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第29話 暗雲漂うハッブル王国
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さて、俺が順調に山登り二日目を行っている頃、ハッブル王国はにわかに騒がしくなっていた。
まずはローラ。彼女は母のジュリア=オーロランド公爵夫人からの手紙に戸惑っていた。
「まあ、どうしましょう」
思わずそう口に出して呟くと、寝たきりになっている国王のピエールが目を開けた。
「どうした?」
「あなた、まだ無理しては」
「大丈夫だ。それより、周囲に誰もいないかだけ確認してくれるか」
「わ、解りました」
ローラは頷くと、手紙を持ったまま立ち上がるとドアを開けて周囲を確認する。午前中はどの大臣も忙しく、宰相もそれに伴って忙しいので誰もいない。
「大丈夫です」
「ドアに鍵を掛けなさい」
「はい」
ローラはしっかりと鍵を掛けてからピエールの寝るベッドの横へと戻った。
「それで、義母上はなんと仰られているのだ?」
「はい。それが、兄弟間であった政変について、詳しく教えるように、と」
「ああ」
ついに周辺諸国に知られることになったかと、ピエールは深く溜め息を吐く。
落馬事故によって下半身が不自由になってしまったピエールは、一時は死の淵を彷徨ったほどだ。その影響でなかなかリハビリが出来ず、こうしてベッドで寝たままの日々を過ごしている。おかげで、宰相の企みを止めることが出来なかった。
あの男が何か企んでいることには気づいていたというのに、情けない。
「どうしましょう。というより、私は何がどうなっているのか。レオはまだ生きているという情報は、神官長のパウロから聞いているんですけど」
ローラはおろおろとしてしまう。普段はおっとりとしている彼女も、急速に変わっていく状況に疲れてしまっているのだ。
「生きているか。やはりあの子は異能を持っているのだな。私のように」
それに、ピエールはふむと頷く。自分も落馬事故を経験してこうやって生き残っているように、ハッブル王国の王族に伝わる能力の一つに身体強化があるのだ。レオナールがどれだけ過酷な環境になっても生きているのは、その能力が発揮されていることを示している。
ただし、この能力の問題点もある。それはピエールの現状のように、楽に死ねないかもしれないということだ。もちろん、身体強化はあらゆる面で役立つ。しかし、普通だったら死ぬような怪我からも助かってしまう。その場合が大変なのだ。
「あの子は今、どういう状態なのか。逃げているということは、五体満足なのであろうが」
この先、自分が特殊だと気づいて大丈夫だろうか。その時に傍にいてやれないなんて、大丈夫だろうか。レオナールに関しても不安がある。しかし、今はそれよりも政治だ。
「総て包み隠さずに、異能のことも含めてお知らせしなさい。そして、力を貸してほしいと素直に助力を請うのだ」
オーロランド公国との戦いだけは絶対に避けなければならない。周囲に今の状況が知られているということは、必ずドロイヤ王国が動き出す。
「すぐに認めます」
「ああ。何とか公爵と密かに面会したいものだ」
「はい。手紙は秘密のルートで送りましょう」
「頼んだぞ」
こうして、表舞台から退いていた国王が動き出していた。
さて、もう一つ大変な手紙を受け取った人物がいる。それが宰相のラオドールだ。しかも、こちらは外交ルートを通じて正式に送られて来た手紙である。その相手はもちろんドロイヤ王国の国王だった。
「どういうことだ? ドロイヤの国境付近の山の、それもハッブル側の領土でドロイヤの兵が死んでいただと!?」
手紙を握り締め、ラオドールは顔を真っ赤にする。その顔を見ていると、血管が切れるのではないかと心配になるほどだ。
「現在、事実確認をしております。ドロイヤとの国境付近には未だに城塞がございますからね。しかし、兵士たちは一体何をやっていたのやら」
外務大臣のミルトは首を傾げてしまう。向こうの兵士がいたというだけでも問題なのに、それが死亡したとはどういうことなのか。
「ふん。どいつもこいつも腑抜けおってからに」
ラオドールは全滅したレンジャー部隊を思い出し、ますます顔を真っ赤にする。
「大変です!」
と、そこに駆け込んでくるのは、騎士団長のビルドだ。
「なんだ?」
さらにイライラすることかと、ラオドールは血走った目をビルドに向ける。それに一瞬言葉が詰まったビルドだが
「申し上げます。村に配置しておいた部隊が全滅しました」
と恐る恐る報告する。すると、どんっとラオドールがテーブルを叩いた。
「ドロイヤめ。ぬけぬけと」
「えっ」
「は?」
驚く外相と騎士団長だが
「戦争だ。ドロイヤが仕掛けてきたに違いない。さっさと準備しろ!」
ぼやっとするなと宰相は叫ぶのだった。
まずはローラ。彼女は母のジュリア=オーロランド公爵夫人からの手紙に戸惑っていた。
「まあ、どうしましょう」
思わずそう口に出して呟くと、寝たきりになっている国王のピエールが目を開けた。
「どうした?」
「あなた、まだ無理しては」
「大丈夫だ。それより、周囲に誰もいないかだけ確認してくれるか」
「わ、解りました」
ローラは頷くと、手紙を持ったまま立ち上がるとドアを開けて周囲を確認する。午前中はどの大臣も忙しく、宰相もそれに伴って忙しいので誰もいない。
「大丈夫です」
「ドアに鍵を掛けなさい」
「はい」
ローラはしっかりと鍵を掛けてからピエールの寝るベッドの横へと戻った。
「それで、義母上はなんと仰られているのだ?」
「はい。それが、兄弟間であった政変について、詳しく教えるように、と」
「ああ」
ついに周辺諸国に知られることになったかと、ピエールは深く溜め息を吐く。
落馬事故によって下半身が不自由になってしまったピエールは、一時は死の淵を彷徨ったほどだ。その影響でなかなかリハビリが出来ず、こうしてベッドで寝たままの日々を過ごしている。おかげで、宰相の企みを止めることが出来なかった。
あの男が何か企んでいることには気づいていたというのに、情けない。
「どうしましょう。というより、私は何がどうなっているのか。レオはまだ生きているという情報は、神官長のパウロから聞いているんですけど」
ローラはおろおろとしてしまう。普段はおっとりとしている彼女も、急速に変わっていく状況に疲れてしまっているのだ。
「生きているか。やはりあの子は異能を持っているのだな。私のように」
それに、ピエールはふむと頷く。自分も落馬事故を経験してこうやって生き残っているように、ハッブル王国の王族に伝わる能力の一つに身体強化があるのだ。レオナールがどれだけ過酷な環境になっても生きているのは、その能力が発揮されていることを示している。
ただし、この能力の問題点もある。それはピエールの現状のように、楽に死ねないかもしれないということだ。もちろん、身体強化はあらゆる面で役立つ。しかし、普通だったら死ぬような怪我からも助かってしまう。その場合が大変なのだ。
「あの子は今、どういう状態なのか。逃げているということは、五体満足なのであろうが」
この先、自分が特殊だと気づいて大丈夫だろうか。その時に傍にいてやれないなんて、大丈夫だろうか。レオナールに関しても不安がある。しかし、今はそれよりも政治だ。
「総て包み隠さずに、異能のことも含めてお知らせしなさい。そして、力を貸してほしいと素直に助力を請うのだ」
オーロランド公国との戦いだけは絶対に避けなければならない。周囲に今の状況が知られているということは、必ずドロイヤ王国が動き出す。
「すぐに認めます」
「ああ。何とか公爵と密かに面会したいものだ」
「はい。手紙は秘密のルートで送りましょう」
「頼んだぞ」
こうして、表舞台から退いていた国王が動き出していた。
さて、もう一つ大変な手紙を受け取った人物がいる。それが宰相のラオドールだ。しかも、こちらは外交ルートを通じて正式に送られて来た手紙である。その相手はもちろんドロイヤ王国の国王だった。
「どういうことだ? ドロイヤの国境付近の山の、それもハッブル側の領土でドロイヤの兵が死んでいただと!?」
手紙を握り締め、ラオドールは顔を真っ赤にする。その顔を見ていると、血管が切れるのではないかと心配になるほどだ。
「現在、事実確認をしております。ドロイヤとの国境付近には未だに城塞がございますからね。しかし、兵士たちは一体何をやっていたのやら」
外務大臣のミルトは首を傾げてしまう。向こうの兵士がいたというだけでも問題なのに、それが死亡したとはどういうことなのか。
「ふん。どいつもこいつも腑抜けおってからに」
ラオドールは全滅したレンジャー部隊を思い出し、ますます顔を真っ赤にする。
「大変です!」
と、そこに駆け込んでくるのは、騎士団長のビルドだ。
「なんだ?」
さらにイライラすることかと、ラオドールは血走った目をビルドに向ける。それに一瞬言葉が詰まったビルドだが
「申し上げます。村に配置しておいた部隊が全滅しました」
と恐る恐る報告する。すると、どんっとラオドールがテーブルを叩いた。
「ドロイヤめ。ぬけぬけと」
「えっ」
「は?」
驚く外相と騎士団長だが
「戦争だ。ドロイヤが仕掛けてきたに違いない。さっさと準備しろ!」
ぼやっとするなと宰相は叫ぶのだった。
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