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第21話 助けたいのは俺だけじゃない

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 鳥の囀りで、前川は目を覚ました。目の前が真っ白で一瞬死んだのかとも思ったが違った。太陽の光が顔に当たっていたのだ。
 辺りを見回すと、今度は大きな窓のある広い部屋だった。前川はふかふかのベッドの上にいる。部屋の中はアンティークの家具が設えてあった。落ち着いた雰囲気の、洋館を思わせる室内だ。
「ここは」
 前川は身体を起こそうとしたが、腹部に強烈な痛みが走った。演技とはいえ傷を付けないと信憑性がない。ということで、相沢は命に別状はない範囲で、ある程度の深さまで刺していた。おかげでずきずきと痛む。
「くっ」
 ようやく上体を起こしたが、痛みに顔が歪む。これはしばらく動けそうにない。しかし、相沢のことが心配だ。あの男は本気で前川を逃がすために一芝居打った。それが何より悔しいし歯がゆい。
「――」
 ガチャと扉が開いた。敵かと身構えたが、現れたのは紳士然とした男だった。
「ああ、起きていましたか」
「あんたは?」
 きっちりとスーツを着込んだ五十絡みの男を、前川は睨め付けた。しかし男は気にする様子もなく、穏やかに笑った。
「あの時はこうして顔を合せなかったから無理もないな。初めまして。美咲の父、佐々木瞭です」
「えっ?」
 予想外の名前に前川は一瞬ぽかんとしてしまった。だが、その名前がどれだけ重要か、相沢にとって特別な存在かを思い出す。
「あなたが、協力者?」
「ええ。娘に最期のプレゼントをしてくれた男の頼みだからね。快諾させてもらったよ」
「はあ」
 思わぬ人物を切り札としたものだ。だが、相沢を信用してくれる確かな人物でもある。佐々木は相沢の優しさを知っていたからこそ、娘のためにデート込みで安楽死の依頼をした。そのために法外な報酬を支払った人だ。助けになりたいと思うのは当然だろう。
「前川君」
「はい」
「相沢君を、どうか救ってくれないか」
 今にも泣きそうな佐々木の顔は、どこか美咲に似ていた。そして、この人もやっぱり相沢の人柄に惚れ込んでいるのだなと知る。
「もちろんです」
 だから、前川は力強く肯いた。それに救うと誓った以上、救われたままでは寝覚めが悪い。
「私も微力ながら協力するよ。君はもう死んだことになっている。新しい戸籍を用意させよう」
「あ、ありがとうございます」
 そうか。自分はあの場で死んだことになっているのか。独身で良かったと、ちょっとそんなことを思ってしまう。家族がいたら大騒ぎになっていただろう。
 だが、これで前川も自由に動けるようなものだ。警察官ではなくなったが、その分、相沢のために動くことが出来る。
 暖かな日差しが、窓から降り注いでいる。この暖かい日差しを、ずっと日陰で人形として生きてきた相沢に届けたい。
 前川は誓いを新たにした。
「相沢、待ってろよ。こうなりゃ、とことん付き合ってやるぜ」
 相沢が素直に生きられる場所を作ろう。前川の誓いに、佐々木も大きく頷いた。
「困った人たちですね」
 そう言いながら困惑する相沢の顔が浮かび、どこかで見ているような気がしてしまった。



 時は流れて、相沢健一と別れてはや一か月。
 前川哲はとある廃工場の前に立っていた。
 少し腹に力を入れると、まだ相沢に刺された傷が疼いた。まったく、演技とはいえ本気で刺しやがって。と、この一か月何度思ったか解らない。だが、今はそれが問題ではない。
「このカード」
 前川はトランプほどの大きさの紙を見つめた。
『相沢健一と名乗っていた男に会いたければ、一人で来い』
 カードに書かれていたのはその一文と、この廃工場の地図のみ。
 明らかに罠だ。だが、これ以外に手がかりはない。
 前川は相沢に助けられ、佐々木瞭の別宅で療養していた。その間に佐々木はあちこちに探りを入れてくれたが、これといった情報は入ってこなかった。前川も自由に動けるように回復するまでに時間が掛かり、打つ手がない状態だった。
「どうやら、私も警戒されているようだ」
 佐々木は力なく呟いていた。助けてやりたいと思ったのが遅すぎたと、この男も悔やんでいることがよく解る。
「いや、仕方ないですよ」
 二人して溜め息を吐き出しつつ、何とかしなければと気持ちばかりが焦る日々だった。しかし、前川の傷が塞がって動けるようになった頃、このカードがベッドの上に置かれていた。その唐突な招待状に驚きつつ、一つの警戒が生まれる。
「演技だったことがばれている」
 相手に自分が生きていることがばれているならば、動くしかない。
 前川は今日動く前に、わざわざ警視庁に出向いていた。そして、相沢と繋がっている上司と面会した。相手は幽霊に遭ったかのような顔をするかと思ったが、冷静そのものだった。
「やはりな」
 そして上司はこれだけ言うと、新しい名前と戸籍の状態で捜査一課への復職を認めた。彼もまた、何か思うところがあるのだろう。腐っても警察官。そういうことらしい。
「俺が出来ることはこのくらいだ。いいな。警戒を怠るな」
 上司はそう言い、前川の存在を認めつつも、相沢の案件には噛めないと言ってきた。それは仕方がないことだろう。彼はキャリア組で上との繋がりがある。さらに警視庁で預かってみせたように、相沢を育てた奴らを知っていて容認していたのだから、前川の行動を支援するわけにはいかない。
 だが、何かあった時のために警察官の身分があるのは大きい。警察手帳というのは、あらゆる場所で威力を発揮するものだ。これもまた権力だが、悪用ではないと言い訳しておく。
「それにしても」
 再び廃工場を見上げる。一体ここで何をしようというのか。まさかまた、殺人ショーでもやるつもりか。そうなると、今度こそ逃げられないなと背筋が寒くなる。
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