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第35話 山間の村へ
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雨月と合流して進むこと二日。宇都宮に到着した。大きな町に驚きつつも、ここからは本格的に奥州道中に入る。そのための準備に忙しかった。
足りなくなりそうな草鞋の予備を購入し、脚絆も新調した。他のも保存の利く食料を調達し、道が悪くて宿に到着できなかった時のための準備もした。ここからは山道が続くからである。
「いやはや。旅をするって大変だな」
優介は色んなことが大変だと、旅籠に入ってぼやいている。
「最初の襲撃以降、敵が来なくて良かった」
一方、雨月は脅しが利いたかなと顎を擦っている。
「こちらが事を荒立てるつもりはないと、あの男に言ったのもあるだろう。そもそも、公にしたくないから俺が呼ばれたんだしな。そこを考えろって話だよ」
飛鳥は敵が襲ってくるのがおかしいんだと、町で買った饅頭を頬張った。疲れているからか、甘い物が欲しくなったのだ。
「うまっ」
「俺にも頂戴」
優介は欲しいと手を伸す。そして饅頭を頬張ると、幸せと呆けた顔をした。
「はあ。江戸じゃあ饅頭に感動することなんてないのにね」
次に旅って凄いよなあと優介はしみじみしている。
「まあ、ここまで来ると江戸から随分離れた気分にはなるな」
今はもう下野国だ。これだけでもかなりの旅をした気分になる。
「まだ折り返しにも来ていないぞ」
しかし、冷静なツッコミを雨月が入れてくれる。ここで郷愁に駆られているようでは、この先が思いやられるという顔だ。
「解ってるよ。ここからが大変だからな。妙観院様が住んでいたのは白河の少し先だったな」
飛鳥は今のうちに饅頭を沢山食っておこうと、もぐもぐと口を動かし続ける。
「それも山間だ。村までは本格的な山登りになる」
そこで雨月はちらっと優介を見た。こいつの足腰で大丈夫なのか。そんな心配が目に浮かんでいる。
「や、山登りかあ」
江戸っ子であり、日頃は戯作を書いている優介は体力に自身がない。前回の八王子までの道のりでも、それは痛感させられた。
「いざとなれば背負ってやれよ、雨月」
飛鳥は心配ならば背負えばいいだろうと軽く言う。
「そ、そんなの悪いよ。って、雨月さんだって大変だろうに」
優介はそんなことはさせられないと首をぶんぶんと横に振る。しかし、雨月は嫌な顔をせずに名案だなと頷き
「いざとなれば考えよう。その場合、三人分の荷物は飛鳥が持てよ」
そんな条件を提示する。
「優介とどっちが軽い?」
飛鳥は飛鳥で、三人分の荷物って重くないかとそっちを心配する。
「ちょ、ちょっと」
勝手に山道で背負うことを決定しないでよと、優介は抗議の声を上げた。しかし、雨月と飛鳥からぎりっと睨まれ
「山の途中で迷子になられるのは迷惑だ」
「あんまり日数が掛かると調査に使える時間が減るだろ」
二人から苦情を食らうことになるのだった。
宇都宮からも大きな問題は起こらず、旅は順調に進んだ。案の定、途中で優介は雨月に背負われることもあったが、それは想定の内だ。そして江戸を出立して十二日目、ようやく問題の村へと到着した。先にこの村まで戻っていた妙観院は
「よくぞこんな田舎までお越しくださいました」
と三人に手を合せて喜んでくれた。他にも村の人たちが江戸からわざわざ事件を解きに来たと聞きつけ、歓待してくれる。三人を泊めてくれるのは、妙観院も世話になっている村長の家だった。大きな家で、一先ず荷を解き、茶をご馳走になる。
村長は齢五十だというが腰の曲がった老人のような人だった。しかし気さくな人柄であるようで、解らないことがあったら何でも訊いてくれと請け合ってくれた。
集まっている人々を見る限り、村人はざっと五十人ほど。山間には田んぼが広がり、家はぽつぽつと疎らにある、それほど豊かではない場所だった。四方を山に囲まれているせいか、何だか狭苦しく感じてしまう。
「まずは現場だな」
飛鳥はじろじろと見られることにうんざりし、さっさと調査しようと立ち上がった。案内は妙観院が務めてくれる。
「こちらが問題の家ですか」
「はい。今はもう荒ら屋になっておりますが」
半年放置しただけだが、誰も近づかないせいか荒れ果てている。さすがに生き肝を抜かれて殺されたなんて事件があれば、誰だって避けてしまうだろう。
飛鳥は草履のまま中に入った。続く優介と雨月も草履のままだ。それだけほこりが溜まっていた。
母と娘が二人暮らしをしていた家は、玄関を入るとすぐに土間があり、そこが台所になっていた。その奥に囲炉裏のある部屋、奥に二間、六畳の部屋と三畳の物置になっている部屋があるという、江戸ならばかなり大きな家である。
「遠縁の者が用意してくれた家でございます。その遠縁の者はこの村と縁が深く、村長とも顔見知りです。娘がいることから、お家再興は叶うだろうと、それを見越して用意してくれたのです。この辺りでは村長の家に次ぐ大きさでしょうか」
広いなと感じていることが伝わったのだろう、妙観院がそう説明してくれる。
なるほど、ここでの生活は娘が中心だったわけか。確かに夫に先立たれたのだとしたら、娘が頼みの綱になるのも解らなくはない。そして親戚たちも、娘が良い婿を貰ってくれればと期待したことだろう。
「城下町に住むことは叶わなかったのですか?」
しかし、それでもこんな山の中に住まなくてもと、優介が訊ねる。だが、妙観院はそれは無理ですと首を横に振った。
「主がいなければ城下に住むことは叶いませぬ。お家の再興も、何かと手続きがございます。それまでの生活をどうするかと考えると、こういう場所で自ら畑仕事をするのが一番なのですよ」
ここではみすぼらしい格好も目立ちませんしねと、妙観院は寂しげに笑う。
足りなくなりそうな草鞋の予備を購入し、脚絆も新調した。他のも保存の利く食料を調達し、道が悪くて宿に到着できなかった時のための準備もした。ここからは山道が続くからである。
「いやはや。旅をするって大変だな」
優介は色んなことが大変だと、旅籠に入ってぼやいている。
「最初の襲撃以降、敵が来なくて良かった」
一方、雨月は脅しが利いたかなと顎を擦っている。
「こちらが事を荒立てるつもりはないと、あの男に言ったのもあるだろう。そもそも、公にしたくないから俺が呼ばれたんだしな。そこを考えろって話だよ」
飛鳥は敵が襲ってくるのがおかしいんだと、町で買った饅頭を頬張った。疲れているからか、甘い物が欲しくなったのだ。
「うまっ」
「俺にも頂戴」
優介は欲しいと手を伸す。そして饅頭を頬張ると、幸せと呆けた顔をした。
「はあ。江戸じゃあ饅頭に感動することなんてないのにね」
次に旅って凄いよなあと優介はしみじみしている。
「まあ、ここまで来ると江戸から随分離れた気分にはなるな」
今はもう下野国だ。これだけでもかなりの旅をした気分になる。
「まだ折り返しにも来ていないぞ」
しかし、冷静なツッコミを雨月が入れてくれる。ここで郷愁に駆られているようでは、この先が思いやられるという顔だ。
「解ってるよ。ここからが大変だからな。妙観院様が住んでいたのは白河の少し先だったな」
飛鳥は今のうちに饅頭を沢山食っておこうと、もぐもぐと口を動かし続ける。
「それも山間だ。村までは本格的な山登りになる」
そこで雨月はちらっと優介を見た。こいつの足腰で大丈夫なのか。そんな心配が目に浮かんでいる。
「や、山登りかあ」
江戸っ子であり、日頃は戯作を書いている優介は体力に自身がない。前回の八王子までの道のりでも、それは痛感させられた。
「いざとなれば背負ってやれよ、雨月」
飛鳥は心配ならば背負えばいいだろうと軽く言う。
「そ、そんなの悪いよ。って、雨月さんだって大変だろうに」
優介はそんなことはさせられないと首をぶんぶんと横に振る。しかし、雨月は嫌な顔をせずに名案だなと頷き
「いざとなれば考えよう。その場合、三人分の荷物は飛鳥が持てよ」
そんな条件を提示する。
「優介とどっちが軽い?」
飛鳥は飛鳥で、三人分の荷物って重くないかとそっちを心配する。
「ちょ、ちょっと」
勝手に山道で背負うことを決定しないでよと、優介は抗議の声を上げた。しかし、雨月と飛鳥からぎりっと睨まれ
「山の途中で迷子になられるのは迷惑だ」
「あんまり日数が掛かると調査に使える時間が減るだろ」
二人から苦情を食らうことになるのだった。
宇都宮からも大きな問題は起こらず、旅は順調に進んだ。案の定、途中で優介は雨月に背負われることもあったが、それは想定の内だ。そして江戸を出立して十二日目、ようやく問題の村へと到着した。先にこの村まで戻っていた妙観院は
「よくぞこんな田舎までお越しくださいました」
と三人に手を合せて喜んでくれた。他にも村の人たちが江戸からわざわざ事件を解きに来たと聞きつけ、歓待してくれる。三人を泊めてくれるのは、妙観院も世話になっている村長の家だった。大きな家で、一先ず荷を解き、茶をご馳走になる。
村長は齢五十だというが腰の曲がった老人のような人だった。しかし気さくな人柄であるようで、解らないことがあったら何でも訊いてくれと請け合ってくれた。
集まっている人々を見る限り、村人はざっと五十人ほど。山間には田んぼが広がり、家はぽつぽつと疎らにある、それほど豊かではない場所だった。四方を山に囲まれているせいか、何だか狭苦しく感じてしまう。
「まずは現場だな」
飛鳥はじろじろと見られることにうんざりし、さっさと調査しようと立ち上がった。案内は妙観院が務めてくれる。
「こちらが問題の家ですか」
「はい。今はもう荒ら屋になっておりますが」
半年放置しただけだが、誰も近づかないせいか荒れ果てている。さすがに生き肝を抜かれて殺されたなんて事件があれば、誰だって避けてしまうだろう。
飛鳥は草履のまま中に入った。続く優介と雨月も草履のままだ。それだけほこりが溜まっていた。
母と娘が二人暮らしをしていた家は、玄関を入るとすぐに土間があり、そこが台所になっていた。その奥に囲炉裏のある部屋、奥に二間、六畳の部屋と三畳の物置になっている部屋があるという、江戸ならばかなり大きな家である。
「遠縁の者が用意してくれた家でございます。その遠縁の者はこの村と縁が深く、村長とも顔見知りです。娘がいることから、お家再興は叶うだろうと、それを見越して用意してくれたのです。この辺りでは村長の家に次ぐ大きさでしょうか」
広いなと感じていることが伝わったのだろう、妙観院がそう説明してくれる。
なるほど、ここでの生活は娘が中心だったわけか。確かに夫に先立たれたのだとしたら、娘が頼みの綱になるのも解らなくはない。そして親戚たちも、娘が良い婿を貰ってくれればと期待したことだろう。
「城下町に住むことは叶わなかったのですか?」
しかし、それでもこんな山の中に住まなくてもと、優介が訊ねる。だが、妙観院はそれは無理ですと首を横に振った。
「主がいなければ城下に住むことは叶いませぬ。お家の再興も、何かと手続きがございます。それまでの生活をどうするかと考えると、こういう場所で自ら畑仕事をするのが一番なのですよ」
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