大江戸闇鬼譚~裏長屋に棲む鬼~

渋川宙

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第9話 王手

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 鬼と人の確執は長い。平安より前から続く諍いだ。そしてその長い諍いの間に、両者には埋まることのない溝が出来てしまっている。互いを理解しようという努力は、とうに放棄されてしまったのだ。
 しかし、悪いのは人間側だ。その昔、朝廷が鬼の持つ長寿と力を厭うた瞬間から、両者は交わってはならない存在になってしまったのだ。
 とはいえ、江戸の今に伝わる鬼はどれも作られたものだ。鬼の額に角はないし、皮膚の色が人と異なることはない。
 黙っていれば、何の努力をしなくても人間だと思われるだろう。身長がやや高く、顔立ちが整いすぎているという点はあるが、奇妙に見えるほどではない。しかし、その身に宿る寿命は人より長く、そして力も強かった。それらを隠し、上手く擬態する必要はある。
 人と長く一緒にいれば、鬼が老けないことが気持ち悪く見えるだろう。鬼としても、親しい人が先に死んでいく事実に悩む。
 結果、交流を持たないのが一番だという結論に落ち着いている。だからこそ、飛鳥、桜鬼の行動は奇異であり、諫めるべきことなのだ。
「いい加減、戻ってくれ。お前に辛い思いはさせたくないし、不要な心労を背負い込んでもらいたくない」
 雨月は猫を撫でながらぽつりと言う。こうやって度々やって来ても認識を変えないのは、誰かが注意しなければと思っているが故だ。
「解っているよ。でも、まだだ。知らないまま嫌い忌む状況を、俺は変えたいと思っている」
「無駄だよ」
「まあ、そうだとしても、長になるのならば、人間を理解しておくべきだろう」
「・・・・・・」
 ああ言えばこう言うと、雨月は溜め息を吐いた。今更理解したって何もかも遅いのにと、イライラをぶつけるように猫を撫でくり回す。
「むにゃああ」
 猫の呆けた声がするだけで、しばらく四畳半の狭い部屋は静かだった。
「で、猫よ。小間物屋の様子は見ていたのか?」
 雨月の気が済んだところで、飛鳥は蕩けている猫に声を掛ける。まさか煮干しだけ掠め取って、働いていないなんてことはないだろうな。
「見てやしたよ。でも、旦那がいた時と同じく、お人形遊びばかりしてやしたぜ。一体何が楽しいんですかね。にこにこと人形の髪を梳いてやり、着物を変えようとしていやした」
 猫は飛鳥の疑念をしっかり感じ取り、ちゃんとやってましたよと報告する。しかし、見ていてもつまらない、人間の女の子がただ遊んでいるだけだ。
「それ、髪に何か飾りを付けようとしていたかい?」
 だが、飛鳥は気になることがあるようで、そんな確認をしてくる。猫は顔を舐めながら、
「そうですね。なんか、複雑に編もうとしたり紙で飾りを作ってみたり、着物も綺麗なものを作りたいんだって母親に訴えてましたな」
 思い出したことを付け加えた。
 飛鳥が帰った後、その美形に刺激されたのか、人間をもっと飾り立てたいと騒いでいた。母親は困った様子で、ともかく髪結いを手伝っていた。
「よし。ほぼ想像通りだな。後は優介がもう一人から話を聞けるようにしてくれれば、何とかなるだろう」
 飛鳥は王手だなと、にやりと笑っていた。


 三日後。何とか説得できたと優介が裏長屋にやって来た。その時にはすでにあの化け猫に日本橋で被害に遭った娘の様子を報告させていたから、ようやくかと思った。
 こちらも人形遊びで楽しんでいるという。しかし、小間物屋の娘と違って大店の娘なものだから、自分にも綺麗な髪飾りや着物を用意しろとせがんでいるようだ。
「叔父さんは納得したのかい?」
「ああ。その、やっぱり飛鳥さんが最初に考えたことを考えたようで、心底ほっとしていたよ。しかし、じゃあなんで三日も家を空け、それを黙っているんだと、こっちを気味悪がっている。だから、一緒に話を聞きたいそうだ」
「なるほど」
 そりゃあ気持ち悪いだろうと飛鳥は寝転んだまま肩を竦める。とはいえ、娘は律儀に犯人の秘密を守りたいだけだ。それと同時に、どうにか犯人の役に立てないかと考えているのだろう。
「そりゃあ、どういうことだい? 女装した男と結託しているのか?」
「結託ってほどじゃねえさ。花もその娘も、おそらくもう一人の子も、お友達になっただけだよ」
「は?」
「じゃあ、行こうか」
 さっぱり解らんと首を傾げている優介を無視して立ち上がると、飛鳥はすたすたと外に出る。優介も慌てて付いて来た。
「日本橋の大店の娘をあえて狙ったのかどうか。ってのを依頼人は気にしているよ」
 優介は追い掛けながら、この点はどうなんだと訊いてくる。
「それはないさ。そもそも、日本橋の大店の娘が手伝いに出ていること自体が少ないだろ。ということで、たまたまだ。犯人は女の子であれば良かったんだよ。それも可愛い方が良かったというだけさ」
 しかし、これはあっさり飛鳥が否定してくる。だが、優介はまだ事件の真相に辿り着けていないから、首を捻るしかない。
「可愛い女の子ならばいいって」
「その方が映えるからさ」
「はあ?」
 ますます解らないと、結局日本橋まで真相を聞き出せないまま歩く羽目になる優介だった。
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