偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第28話 集中力

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 その様子に、美樹が苦笑してみんなの注目をスープに戻していた。日向も先ほど同じ状態を見ているので、質問は後だなと頷く。
「それって凄い集中力ですね」
 しかし、スープを持ったまま一心不乱に考えに没頭する姿に、感心するより他ない。だから素直な感想を漏らしていた。
「成功する学者に多いんですよね、ああいうの」
 それに対し、信也が苦笑するように答えた。そして、俺には無理だなと苦笑する。
「学者の方でも、やっぱり珍しい」
「それはそうですよ。まだ大学生だから総てを知っているわけじゃないですけど、学者と言えどもピンからキリまでいます。小宮山もそうだけど、そこの今津君なんかもああいう集中力を持っているタイプで、着実に成功しそうですよ」
「えっ」
 急に話題を振られ、スープを啜っていた健輔はきょとんとする。あまり親しく喋っていない、どちらかと言うと気まずいなと思っている相手に褒められると、どう反応していいのか解らない。
「ええっと」
 微妙な空気を感じ取り、日向は困惑して美樹を見た。美樹としてもどう説明すればいいかなと悩んでしまう。
「要するに、足立君はこのまま学者になっていいのか、悩んでいるってところですよ。でも、小宮山君にしても今津君にしても、学者として成功することは、高校生ながら見えている。才能への嫉妬というところね」
 が、真衣がさらっと説明してしまった。今回は研究に関する説明の段階で議論が頓挫したために、そこまで話が及んでいなかったが、ここにいる全員が同じレベルにあるわけではないのだ。
「そう。俺は小宮山の先輩だったから呼んでもらえただけ。他の人とはレベルの差があるってことだよ。そういうことさ」
 最後は信也が自虐的に締め括って終わった。しかし、おかげで微妙な空気がレストランの中に充満してしまう。
「この先大丈夫かって不安という点では、私も石井君もだけど」
 だからか、織佳が言い訳のように言った。それに真衣はよしよしと織佳の頭を撫でている。
「そうね。それに肩書が総てじゃないわ。足立君はあんな風に言っているけど、まだ決定打を放っていないだけよね」
「はんっ。実験屋の先生にそう言われてもね」
 自分が空気を悪くしてしまったからか、信也はそう言って口では悪態を吐いたものの苦笑して済ませた。
「小宮山君」
 が、そんな中でも一心不乱に考えているのが朝飛である。
 当初の、船での刺々しい空気を忘れたのか。そう注意したくなる美樹だ。しかし、今の話で立場の差があったのかと、それを思い出した美樹だ。
「小宮山君は悩まなそうねえ」
「うん。まあ、ええ」
 そこだけ答えてまた何かを考え始める朝飛だ。本当に変な男である。
 志津が信也を振った話で盛り上がった時、そのついでに美樹はどうなのかと問われたが、朝飛を恋人として見れるか、それは微妙な問題だ。
「何となく、解ってきました」
 そんな彼らのそれぞれの反応で、人間関係ってどこも複雑なんだなと、そう理解した日向だった。





 結局、朝飛は朝まで何か言い出すことはなかった。
 その間にそれぞれ休憩に入り、適度に横になって寝たり、スマホでゲームを始めたり、窓の外をぼんやり眺めたりしていた。
 そして夜明け。昨日一昨日より明らかに明るい空に、誰もがほっと息を吐いた。
「よし」
 そこで、ずっとスープのカップを持ったまま考えていた朝飛が立ち上がった。冷めてしまったスープを飲み干し、うんっと伸びをする。
「何か解った?」
「ううん、どうだろう。それよりコーヒー」
「はいはい」
 二言目にはコーヒーかと呆れつつ、美樹は厨房近くでうたた寝している藤本を見て、彼に頼むのは悪いなと気づく。
 よく考えるまでもなく、藤本はずっと厨房でみんなの食事や飲み物を作っていたのだ。その上この異常事態。疲れてしまって当然だろう。
「自販機に行こうよ」
「そうだな。一階にもあったっけ」
「大浴場のところね」
「うん。じゃあ、ついでに調べるか。来るだろ」
「ええ」
 当たり前のように美樹を誘う朝飛に、ちょっと嬉しくなる半面、呆れてしまう部分もある。
 相手は女の子だって思っているのだろうか。殺人現場に誘うことを、少しは躊躇ってくれてもいいように思う。
「斎藤さんも来ますか」
 だから、横で声を掛けそびれている日向に向け、一緒に行くかと言ってしまった。
「い、いいんですか?」
「ええ。現場検証で余計なことしないように、見張りの人がいるでしょ。私たち、警察じゃないし」
「あっ、はい」
 どこか怒ったような美樹に多少の遠慮を覚えつつも、日向はついて行くことにした。警察への説明という職責はある。そう思ったのだ。
「ああ、斎藤さんも来ますか」
 そして朝飛はというと、立ち上がった日向にようやく目を向けたのだから、まだ考え事をしているらしい。困った人だと美樹は心底思う。
 これだけの集中力がなければ若くして成果なんて出せないのかもしれないが、人間としてはやっぱり駄目だと思う。
「ご一緒しても大丈夫ですか」
「ええ。もちろん。俺の考えにばんばん突っ込んでくれそうなのは、川瀬さんか斎藤さんくらいでしょうから」
「はあ」
 どういう信頼感だろうと思うも、戦力とみなしてくれるのは有り難い。こうして三人で大浴場へと向かうことになるので、日向は大関にレストランでのことを頼んだ。
「ああ、こんな訳の分からん状況を解決してもらえるんだったら、協力して来い」
 その大関も朝飛には任せられると、レストランの対応を請け合ってくれた。大関も朝飛に事件解決を任せるというスタンスなのだ。相手が高校生だろうと、頼りになるのは朝飛だけと認めている。
「お願いします」
 日向は一度頭を下げると、慌てて朝飛の後を追い掛けた。待ってくれないところもまた、非常に天才らしいなと思うのは穿った見解だろうか。
 しかし、何かと気遣いも出来て普通に振舞う朝飛にも、そういう普通らしさがあって、ちょっと安心してしまう。
「すみません。小宮山君、普段の気遣いをパーにするほど、考え出すと止まらないもので」
 そんな朝飛の行動を、レストランと大浴場の中間、丁度志津の死体がある付近で待っていた美樹が謝る。
「いえ。あ、氷も見ないと」
「そうですね。冷房が効いているとはいえ、やっぱり不安ですよね。警察が来るのって、明日でしょうか」
「でしょうね。ここは台風が抜けましたが、本州は今頃台風で大変でしょうし」
 そう言って二人はしばし、志津の死体を見つめてしまう。このまま置いておけばどうなるか。そう思うと心苦しくなった。しかし、殺人事件であることが確定的なのに、警察が来る前に死体をあれこれ触るわけにもいかない。
「そうなんですよね。警察には出来る限り手を加えないでくれと言われています。石井さんの事件の後にも電話しましたが、同じでしたね。
 ともかく、出来る限り現状維持で、と。とはいえ、田中さんの遺体を台風の中に放置するわけにも、また、石井さんの死体を狭いサウナ室の中に放置するわけにもいかないですけど」
「ですよね。どっちも死体を触るしかないっていうか。あっ、それより小宮山君を追い掛けないと。あいつ、考え事に没頭すると信じられないことをします」
「えっ」
 そんな馬鹿なと思ったが、考えると志津の部屋で風呂場へのドアを撫でて調べていた。これって警察にとっては困ることではなかろうか。それに気づき、日向も慌てて追い掛ける。
「あっ」
 大浴場に入ってみると、すでに朝飛が窓に近づいて調べている最中だった。
 招待客たちが来てから初めてちゃんと海が見える窓。
 そこで朝飛は首を捻っている。先に行ったはずの美樹の姿が見えないのはどういうことか。
「小宮山さん」
 日向が声を掛けると
「この窓って開くのかな」
 と訊ねられた。
 どうやら朝飛は横に来たのが美樹だと思っているらしい。男女を間違うってどうなんだと思うが、そこにツッコミを入れている場合ではない。
「左右は開きますよ」
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