だしと、ビルとメルロは頷いた。
「そしてどういうわけか、お嫁さんに事情を知られたくない。そこから導かれるのは、赤ちゃんが死産だったか、もしくは何らかの事情があって、生まれてもお嫁さんに見せられないんじゃないかな」
俺がそう言うと、ケイルは明確に俺を睨んできた。
「待ってくれ。この問題はお金をすぐに解決できない事情を説明するためだ。この場以外でこの話題を言うつもりはない。他の人たちも、この人のお嫁さんを傷つけたくないのならば、喋らないはずだ」
俺は落ち着けと、そう付け足して周囲を見る。すると、遠巻きで見守っていた人たちはうんうんと頷いた。
「今の話からして領主にお金を納めたわけではないようだ。とすると、子どもは」
「死んでたよ。嫁さんは産後の肥立ちが悪くて寝たまんまだ。赤ちゃんはどうなったって聞かれて俺、産婆さんに預けてるって嘘を」
ケイルは泣きながら事情を話し始める。
「で、でも、嫁さんの腹、そんなに膨れてなかったぞ」
ビルは納得出来んと慌てて主張すると
「早産でしょう。赤ちゃんが上手くお腹の中で育たず、出てきてしまったのですわ」
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