殺し屋は果たして操り人形なのだろうか?

渋川宙

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第37話 始まりの場所

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 米田が指定してきた場所は、都内から少し外れた場所にある小さな公園だった。
 大きな桜の木が一本聳えている。花の時期にはまだ早く、蕾も固かった。
 住宅も疎らで、寂寞とした場所だった。
 夜も更けて草木も眠る頃、相沢は前川の肩を借りて、そんな心寂しい公園の中に足を踏み入れた。
 すでに米田は来ていた。相変わらず黒のスプリングコートに黒い中折帽という出で立ちだった。
 三人の間に、冷たい風が静かに吹いている。
「来たか」
「呼び出したのは、そっちだろ」
 笑う米田に対して、相沢はぶっきらぼうに返した。
「何故、こんな何もない場所に呼び出したかと思っているな」
 ポケットに手を突っ込んだまま、米田は桜の木を見上げた。意図が解らず、相沢は注意深くその様子を見る。
「知っているか。お前の始まりの場所はここだ」
「――」
 米田が帽子を捨てると、今までに見たことがないほど優しく笑った。
「聞いた話によると、この桜の木の下に赤ん坊だったお前が置き去りにされていた」
「それで」
 一体何が言いたいのか、無表情のまま、相沢は先を促した。
「不思議な赤ん坊だったという。全く泣きもしないお前を、あの男が、人形を育てようとしていたあの男が引き取った。何事にも始まりというものがある。高度経済成長を遂げて絶えていた殺し屋を、権力に都合のいい人形を復活させたのは一人の男だ」
「……」
 それは初めて明かされる始まりに関してのことだった。相沢だけなく、前川も驚いてしまう。しかし、米田は淡々と話し続ける。
「俺もまたそいつと取引をした一人だ。殺し屋として必要な技術を教えろ。その代わり、権力をやるとね。そうして教えたのが、お前やショウビたちだ。不思議な気分だったよ。警察官たる自分が殺し屋を育てるだなんてね。しかし、お前は唯々諾々と技術を習得し、誰よりも人形らしく育った。人間の感情を理解しているのに、そこから一歩離れてみることが出来る。こんなことが出来るのは、元からその心が壊れているからだと俺は疑わなかった。だから、お前の涙は不思議だった」
 昨夜の事を指しているのは明白だった。去ったように見せかけて、どこかで見ていたのだ。号泣する相沢の姿を見て、米田の中で心境の変化があったということらしい。
「昔話をしに来たのか」
 話の筋が読めず、相沢は困惑した目を米田に向ける。いったい何が言いたいのだろう。昨日の涙を見たからといって、連れ帰ることには変わりはないのではないか。
「まさか俺の中でまだ割り切れないものがあったとはな」
 しかし、米田は独白を続ける。
「ただの道具だと思い込もうとしていたのに、お前はどこまでも真っ当な人間だ。人形だったのは、俺だった」
 そして、ポケットから銃を取り出した。真っ直ぐに相沢へ銃口を向ける。
「だから、この場所で正面から訊いてみようと思った。お前はこのまま道具として生きるのか、それとも新たな道を行くのか」
 問いの意味が解らず、相沢はただただ無表情を貫いた。
「要は俺に賭けるか否かだ。道具として生きるというのなら、俺は今まで通りお前を意地でも連れ戻す」
「あんたに賭けたら」
 挑むような相沢の眼に、米田はあくまでも優しく笑った。
「戸籍を取得させよう。お前は正真正銘、相沢健一として生きていくことになる」
「なっ」
 あまりにも唐突な申し出に、前川は息を呑んだ。相沢は呆気に取られて反応できない。
「法律に縛られることになるが、お前は殺し屋として活動出来なくなる。それは同時に、人形ではなく人間になるということだ」
 米田の言い分は解った。しかし、それで総てが丸く収まるわけではない。
「裏切り者の末路は、あんたがよく知っているだろう」
 色々な思いを押し殺して、相沢は鋭い視線を投げかけた。ここまで進めば、この男が何をしようとしているか明白だ。
 米田を止めなければという思いが勝っていた。また自分は誰かの犠牲の上に救われる。そんなのは嫌だった。
「嫌になるほど、よく知っているさ」
 だが、米田は揺るがない。どうするんだと、真っすぐに相沢を見つめ続ける。
「その話が上手くいくとは思えない。もしできたとしても、秘密を知っている俺を生かしておくことはないはずだ」
 そう言って相沢は無理に笑った。道具になる以外に生きる道はないと知っていると、そう示そうとした。しかし、それに米田が頷くことはなかった。
「無理するな」
「無理なんてしていない。俺があんたに要求するのは、一つだけだ。前川さんの命の保証をしてもらおう」
 たとえこの先自分が始末されることになっても、どうしても救いたい命がある。それはもう、誰かの犠牲の上ではない選択でありたい。
 冷え切った風が、ざあっと吹き抜けていく。

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