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第14話 意外な一面

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「ああ、お教えしていませんでしたね。実は晴れていたら、近くに湖があるのでそちらに行く予定だったんですよ。ピクニックのようなものですね。そこで梶田さんに作って頂いた昼食を食べようと思っていたんです。
 しかし、この天気だとゆっくり休日を過ごすという感じになるでしょうか。夜は青龍さんの提案で簡単なテーブルマジックをしていただくことになっています」
 岩瀬がすぐに予定を教えてくれた。昨日は目立たないようにしていて印象に残らない人だったが、仕事はてきぱきとこなすようだ。
「ほう。そうだったんですね」
 それにしても、意外と真面目にマジシャンをやるんだな。
 そう思って青龍を見るとふふんっと鼻で笑われてしまった。
 本業を何だと思っているんだ。そんなところか。しかし、わざわざ神経に触るような反応をするところが腹の立つことこの上ない。
「一先ず部屋に戻ってきますよ」
 いちいち気にしなければいいのに。
 そう自分でも思うも、今回は青龍が犯罪に関わっている決定的な証拠が欲しいと思って個人的なパーティーに潜り込んだのだ。青龍の一挙手一投足を見逃すわけにはいかない。
 雅人はイライラしつつも、気合いを入れ直すために一度部屋に引っ込むことにしたのだった。



 次に雅人が下に下りると、先ほど食堂にいたメンバーが居間に揃っていた。
 いくつか点在するソファにそれぞれ思い思いに腰掛け、部屋の中央のローテーブルに用意されている梶田手作りの焼き菓子を摘まんだり、談笑したりしていた。
「どうだ」
「特に何もなしですね。静かなもんですよ。ここってテレビがないから余計に静かですし。世間と隔絶された感じを味わえますね。でも、このままだと本当に食っちゃ寝の最悪の休日状態に陥りそうです」
 窓際のソファに座ってマカロンを食べる楓は、ヤバいわとぼやく。
 が、そうやって食うから悪いのだ。ちょっとは自重しろよと雅人は呆れてしまう。しかし、梶田の作る料理やお菓子はどれも美味しそうで、ついつい食べたくなるのも解らないでもない。
「確かに静かだな」
 楓の横に腰掛けてざっと部屋を見渡すと、廊下側のソファに青龍がいる。その横にはこの別荘の持ち主である庄司がいて、二人は紅茶を片手に人工知能について語り合っていた。
 さすが、ああ見えても工学部出身で人工知能を研究していたという男。青龍は庄司が話す専門的な内容を理解しているだけでなく、的確に質問を挟んでいた。そして庄司も話が合うのが嬉しいのだろう。にこにこと答えている。
「素晴らしいです。先進的な技術をどんどん取り入れている会社ですね。どれも感心させられるものばかりです」
「いやいや。人工知能の能力の僅かな部分しか利用できていないですよ。これからもっと発展させていくつもりです」
「となると、様々な未解決問題にも取り組むことになりますね。その中でも、フレーム問題の解決にはまだまだ掛かりそうですね」
 青龍がより突っ込んだ話題に踏み込むと、庄司は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ええ。あれだけは定義上の問題もありますし、どこまでの可能性を演算すればいいのかが解らない。人工知能は所詮プログラミングの問題です。総てに正しい定義を与え、また総ての可能性を演算させるというのは、たとえ量子コンピュータが現在のスパコン並みの性能を持ち得たとしても無理ですね」
「しかし、最近リリースされた御社のサービスには、それを克服したような人工知能がありましたよね。あれが出てきた時、さすがに驚きましたよ」
「いやいや。あれだってデータを絞り込んでやっているんですよ。さすがに何でもかんでも人工知能が解決し、学習してくれるわけではありません。あれは要するに数字に置き換えた時に関連性が見出せるかどうかって話です」
「ほほう。つまりは数値への置き換えがミソになるわけですか。その開発はやはり神田さんが中心となって」
「いや、あれは野々村が一人でプログラミングしたものです」
「なるほど。では、彼とはマジックだけでなくそちらの話もしたいところですね。俺も学生時代はどうにか解決できないものかと悩んだものです。しかし、フレーム問題は庄司さんもおっしゃった通り、総ての可能性を演算するということが実質不可能であるがゆえに解決できない。非常にもどかしい問題です。とはいえ、いつの間にか人工知能よりマジックの方が楽しくなっちゃって、現在に至っているわけですが」
 というような会話を平然と、しかも淀みなくしているのだ。とても休日に楽しくするような会話ではないなと雅人は思う。
 ああいう会話を自分たちに置き換えると、たとえば検挙件数について議論するようなものだろうか。それとも現在問題になっている取調室の可視化か。ともかく、肩が凝りそうだ。
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