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第29話 呆気ない幕切れ
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「なるほど。それが目的か。俺の心を壊してしまえばいいとは、随分とあいつらの考え方に感化されたものだ」
吐き捨てるように相沢が言うと、ショウビの怒りはさらに大きなものになった。拙いと相沢が地を蹴るのと同時に、ショウビが間合いを詰めてくる。
ショウビの目には前川しか映っていない。相沢はそれを見逃さず、ナイフを握るショウビの手へと警棒を振り下ろした。
「くっ」
ナイフが弾け飛んだ。しかし、ショウビはそのまま前川の急所を狙おうとする。だから相沢は思い切り体当たりしてショウビを弾き飛ばした。
「くっ」
受け身を取れず、ごろんっとショウビが床に転がった。そこをすかさず相沢が襲い掛かる。
「がっ」
肩口に全体重をかけて足を振り下ろし、ショウビの動きを完全に止めてしまう。
「負けを認めろ」
警棒をショウビの喉元に突き付けながら、相沢はいつもの涼しい声で言った。
「殺しなさいよ」
しかし、ショウビが口の端を吊り上げた。余裕がある。
相沢が依頼なしに殺さないことを知っている。どんな状況でも殺せないことを知っている。前川は気づくと、ショウビを確保できるように身構えた。
ショウビ床に倒れたままが前川を見据える。その目には恐ろしいまでの殺気と怒気がある。
「くっ」
ショウビは凄まじい勢いで飛び起き、相沢の足を逃れた。そして思わず息を呑んだ前川に向けて、突進してくる。
前川は逃げられなかった。その迫力に足が思うように動かない。
ショウビの後ろに相沢が迫る。
だが、間に合わない。
前川は思わず目を閉じた。首に、冷たい手が触れた。しかし、その感覚はすぐに消えた。
「放せ!」
ショウビの絶叫に、前川は目を開けた。相沢がショウビを羽交い絞めにしていた。住んでのところで間に合っていた。だが、相沢の額には、油汗が浮かんでいる。身体の痛みが限界に近いのだ。それでも、必死に抵抗するショウビを抑え込み続ける。
「悪いが、そいつは絶対に殺させない」
冷静に告げる相沢に、ショウビは鬼のような形相になる。
「なんでよ。何でこいつなの?私とあなたは同じなの!私を選びなさい!!」
「お前は俺を人間として扱ってない」
「それは当たり前でしょ」
「だから、俺にとってお前は依頼人と変わらない」
「っつ」
意外な言葉だったのか、ショウビの身体から僅かに力が抜けた。同じ人形であることに拘る彼女にとって、それは許せないことだったのだろう。
「お前も殺ししか要求しないだろう」
相沢の呟きにショウビの目が変わる。怒りが噴き上げていた。
「それがあなたの価値でしょ。それを解っていないから、私がちゃんと兄らしく変えてあげようとしているのよ!」
一度抜けた力が嘘のように、激しい抵抗をショウビはみせた。全身に傷がある相沢は、その抵抗に耐えられなかった。
「がっ」
ショウビが力任せに相沢を床へ倒した。背中の傷に、強烈な痛みが走る。
「あんたも結局は人を殺さなければ生きていけないくせに。殺人人形のくせに生意気なのよ!人間のように振舞わないで!!大人しく操られていればいいのよ!」
ショウビの言葉が大きく谺した。
相沢の顔から血の気が引く。眼が大きく揺れている。何よりも傷つく、重い言葉だ。どれだけ心が普通でも、人殺しを続けてきた事実が厳然と存在する。人形だった過去は消せない。
人間のように振舞うな。それは、何度も言われ続けた言葉だろう。その度に、相沢は何とか人間らしい感覚を残しつつ、命じられるままに殺してきた。生き残るために必要だと言い聞かせて。いずれ遠くない未来に死ぬと解っていても、まだ死にたくないという一心で。
前川は何か言わなければと気だけが逸った。だが、予想に反して相沢は決然とショウビを睨んだ。
「俺は、人を殺さずに生きていく」
そして静かにそう告げる。それは今までの自分との決別を意味している。
「わた――」
何かを言いかけたショウビだったが、パンッと乾いた銃声に阻まれた。
相沢の目の前で、ショウビの身体が傾く。心臓を正確に射抜かれていた。
床にショウビが倒れ、そのまま動かなくなった。誰かが素早く走り去っていく足音が、虚しく響く。それはあまりに呆気ない幕切れだった。
「相沢」
「行きましょう」
相沢はゆっくりと立ち上がると、ショウビに背を向けた。
色々な思いが去来しているはずだ。しかし、相沢は何も語らずにその場を去った。
前川は一度、ショウビへと目を向けた。
相沢と同じように生きた少女。でも、彼女は相沢とは違い、完璧な人形であることに固執した。それがこの結末の差だとすれば、とても悲しい。
冷たい春風が、泣いているように吹き抜けていった。
吐き捨てるように相沢が言うと、ショウビの怒りはさらに大きなものになった。拙いと相沢が地を蹴るのと同時に、ショウビが間合いを詰めてくる。
ショウビの目には前川しか映っていない。相沢はそれを見逃さず、ナイフを握るショウビの手へと警棒を振り下ろした。
「くっ」
ナイフが弾け飛んだ。しかし、ショウビはそのまま前川の急所を狙おうとする。だから相沢は思い切り体当たりしてショウビを弾き飛ばした。
「くっ」
受け身を取れず、ごろんっとショウビが床に転がった。そこをすかさず相沢が襲い掛かる。
「がっ」
肩口に全体重をかけて足を振り下ろし、ショウビの動きを完全に止めてしまう。
「負けを認めろ」
警棒をショウビの喉元に突き付けながら、相沢はいつもの涼しい声で言った。
「殺しなさいよ」
しかし、ショウビが口の端を吊り上げた。余裕がある。
相沢が依頼なしに殺さないことを知っている。どんな状況でも殺せないことを知っている。前川は気づくと、ショウビを確保できるように身構えた。
ショウビ床に倒れたままが前川を見据える。その目には恐ろしいまでの殺気と怒気がある。
「くっ」
ショウビは凄まじい勢いで飛び起き、相沢の足を逃れた。そして思わず息を呑んだ前川に向けて、突進してくる。
前川は逃げられなかった。その迫力に足が思うように動かない。
ショウビの後ろに相沢が迫る。
だが、間に合わない。
前川は思わず目を閉じた。首に、冷たい手が触れた。しかし、その感覚はすぐに消えた。
「放せ!」
ショウビの絶叫に、前川は目を開けた。相沢がショウビを羽交い絞めにしていた。住んでのところで間に合っていた。だが、相沢の額には、油汗が浮かんでいる。身体の痛みが限界に近いのだ。それでも、必死に抵抗するショウビを抑え込み続ける。
「悪いが、そいつは絶対に殺させない」
冷静に告げる相沢に、ショウビは鬼のような形相になる。
「なんでよ。何でこいつなの?私とあなたは同じなの!私を選びなさい!!」
「お前は俺を人間として扱ってない」
「それは当たり前でしょ」
「だから、俺にとってお前は依頼人と変わらない」
「っつ」
意外な言葉だったのか、ショウビの身体から僅かに力が抜けた。同じ人形であることに拘る彼女にとって、それは許せないことだったのだろう。
「お前も殺ししか要求しないだろう」
相沢の呟きにショウビの目が変わる。怒りが噴き上げていた。
「それがあなたの価値でしょ。それを解っていないから、私がちゃんと兄らしく変えてあげようとしているのよ!」
一度抜けた力が嘘のように、激しい抵抗をショウビはみせた。全身に傷がある相沢は、その抵抗に耐えられなかった。
「がっ」
ショウビが力任せに相沢を床へ倒した。背中の傷に、強烈な痛みが走る。
「あんたも結局は人を殺さなければ生きていけないくせに。殺人人形のくせに生意気なのよ!人間のように振舞わないで!!大人しく操られていればいいのよ!」
ショウビの言葉が大きく谺した。
相沢の顔から血の気が引く。眼が大きく揺れている。何よりも傷つく、重い言葉だ。どれだけ心が普通でも、人殺しを続けてきた事実が厳然と存在する。人形だった過去は消せない。
人間のように振舞うな。それは、何度も言われ続けた言葉だろう。その度に、相沢は何とか人間らしい感覚を残しつつ、命じられるままに殺してきた。生き残るために必要だと言い聞かせて。いずれ遠くない未来に死ぬと解っていても、まだ死にたくないという一心で。
前川は何か言わなければと気だけが逸った。だが、予想に反して相沢は決然とショウビを睨んだ。
「俺は、人を殺さずに生きていく」
そして静かにそう告げる。それは今までの自分との決別を意味している。
「わた――」
何かを言いかけたショウビだったが、パンッと乾いた銃声に阻まれた。
相沢の目の前で、ショウビの身体が傾く。心臓を正確に射抜かれていた。
床にショウビが倒れ、そのまま動かなくなった。誰かが素早く走り去っていく足音が、虚しく響く。それはあまりに呆気ない幕切れだった。
「相沢」
「行きましょう」
相沢はゆっくりと立ち上がると、ショウビに背を向けた。
色々な思いが去来しているはずだ。しかし、相沢は何も語らずにその場を去った。
前川は一度、ショウビへと目を向けた。
相沢と同じように生きた少女。でも、彼女は相沢とは違い、完璧な人形であることに固執した。それがこの結末の差だとすれば、とても悲しい。
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