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第14話 人形と人間の間
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人気のない公園のベンチに、二人で並んで座った。目の前にある大きな噴水が、寒風に晒されて余計に寒々しかった。
「昨日いきなりあんなことを言ったのは、あの写真のせいか」
「ええ」
前川の質問に、相沢は噴水を見つめたまま答えた。相沢の横顔が、ひどく頼りないものに映る。それは多分、自分というものが解らなくなっているからだろう。
過去は消せない。そして、数多くの命をその手に掛けてきた事実が相沢を縛る。逃げることは不可能なのだ。それがますます苦しさを増しているのだろう。
「俺は」
相沢はそこで一度逡巡してから
「俺は、一体何なんでしょうね」
言って自嘲するように笑った。操り人形なのだ。その事実は常に付きまとう。それなのに、こうして人間らしい感情を持ってしまった。それが今、非常に辛い。
「お前はお前だろ。捻くれ者で、変なことに興味を持つ」
前川の言葉に、相沢は笑いを止めた。そして今にも泣きそうな顔になる。
「俺の存在を証明してくれるものは、何もありません。名前すらいつも仮のものです。正直に言えば、自分の年齢すら正確に知りません。俺は俺である証明をどこにも持たない」
相沢がこうして自分の事を話すのは初めてだ。だから前川は何も言わずに耳を傾けた。
「仮に俺が死んだとしても、誰も困らないでしょう。むしろ不都合な事実を山のように知る人形。死んだら死んだでせいせいしたと思われる。いや、それどころかいずれは消される運命にある。邪魔になればそれで終わりなんです。俺は自分を主張しちゃいけないんだ。もし俺が人形であることを止めたら、自分と同じ立場の人間を新たに作ることになる。そんなの、嫌だ」
ぎゅっと唇を噛み、相沢は下を向いた。それでも、涙が零れることはなかった。
こんな時、普通は自分のことばかりが気になるものだ。しかし、相沢は他者のことを考えている。自分という操り人形がいなくなったらどうなるか。そんなことを想像して怯えてしまうのだ。
今までがどれだけ辛かったか、それだけでも解る。他の奴に同じ思いをしてほしくない。そう思うほどに、殺し屋という人形は辛いことの連続だったに違いない。
頭が良すぎるんだな。
前川はそう思うと虚しくなった。もし相沢が自分のことばかりを考え、もう人形として生きたくないと望めば、きっと逃げることが出来るだろうに。それが、いや、それさえ出来ないのだ。
相沢の場合、思考力が感情をセーブしてしまっている。昨日の冷たい眼も、別に恋人殺しを責めたものではないのだろう。感情に流されることの愚かさを軽蔑していたのだ。
こんなにも我慢しているのに。自我を取り戻しても、自分を殺して人形を続けているのに。そう、相沢は何度思っただろうか。
それなのに警視庁に預けられ、より殺し屋という立場から逃げられないようにされて、どれだけ苦しんだろうか。そしてそれは、前川が相沢を一人の人間として扱えば扱うほどつらくなっていたはずだ。
自分の親切さえ利用されていた。その事実に気づき、前川は言い知れぬ怒りを覚えた。相沢に同情し、それでも逃がすことの出来ない人間として白羽の矢を立てられただなんて。しかし、怒りを吐き出すことはせず噴水を見つめることで何とか抑えた。ここで言葉にしてしまっては、より相沢を苦しめてしまう。
「異動願いは?」
「まだだ」
「何故ですか?」
渇いた声が、相沢の口から漏れる。さっさと目の前から消えてくれ。これ以上苦しみたくない。まるでそう訴えているかのような声だ。だから、前川は決心する。
「お前を放っておくことはできない。お前が苦しむ姿を、俺は見たくない」
「やめて下さい」
前川の言葉に、相沢は今度は食って掛かった。かっと目を見開き、珍しく感情を高ぶらせている。しかし、それは怒りというよりも切なさだった。
二人の視線が正面からぶつかった。
真っ直ぐな前川の目に対し、相沢の目は哀しげに揺れていた。
本心では殺し屋を辞めたいと願っている。人間らしく、感情のままに生きることを願っている。それを、前川はひしひしと感じ取ってしまった。
「どうしてあなたは」
相沢はぐっと唇を噛む。泣きたいけれども泣けない。そんな顔だった。
「相沢、もう我慢しなくていいんだ」
「無理ですよ。もし俺が前川さんのせいで変わったとなれば、俺は前川さんを殺すことになる。今日、そう釘を刺されました」
取り繕っても無理だと気づいたのだろう。相沢は溜め息とともにそう吐き出した。なるほど、今日の午前中にその話し合いがあったということか。相沢は昨日の段階でタイムリミットが近いことを知っていた。だから異動願を出せと言ったわけだ。
相沢に立場を理解させるためにやっていたのに、そこでより人間らしさを取り戻していては意味がない。だから、その感情を捨てさせるために、前川を殺させる。なんとも下衆の発想だ。しかし、一人の少年の人生を踏みにじるような奴らからすれば、そんなのは当たり前の教育ということか。
「昨日いきなりあんなことを言ったのは、あの写真のせいか」
「ええ」
前川の質問に、相沢は噴水を見つめたまま答えた。相沢の横顔が、ひどく頼りないものに映る。それは多分、自分というものが解らなくなっているからだろう。
過去は消せない。そして、数多くの命をその手に掛けてきた事実が相沢を縛る。逃げることは不可能なのだ。それがますます苦しさを増しているのだろう。
「俺は」
相沢はそこで一度逡巡してから
「俺は、一体何なんでしょうね」
言って自嘲するように笑った。操り人形なのだ。その事実は常に付きまとう。それなのに、こうして人間らしい感情を持ってしまった。それが今、非常に辛い。
「お前はお前だろ。捻くれ者で、変なことに興味を持つ」
前川の言葉に、相沢は笑いを止めた。そして今にも泣きそうな顔になる。
「俺の存在を証明してくれるものは、何もありません。名前すらいつも仮のものです。正直に言えば、自分の年齢すら正確に知りません。俺は俺である証明をどこにも持たない」
相沢がこうして自分の事を話すのは初めてだ。だから前川は何も言わずに耳を傾けた。
「仮に俺が死んだとしても、誰も困らないでしょう。むしろ不都合な事実を山のように知る人形。死んだら死んだでせいせいしたと思われる。いや、それどころかいずれは消される運命にある。邪魔になればそれで終わりなんです。俺は自分を主張しちゃいけないんだ。もし俺が人形であることを止めたら、自分と同じ立場の人間を新たに作ることになる。そんなの、嫌だ」
ぎゅっと唇を噛み、相沢は下を向いた。それでも、涙が零れることはなかった。
こんな時、普通は自分のことばかりが気になるものだ。しかし、相沢は他者のことを考えている。自分という操り人形がいなくなったらどうなるか。そんなことを想像して怯えてしまうのだ。
今までがどれだけ辛かったか、それだけでも解る。他の奴に同じ思いをしてほしくない。そう思うほどに、殺し屋という人形は辛いことの連続だったに違いない。
頭が良すぎるんだな。
前川はそう思うと虚しくなった。もし相沢が自分のことばかりを考え、もう人形として生きたくないと望めば、きっと逃げることが出来るだろうに。それが、いや、それさえ出来ないのだ。
相沢の場合、思考力が感情をセーブしてしまっている。昨日の冷たい眼も、別に恋人殺しを責めたものではないのだろう。感情に流されることの愚かさを軽蔑していたのだ。
こんなにも我慢しているのに。自我を取り戻しても、自分を殺して人形を続けているのに。そう、相沢は何度思っただろうか。
それなのに警視庁に預けられ、より殺し屋という立場から逃げられないようにされて、どれだけ苦しんだろうか。そしてそれは、前川が相沢を一人の人間として扱えば扱うほどつらくなっていたはずだ。
自分の親切さえ利用されていた。その事実に気づき、前川は言い知れぬ怒りを覚えた。相沢に同情し、それでも逃がすことの出来ない人間として白羽の矢を立てられただなんて。しかし、怒りを吐き出すことはせず噴水を見つめることで何とか抑えた。ここで言葉にしてしまっては、より相沢を苦しめてしまう。
「異動願いは?」
「まだだ」
「何故ですか?」
渇いた声が、相沢の口から漏れる。さっさと目の前から消えてくれ。これ以上苦しみたくない。まるでそう訴えているかのような声だ。だから、前川は決心する。
「お前を放っておくことはできない。お前が苦しむ姿を、俺は見たくない」
「やめて下さい」
前川の言葉に、相沢は今度は食って掛かった。かっと目を見開き、珍しく感情を高ぶらせている。しかし、それは怒りというよりも切なさだった。
二人の視線が正面からぶつかった。
真っ直ぐな前川の目に対し、相沢の目は哀しげに揺れていた。
本心では殺し屋を辞めたいと願っている。人間らしく、感情のままに生きることを願っている。それを、前川はひしひしと感じ取ってしまった。
「どうしてあなたは」
相沢はぐっと唇を噛む。泣きたいけれども泣けない。そんな顔だった。
「相沢、もう我慢しなくていいんだ」
「無理ですよ。もし俺が前川さんのせいで変わったとなれば、俺は前川さんを殺すことになる。今日、そう釘を刺されました」
取り繕っても無理だと気づいたのだろう。相沢は溜め息とともにそう吐き出した。なるほど、今日の午前中にその話し合いがあったということか。相沢は昨日の段階でタイムリミットが近いことを知っていた。だから異動願を出せと言ったわけだ。
相沢に立場を理解させるためにやっていたのに、そこでより人間らしさを取り戻していては意味がない。だから、その感情を捨てさせるために、前川を殺させる。なんとも下衆の発想だ。しかし、一人の少年の人生を踏みにじるような奴らからすれば、そんなのは当たり前の教育ということか。
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