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第36話 大きな変化
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相沢はずっと疑問に思い続けていた。
何故、自分のことなんて好きになったのか。
利害関係抜きに自分を見てくれた最初の人は、あまりにも儚すぎた。
病院で出会った一か月の時間。それをずっと大事にしてくれるなどと思ってもみなかった。
そして去年の九月に再会した美咲は、あまりにもあっさりと自分を受け入れていた。
「また会えるって、信じてた」
その言葉は本心なのか、前川に会う前なら疑っていただろう。しかし、前川と出会っていたことで、それが嘘偽りのない言葉だと気づいてしまった。
殺人現場を見てもなお自分を見てくれた前川の存在は、相沢の心をどんどん変えていた。殺し屋だろうと、操り人形だろうと、そこに拘らずに自分を見てくれる人がいる。それは相沢にとって大きな変化をもたらしていた。もう、何も偽らなくていいんだと、そう思えるほどに。
だから僅かな再会は、お互いに飾らずに過ごせた。そしてそれは、相沢に大きな後悔を残した。
「美咲」
自分と出会わなければ、今もどこかで生きていたかもしれない。
昨日知らされた事実は、ずっと渇いていた心を動かした。
生きる可能性があったというのに、自分の心を縛るために利用されてしまっただなんて。心がないはずの人形のために、誰かが犠牲になってしまうだなんて。
ぽたりと、涙が手の甲に落ちた。
自分の事で涙を流せないが、美咲のことだと素直に涙が出るのが不思議だった。悔しくて腹立たしくて、涙がどんどんと溢れてくる。自分は誰かの犠牲の上に生きていていい存在じゃない。それなのに、美咲が切られて自分が生き残ってしまった。
ただ、道具として価値があるからという理由だけで。
「前川さん。俺」
美咲が言ったという最期の言葉。あれはたぶん、嘘ではないだろう。佐々木は相沢を捉えるには効果的だと教えたはずだ。
それを電話で聴いた時、あの時も思考が止まってしまったというのに隠していた。この気持ちは嘘だと、自分に言い聞かせていた。
好きだった。ずっと傍にいて欲しかった。そんな感情、持ってはいけないというのに。前川がどう相沢を変えてくれようと、自分が殺し屋として数多くの命を奪った事実は消えないのだから。
「ありがとう」
誰からも言われた事のない、たった一言。美咲は亡くなる日の朝、そう言っていたという。相沢の手で死ねる。それだけで満足だと笑顔で言っていたのだという。
「俺、ちょっと出てくる」
とめどなく溢れる涙に、前川は気を使って席をはずそうとした。
「いいんです」
しかし、相沢はそれを引き留めた。そして、溢れた涙を袖で拭った。
「でもな、すっきりするまで泣きたいんじゃないのか?」
「いえ、十分です。それに俺が一人の女の子に心を囚われているとしても、それを弱味とは思わないんでしょ」
まだ躊躇う前川に、相沢は明るく言った。
「全く、逞しいのはお前だろ」
今度は前川が苦笑した。だが、そうやって切り替えれてこそ普段の相沢だと思う。
「さて、問題は米田です」
とはいえ、相沢の目は迷ったままだった。あの場では人形に戻ると思っていたのに、こうしてまた揺るがされてしまった。それにどう決着をつけるべきか、相沢はまだ結論を出せていなかった。
前川は運転しながら、相沢をちらりと盗み見た。このままメールにしていされた場所に行っていいのか。そう思うのに、相沢は指定時刻までにそこに向かうことだけはさっさと決めていた。
物思いに耽った相沢は、外の景色を見つめたままだ。
風景はどんどん寂しく、暗くなっていく。
「――」
その相沢の心中は、全く穏やかではなかった。
米田に対して、何の対策も立てられなかった。
自分の中で何かが大きく変わっている。そしてそれは大きく運命を変えようとしている。でも、そんな自分を変えてくれた人をまた失うわけにはいかない。
もし、戻れとの要求が撤回されない場合。どうすればいいのだろうか。殺し屋として、殺人人形として、また生きていけるだろうか。
結局のところ、自分は米田の要求を飲もうとしている。
しかし、もう躊躇わずに仕事をこなすことは無理だろう。殺すことに罪悪感を覚えるはずだ。守られたことが苦しく、人形である自分が許せなくなるはずだ。
そうなったら、そう遠くない内に自分も始末される。使えない人形。そう烙印を押され、多くの闇に消し去られた殺し屋たちと同様、誰にも知られずに死ぬことだろう。
でも、それが一番いいようにも思えた。
前川に迷惑を掛けることはない。ひとまず米田の要求も呑むことが出来る。いずれ自分と同じ運命を背負う子どもが出てくるだろうが、結局、自分がずっと踏ん張ったところで、奴らは変わりを用意するはずだ。
こんな考えが出てくるのも、変化だ。
そこまで考えたところで、車がゆっくりと止まった。
何故、自分のことなんて好きになったのか。
利害関係抜きに自分を見てくれた最初の人は、あまりにも儚すぎた。
病院で出会った一か月の時間。それをずっと大事にしてくれるなどと思ってもみなかった。
そして去年の九月に再会した美咲は、あまりにもあっさりと自分を受け入れていた。
「また会えるって、信じてた」
その言葉は本心なのか、前川に会う前なら疑っていただろう。しかし、前川と出会っていたことで、それが嘘偽りのない言葉だと気づいてしまった。
殺人現場を見てもなお自分を見てくれた前川の存在は、相沢の心をどんどん変えていた。殺し屋だろうと、操り人形だろうと、そこに拘らずに自分を見てくれる人がいる。それは相沢にとって大きな変化をもたらしていた。もう、何も偽らなくていいんだと、そう思えるほどに。
だから僅かな再会は、お互いに飾らずに過ごせた。そしてそれは、相沢に大きな後悔を残した。
「美咲」
自分と出会わなければ、今もどこかで生きていたかもしれない。
昨日知らされた事実は、ずっと渇いていた心を動かした。
生きる可能性があったというのに、自分の心を縛るために利用されてしまっただなんて。心がないはずの人形のために、誰かが犠牲になってしまうだなんて。
ぽたりと、涙が手の甲に落ちた。
自分の事で涙を流せないが、美咲のことだと素直に涙が出るのが不思議だった。悔しくて腹立たしくて、涙がどんどんと溢れてくる。自分は誰かの犠牲の上に生きていていい存在じゃない。それなのに、美咲が切られて自分が生き残ってしまった。
ただ、道具として価値があるからという理由だけで。
「前川さん。俺」
美咲が言ったという最期の言葉。あれはたぶん、嘘ではないだろう。佐々木は相沢を捉えるには効果的だと教えたはずだ。
それを電話で聴いた時、あの時も思考が止まってしまったというのに隠していた。この気持ちは嘘だと、自分に言い聞かせていた。
好きだった。ずっと傍にいて欲しかった。そんな感情、持ってはいけないというのに。前川がどう相沢を変えてくれようと、自分が殺し屋として数多くの命を奪った事実は消えないのだから。
「ありがとう」
誰からも言われた事のない、たった一言。美咲は亡くなる日の朝、そう言っていたという。相沢の手で死ねる。それだけで満足だと笑顔で言っていたのだという。
「俺、ちょっと出てくる」
とめどなく溢れる涙に、前川は気を使って席をはずそうとした。
「いいんです」
しかし、相沢はそれを引き留めた。そして、溢れた涙を袖で拭った。
「でもな、すっきりするまで泣きたいんじゃないのか?」
「いえ、十分です。それに俺が一人の女の子に心を囚われているとしても、それを弱味とは思わないんでしょ」
まだ躊躇う前川に、相沢は明るく言った。
「全く、逞しいのはお前だろ」
今度は前川が苦笑した。だが、そうやって切り替えれてこそ普段の相沢だと思う。
「さて、問題は米田です」
とはいえ、相沢の目は迷ったままだった。あの場では人形に戻ると思っていたのに、こうしてまた揺るがされてしまった。それにどう決着をつけるべきか、相沢はまだ結論を出せていなかった。
前川は運転しながら、相沢をちらりと盗み見た。このままメールにしていされた場所に行っていいのか。そう思うのに、相沢は指定時刻までにそこに向かうことだけはさっさと決めていた。
物思いに耽った相沢は、外の景色を見つめたままだ。
風景はどんどん寂しく、暗くなっていく。
「――」
その相沢の心中は、全く穏やかではなかった。
米田に対して、何の対策も立てられなかった。
自分の中で何かが大きく変わっている。そしてそれは大きく運命を変えようとしている。でも、そんな自分を変えてくれた人をまた失うわけにはいかない。
もし、戻れとの要求が撤回されない場合。どうすればいいのだろうか。殺し屋として、殺人人形として、また生きていけるだろうか。
結局のところ、自分は米田の要求を飲もうとしている。
しかし、もう躊躇わずに仕事をこなすことは無理だろう。殺すことに罪悪感を覚えるはずだ。守られたことが苦しく、人形である自分が許せなくなるはずだ。
そうなったら、そう遠くない内に自分も始末される。使えない人形。そう烙印を押され、多くの闇に消し去られた殺し屋たちと同様、誰にも知られずに死ぬことだろう。
でも、それが一番いいようにも思えた。
前川に迷惑を掛けることはない。ひとまず米田の要求も呑むことが出来る。いずれ自分と同じ運命を背負う子どもが出てくるだろうが、結局、自分がずっと踏ん張ったところで、奴らは変わりを用意するはずだ。
こんな考えが出てくるのも、変化だ。
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