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第37話 交錯する思惑

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 町中ですでに噂されるようになった戦争に関して、シャルルは大急ぎで準備を進めていた。
 ただでさえ、追放すれば転がり込んでくると思っていた王太子の地位がまだ手に入っていないのだ。成果を上げて全員を納得させたいと焦るのも仕方がない。
「国境での状況はどうだ?」
 シャルルは王宮内にある執務室で、方々からの連絡を受けながら、どうやって自分が有能だと示すかを考える。
「小競り合いが続いているような状況ですね。ドロイヤはこちらの出方を窺っているようです」
 南方司令部、ドロイヤの状況を随時監視している部隊の隊長は、真剣な顔で報告する。この部隊はレオナールが言っていた常に兵士が置かれているという城塞にいる部隊でもあるのだ。ドロイヤの兵士が山中で死亡していたのも確認している。
「あくまでこちら側から仕掛けさせるつもりか」
「でしょうね。この場合、こちらもしばらく出方を窺うのが定石です」
 シャルルの焦りを感じ取っている南方司令部隊長は、諫める口調にならないように気をつけながら進言する。
「しかし、それではますますレオナールの件を長引かせることになるぞ」
 国内の不安を早く排除したいんだと、シャルルは隊長を睨む。
「そうですね。では、歩兵部隊を国境付近にもう少し多めに派遣してはいかがでしょう。挑発としては十分だと思いますよ」
 その隊長はしれっとそんな進言をする。妥協案としては十分なものだ。
「そうだな。こちらが仕掛けたとあっちは思い込んだままだからな。そうするか。圧力を掛ければ向こうから何か動きがあるはずだ」
「はい」
 自分の思惑通りに納得してくれて、隊長はやれやれと内心ではほっとする。この男、実は国王と綿密に連絡を取り合っているのだが、それを周囲に悟られないようにしているのだ。
 そして、その国王のピエールからの指示は、シャルルを泳がせろというもの。つまり、戦争という最悪な事態になってもいいから、そのまま適度に動かしておけというものだった。
 まったく、上の連中は何を考えているのやら。
 そんな不満のある隊長だが、素直に派兵を増やしますと頷くと、兵士を統括する騎士団長を探しに出掛けた。
 一方、シャルルは次に街道を警備している兵士団の団長を呼びつける。
「どうだ?」
「レオナール様が現われたとの情報はありません」
 団長はぴしっと敬礼して報告する。
「どうなっているんだ? 一度、あの辺境の村に現われたんだよな」
「はっ。駐留していた部隊が全滅した前後に、村に人が出入りしていたのは間違いありません。尤も、これもドロイヤの仕業かもしれませんが」
「ふん。村までドロイヤの兵が入ることを許したというだけでも十分重罪だというのに、あの男はどこへ行ったんだ?」
「ハッブル王国は広いですからね。どこぞの村に逃げ込んでいるのかもしれません」
「ちっ」
 ただでさえドロイヤとの国境に兵を派遣すると決めたばかりだ。そうなると、周辺を探すのに割り当てられる兵士の数が減る。つまり、南側の村のあちこちを捜索している暇はない。頼りになるのは南側に領土を持っている貴族たちだが
「貴族どもからの報告もなしか」
 見たという報告も捕まえたという報告もなし。一体どこに雲隠れしているんだと、シャルルは戦争よりもそちらが気掛かりなのだった。



「ぷはっ。ビール美味っ」
 そんなシャルルの心労の元となっている俺は、町にあった酒場でビールを堪能している最中だった。
「いい顔で飲むねえ、お兄ちゃん。シモンの知り合いって、お兄ちゃんも大工?」
 俺の飲みっぷりに気をよくした酒屋の店主、メルロはにこにこと訊ねてくる。
「いいや。大工に見える?」
 俺は摘まみに出されたじゃがいもの薄揚げを食べながら訊ねてみた。一体自分はどう見えるのだろう。王子だという基本情報がない人に確認したくなったのだ。
「そうだな。吟遊詩人」
「それ絶対に帽子に引っ張られているよね」
「まあな。でも、当たらずとも遠からずだろ。お兄ちゃん、なんか文学の香りがするよ」
「ははっ」
 どんな香りだよ。俺は呆れてしまうが、シモンは上手いこと言うねとメルロを褒めている。
「酒場の店主を舐めるなよ。少なくとも、お兄ちゃんは外で働く職業の人に見えないからな」
 メルロの観察眼に、俺は素直に凄えなと冷や汗が出る。ボロが出ないように気をつけないと。
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