偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第24話 またトラブル

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 そういう発想の転換があったら考えるのかと、美樹は苦笑する。そしてレストランの厨房へと声を掛けに行った。
 今は夕食の支度のために、藤本をはじめとしてお手伝いの面々が厨房に入ってしまっているのだ。日向も何かと忙しいのか、パソコンとスマホの両方と睨めっこをしている。
 美樹は厨房に声を掛けると、しばらくこれで対応してもらってもいいかとポットを渡された。
「何かあったんですか?」
「水の出が悪くてね。ちょっと手間取っているんだ。でも料理や飲み水はミネラルウォーターを使うから大丈夫だよ」
 藤本はそう説明し、申し訳なさそうに大きなポットを美樹に託した。これで好きにコーヒーを淹れて飲んでほしいというわけだ。
「了解しました。それにしても水ですか」
「忙しそうですね」
 そこに何か話し込んでいるなと朝飛がやって来た。トラブルを放っておけない性格が、ここでも発揮されている。やはり常に周囲に気を遣うタイプなのだ。
「台風の影響で水の出が悪いらしいよ」
「ううん。貯水槽に影響が出ているのかな」
「だと思うって」
 とはいえ、これも雨と風のせいで確認は出来ない。影響が出るということはおそらく外にあるのだろう。
「料理には影響がないみたいよ」
「ふむ。じゃあ、一先ず棚上げかな」
「うん。でも、それってお風呂には影響するよね」
「一日くらい我慢しろよ」
「ちぇっ」
 もちろん非常事態だから風呂を我慢するのは仕方ない。しかし、出来れば入りたかったなというのが本音だ。
「どうかしましたか」
 二人が厨房近くにいることに、日向が慌ててやって来た。やはりこの人もトラブルが放っておけないタイプらしい。それにここの実質的な責任者でもある。
「水が出にくくなっているそうですよ。料理には影響ないそうですが」
「ああ。台風のせいでしょうか。貯水槽は確かこの建物の地下にあるんですけど」
「ううん。でも、水はどこから」
「地下水ですね」
「では、台風の影響がゼロとは言えないですよね。水位が変化したのかもしれない」
「ええ。他にも貯水槽のあるここの地下に水が入り、貯水槽のポンプの電気系統に影響しているのかもしれないですし」
 見に行くべきか、それを日向は悩んでいるようだ。今、料理で手伝いの三人は動けない。後回しにすると夜遅くになってしまう。それが悩みなのだろう。
「漏電している可能性があるなら、一度電源を落とさないと駄目ですね。ともかく水の供給を今日は諦めて、ブレーカーを落とした方が安全です。
 夜になってますし、雨も弱まっていない。下手に近づかない方がいいでしょう。それより、全員の安全の確保が大切です。水に影響が出たということは、電気など他にも影響が出るかもしれないです」
「そ、そうですね。すぐに必要箇所以外のブレーカーを落としておきます。懐中電灯や水の備蓄は事務室にあります。いくらか移動させておきましょうか」
「手伝います」
 頷いた朝飛は、健輔と直太朗、そして信也に声を掛けた。手伝ってくれと頼むためだ。
「台車があるなら手伝うよ」
 信也はにやっと笑って言う。階段をあまり上り下りしたくないことといい、膝か腰が悪いのか。重いものを持ちたくないと表明する。
「あります。では、足立さんはレストランの入り口まで運んでもらえますか。こちらに置いてあります」
「レストランに着いたやつは私たちが運びますよ」
 いつの間にか美樹が女性陣に声を掛け、こうして全員で行うことになった。大関と今川も見ているだけは悪いと加わることになる。
「大人数になってしまいましたね」
「すぐに終わっていいんじゃないでしょうか。水はどのくらいあるんですか」
「台風もそうですが、海が時化てここに閉じ込められる可能性がありますので、多めに確保してあります。全部を出す必要はないでしょうが、事務室とレストランの厨房に合わせて五百リットル以上は常備してあります」
「それはすごいですね」
 万が一というのを考えると、しかも高校生や大学生を招いているという状況だと、苦情になっては大変だから、それだけの準備が必要なのか。朝飛は素直に驚いてしまう。
「離島ですからね。それなりの準備は常に必要です。他にも自販機の水分もありますから」
「では、飲み水に関しては心配ないですね」
「ええ。トイレに関しても大浴場の水を使えば大丈夫でしょう。常に溜めてありますから、水の供給を止めても残っています」
「なるほど」
 水に関しては豊富にある。食料も二週間分以上はあるとのことだった。飢え死にするような事態はまずない。
「取り敢えず、十箱くらい出しましょうか」
 みんなで横に長い事務室に入り、その奥に積んであるミネラルウォーターの箱を運び出す。一晩レストランで過ごすことを考え、多めに出しておこうということになった。
「となると、毛布もいりますかね」
「そうですね。宿泊用の予備を出しましょう」
 それぞれの部屋に取りに行くとまた面倒だからと、日向は水の備蓄と一緒に置いてある、宿泊者用の毛布も取り出した。全員で協力したおかげで、ほんの三十分ほどで終わらせることが出来た。
「なんかキャンプみたいになってきたね」
「そうだな」
 非常事態だというのに楽しそうな美樹に呆れつつ、朝飛は何とか朝まで何もなければいいのだがと、そう願わずにはいられなかった。



 夕食の後、テーブルを窓際に寄せて、万が一割れた時のための対策代わりとし、開けた空間には段ボールと毛布を敷いて、即席の休憩スペースが作られた。
「ずっと椅子に座っていたから、ありがたいですね」
 ようやく足を延ばして座れたと、真衣と美樹はそれに喜んでいる。織佳に至ってはすでに寝そべっていた。そんな感じで女性陣が先に寛ぎ出したおかげか、男性陣もそれぞれに足を延ばし始める。とはいえ、傍で寝転ぶのは気が引けるので、女性陣が寛いでいる場所の反対側に男性陣が固まることになった。
「小宮山君、ようやくトリックを考えられるね」
 朝飛も寝転ぼうとしたら、さっきまで真衣と盛り上がっていたはずの美樹が近づいてきた。ちょっとは休憩させてほしいものだ。土嚢積みの時でもそうだったが、朝飛は基礎体力が足りない。が、ふと引っ掛かりを覚える。
「土嚢積み、か」
「えっ、どうしたの?」
「いや」
 ちらっと信也の方を見てから、こちらに注目していないのを確認して小声で言うことになる。
「昨日の朝、足立さんと田中さんって一緒に作業していただろ。その時の様子って解らないものかなって。吉本さんの話だと、田中さんは一緒にいたくなさそうだったみたいだからさ」
「ああ。そうよね。仕方ないとはいえ、ペアになっていたもんね。でも、あの時って率先してあの二人がペアになっていたような気がするけどな」
「そうなんだよ。そこがちょっと引っ掛かったんだ。あの時に余ったのは今津君だった。もし田中さんが足立さんのことを本気で嫌っているのならば」
「今津君と一緒にペアを組んでいたのではってことね。ううん、でもどうなんだろう。あの時は急いでやらなきゃいけなかったから、顔見知りとペアの方がいいって思ったのかも」
 そこは一概に言えないような気がすると、美樹は首を傾げた。
 こういう時、やはり女性の気持ちは女性に聞くのが正しいらしい。朝飛だったら気まずい相手と、緊急の場合だとはいえ、出来る限り組みたくはないものだ。それが他の選択肢がある場合ならば尚更である。
「そういうのも意外よね。小宮山君って分け隔てなく誰でもオッケーって感じなのに」
「どういう偏見だ。俺だって反りの合わない相手くらいいる」
「へえ。じゃあ、その相手って、全面的に自分はフレンドリーです、いい奴ですよってなったきっかけの人ね」
「うっ」
 なんと鋭い。
 朝飛は思わず唸ってしまった。おかげで美樹の指摘が正しいことを認めてしまうことになる。
「へえ、どんな人?」
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