2 / 42
第2話 奇妙な事件
しおりを挟む
「ここ最近、幼子、それも女の子ばかりに奇妙なことが起こるんだ」
「そりゃあ、俺の領分じゃなくて、奉行所に相談すべきことじゃねえかい?」
いきなりそんなことを言い出す優介に、相談先を間違っているよと飛鳥は苦笑する。しかし、優介はそのくらいで話を止める男ではない。
「もちろん奉行所も気に掛けているさ。しかし、二日か三日いなくなった後、無事に戻ってくるんだ。それも家の前に戻ってくるんだぞ。奇妙だと思わないか」
そう言って身を乗り出し、面白そうだろうと笑顔を見せる。飛鳥はその顔を胡散臭そうに見つめ、
「本当に無事だったのかい?」
と訊ね返す。
「え? 戻って来たんだから、無事に決まっているだろ」
それに意味が解らないという顔をする優介だ。
こいつ、本当に戯作者なんてやれているのか。飛鳥は頭痛を覚える呑気さだ。ちょっと考えれば解ることじゃないか。
「世の中には、幼子を抱きたいっていう輩が存在するんだよ。見た目五体満足かもしれないが、その子の大事なものは奪われた後かもしれないぞ」
しかし、優介にその答えが出てくるとは思えなかったので、すぐに指摘してやる。すると、優介は大いに狼狽えた顔をした。
「なっ、幼子と・・・・・・ええっ、無理だろ」
そして一度視線を下に落としてからそんなことを言う。顔は薄暗い長屋の中でも解るほど真っ赤だ。
何が無理か、飛鳥は解るのでにやにや笑うだけだ。
「・・・・・・無事、じゃないのか」
答えがないので可能なのだという判断に達したらしい優介が、怖ず怖ずと訊いてくる。しかし、それは寝転んでいて解るものじゃない。それに幼子と言っているが、被害者が何才なのかも知らないのだ。
「さあな。もし無事じゃなくても親が言うわけなかろう。娘の嫁入り先がなくなっちまう」
「うっ、そうか。しかし、奇妙な性癖の男がいたとして、どうして二日か三日で戻すんだ。戻したらその、自分のやったことがバレるじゃないか」
「まあ、そうだな。戻ってくるってのは奇妙だ」
飛鳥はようやく同意を示すと、よっこらせと起き上がった。
短期間だけ誘拐されて戻ってくる少女か。確かに奇妙な事件だ。それに目的もはっきりしない。猥褻行為が目的としても、生かして帰す意味が解らない。
「殺したところでバレねえだろうにな。川にでも流しておけば、勝手に流されて死んだんだろうってなるのに」
飛鳥が物騒なことをあっさり言うと
「あのなあ」
と優介は顔を顰める。これはいつものことだ。優介はそういう血腥いことが大嫌いなのだ。
よく戯作者なんてやっている。
飛鳥はそれにも、職業を間違ってねえかと思ってしまうのだが、旗本の次男坊が自立しようと思うと、そういう職業敷かないのだろうと解っているので、面と向って指摘することはない。
「で、戻ってくるから奉行所は調べにくいってことか。殺しじゃないし、子どもも一応は戻って来ている。奇妙ではあるが捜査するほどじゃないってわけか」
代わりに飛鳥は別の指摘をした。この話が自分に持ち込まれた理由はこれだろう。奉行所は気にしているものの、調べるまでの事件ではないと判断している。
「そうなんだよ。とはいえ、すでに三件、この奇妙な事件が起こっている。女の子のいる家では、夕方から夜にかけて外に出さないように気をつけなきゃと話し合っているほどだよ。被害に遭っているのが商人の娘ばかりっていうことから、用事で外に出たところを狙われているのは間違いなさそうだし」
優介はようやく飛鳥が真面目に事件について考えてくれると解り、姿勢を正した。このままでは女の子を持つ親はおちおち落ち着いていられないのだ。しかも、子どもとはいえこの時代では貴重な労働力でもあるのだ。外に出さないわけにはいかない。
「商人の娘って、それなりに身なりのいい娘ばかりってことかい?」
奉公人というわけではないのかと、飛鳥はそこを確認する。
「ああ、どうやらそうみたいだな。しかも近所で可愛いと評判の子が狙われるらしい」
「ほう」
いよいよ小児性愛者が疑われるなと、飛鳥は顎を擦る。しかし、やはり家に帰す意味が解らない。そういう性癖の持ち主であれば、とことん楽しんで面倒になったら殺すだろうなと考える。
「どうだ? 気になるだろ」
「まあな。で、お前さんはそういう可愛い女の子を持つ家から依頼を受けたってわけだ」
「まあね。どうして飛鳥さんに直接言わないのかなあ。俺に話して、判じ物の先生によろしくって言うんだぜ。あっ、これは前金だよ」
優介はそう言って懐から巾着を取り出して飛鳥の前に置いた。持ち上げてみるとずっしりと重い。中を確認すると、前金にしては十分すぎる金が入っていた。
「口止め料込みってところか」
「ああ、うん。やってくれるかい?」
そういう態度だから優介に依頼が来るんだぞ。そう指摘したくなる飛鳥だが、自分が人とは違う鬼ゆえに、化けていても普通の人から忌避されることも解っている。こうしてたんまりお金を払ってくれるのならば文句もない。
「やろうじゃないか。さて、それよりも、金も入ったことだし飯だ。どうせ今から調べるには時間が遅い」
いつの間にか西日が入るようになった障子を指差し、飛鳥はにやりと笑って立ち上がった。
「そりゃあ、俺の領分じゃなくて、奉行所に相談すべきことじゃねえかい?」
いきなりそんなことを言い出す優介に、相談先を間違っているよと飛鳥は苦笑する。しかし、優介はそのくらいで話を止める男ではない。
「もちろん奉行所も気に掛けているさ。しかし、二日か三日いなくなった後、無事に戻ってくるんだ。それも家の前に戻ってくるんだぞ。奇妙だと思わないか」
そう言って身を乗り出し、面白そうだろうと笑顔を見せる。飛鳥はその顔を胡散臭そうに見つめ、
「本当に無事だったのかい?」
と訊ね返す。
「え? 戻って来たんだから、無事に決まっているだろ」
それに意味が解らないという顔をする優介だ。
こいつ、本当に戯作者なんてやれているのか。飛鳥は頭痛を覚える呑気さだ。ちょっと考えれば解ることじゃないか。
「世の中には、幼子を抱きたいっていう輩が存在するんだよ。見た目五体満足かもしれないが、その子の大事なものは奪われた後かもしれないぞ」
しかし、優介にその答えが出てくるとは思えなかったので、すぐに指摘してやる。すると、優介は大いに狼狽えた顔をした。
「なっ、幼子と・・・・・・ええっ、無理だろ」
そして一度視線を下に落としてからそんなことを言う。顔は薄暗い長屋の中でも解るほど真っ赤だ。
何が無理か、飛鳥は解るのでにやにや笑うだけだ。
「・・・・・・無事、じゃないのか」
答えがないので可能なのだという判断に達したらしい優介が、怖ず怖ずと訊いてくる。しかし、それは寝転んでいて解るものじゃない。それに幼子と言っているが、被害者が何才なのかも知らないのだ。
「さあな。もし無事じゃなくても親が言うわけなかろう。娘の嫁入り先がなくなっちまう」
「うっ、そうか。しかし、奇妙な性癖の男がいたとして、どうして二日か三日で戻すんだ。戻したらその、自分のやったことがバレるじゃないか」
「まあ、そうだな。戻ってくるってのは奇妙だ」
飛鳥はようやく同意を示すと、よっこらせと起き上がった。
短期間だけ誘拐されて戻ってくる少女か。確かに奇妙な事件だ。それに目的もはっきりしない。猥褻行為が目的としても、生かして帰す意味が解らない。
「殺したところでバレねえだろうにな。川にでも流しておけば、勝手に流されて死んだんだろうってなるのに」
飛鳥が物騒なことをあっさり言うと
「あのなあ」
と優介は顔を顰める。これはいつものことだ。優介はそういう血腥いことが大嫌いなのだ。
よく戯作者なんてやっている。
飛鳥はそれにも、職業を間違ってねえかと思ってしまうのだが、旗本の次男坊が自立しようと思うと、そういう職業敷かないのだろうと解っているので、面と向って指摘することはない。
「で、戻ってくるから奉行所は調べにくいってことか。殺しじゃないし、子どもも一応は戻って来ている。奇妙ではあるが捜査するほどじゃないってわけか」
代わりに飛鳥は別の指摘をした。この話が自分に持ち込まれた理由はこれだろう。奉行所は気にしているものの、調べるまでの事件ではないと判断している。
「そうなんだよ。とはいえ、すでに三件、この奇妙な事件が起こっている。女の子のいる家では、夕方から夜にかけて外に出さないように気をつけなきゃと話し合っているほどだよ。被害に遭っているのが商人の娘ばかりっていうことから、用事で外に出たところを狙われているのは間違いなさそうだし」
優介はようやく飛鳥が真面目に事件について考えてくれると解り、姿勢を正した。このままでは女の子を持つ親はおちおち落ち着いていられないのだ。しかも、子どもとはいえこの時代では貴重な労働力でもあるのだ。外に出さないわけにはいかない。
「商人の娘って、それなりに身なりのいい娘ばかりってことかい?」
奉公人というわけではないのかと、飛鳥はそこを確認する。
「ああ、どうやらそうみたいだな。しかも近所で可愛いと評判の子が狙われるらしい」
「ほう」
いよいよ小児性愛者が疑われるなと、飛鳥は顎を擦る。しかし、やはり家に帰す意味が解らない。そういう性癖の持ち主であれば、とことん楽しんで面倒になったら殺すだろうなと考える。
「どうだ? 気になるだろ」
「まあな。で、お前さんはそういう可愛い女の子を持つ家から依頼を受けたってわけだ」
「まあね。どうして飛鳥さんに直接言わないのかなあ。俺に話して、判じ物の先生によろしくって言うんだぜ。あっ、これは前金だよ」
優介はそう言って懐から巾着を取り出して飛鳥の前に置いた。持ち上げてみるとずっしりと重い。中を確認すると、前金にしては十分すぎる金が入っていた。
「口止め料込みってところか」
「ああ、うん。やってくれるかい?」
そういう態度だから優介に依頼が来るんだぞ。そう指摘したくなる飛鳥だが、自分が人とは違う鬼ゆえに、化けていても普通の人から忌避されることも解っている。こうしてたんまりお金を払ってくれるのならば文句もない。
「やろうじゃないか。さて、それよりも、金も入ったことだし飯だ。どうせ今から調べるには時間が遅い」
いつの間にか西日が入るようになった障子を指差し、飛鳥はにやりと笑って立ち上がった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
銀木犀の香る寝屋であなたと
はぎわら歓
恋愛
木材屋を営む商家の娘、珠子はある夜、父親がどこかへ忍んでいくのに気づく。あとをつけると小さな小屋があり、少年が出てきた。父親はこの少年の母親と逢引をしているらしい。珠子は寂し気な少年、一樹と親しくなり、大人たちの逢瀬の時間を二人で過ごすことにした。
一樹の母と珠子の父は結婚し、二人の子供たちは兄妹となる。数年後、珠子は男爵家に嫁入りが決まり、一樹は教職に就く。
男爵家では跡継ぎが出来ない珠子に代わり、妾のキヨをいれることにした。キヨは男の子を産む。
しかし男爵家は斜陽、戦争へと時代は突入していく。
重複投稿
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
仔猫のスープ
ましら佳
恋愛
繁華街の少しはずれにある小さな薬膳カフェ、金蘭軒。
今日も、美味しいお食事をご用意して、看板猫と共に店主がお待ちしております。
2匹の仔猫を拾った店主の恋愛事情や、周囲の人々やお客様達とのお話です。
お楽しみ頂けましたら嬉しいです。
執事の喫茶店
ASOBIVA
ライト文芸
━━━執事が営む喫茶店。それは、必要とする人だけに現れるという━━━
イラストレーターとして働いている女性が自販機で飲み物を買っていると突然強い光が襲い、ぎゅっと目を瞑る。恐らく車か何かに引かれてしまったのだろうと冷静に考えたが、痛みがない。恐る恐る目を開けると、自販機の横になかったはずの扉があった。その扉から漂う良い香りが、私の心を落ち着かせる。その香りに誘われ扉を開けると、アンティーク風の喫茶店がそこにあった。
こちらの作品は仕事に対して行き詰った方・モチベーションが下がっている方へ贈る、仕事に前向きになれる・原動力になれるような小説を目指しております。
※こちらの作品はオムニバス形式となっております。※誤字脱字がある場合がございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる