偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

文字の大きさ
上 下
23 / 41

第23話 特定不可能

しおりを挟む
「ううん。まあ、女性のキャリア問題は別として、それだけいい顔をしていて、恋愛に一切興味がないってのがねえ。言い寄ってくる女子だっているでしょうに。下手すると同性愛者かしらって疑われるわよ。
 小宮山君、興味の対象は異性よね。川瀬さんと仲良くしてるし。そうだなあ、典型的物理学者と思えば、ううん、無理かあ。もう少し男女の機微が解っているって思っちゃうのよねえ」
 真衣がなんとかカバーできないかと奮闘するが、無理であるらしい。朝飛はがっくりだ。
 ついでに、一応であるが、異性愛者だということは伝えておく。変な誤解をされるとそれはそれで迷惑だし、何だか日向を巻き込みそうな気がした。
 そういうことだけは素早く察知してしまう朝飛である。
「それより事件。小宮山君、事件をさくっと解決すれば、総てを返上できるわよ」
「いや、別にポンコツと思ってもらった方が楽な気がしますが」
「それは無理ね」
「な、なんでですか」
「やっぱ、顔と雰囲気が」
 だから、そんなどうにもできない部分を持ち出して指摘されても困るんだよ。
 朝飛は事件とは関係ない部分で悩まされるのだった。
 その後、織佳からも真衣と同じ情報を引き出し、さらに同じ指摘をされてダメージを被ることとなった。
 それはいいとして、ついに問題の信也だ。
「ああ、そうだよ。やっぱり色々言われてんだろうなって思ってたけど、ほとんどの奴が知ってるんだ」
「みたいですね」
 信也は別に気取った様子もなく、缶コーヒーを飲みながら苦笑しただけだった。それに拍子抜けすると同時に、印象が違うことも考慮する。
「先輩が田中さんに惚れていたなんて意外ですね」
「そうか。ああいう大人しいけど男勝りな感じ、いいなって思ったんだよね」
 そう言うと、信也は志津の遺体がある方へと目を向けた。その目はまだ好きなんだろうなと、そう思わせる熱っぽさがあった。
 さすがに疎い朝飛だって、その眼差しに含まれるものくらいは読み取れる。
「どうして、殺されたんだと思いますか」
「さあ。それは俺が知りたいよ」
「何かトラブルを抱えているっていう話は」
「知らねえな。俺以外に告白してフラれた奴がいるんだったら別だろうけど」
 そこで信也は窺うように朝飛を見る。それに、他に知らないかと問われているのだと思った朝飛は首を捻った。
「知りませんよ。俺、そういう話はほとんどしないですから」
「なんだ。その様子じゃ、小宮山が田中さんに告白されたわけじゃねえか。ちょっと疑ってたんだけどな。俺がフラれたのは、噂の高校生の小宮山に惚れているからじゃねえかって。まあ、しょっちゅう川瀬さんと一緒にいるし、割って入る隙がないって思ってたのかもしれないけど」
「なっ」
 だからどうして、誰もが美樹を引き合いに出すのか。一緒にいるのは同じ部活で、さらに興味ある分野が似通っているからだ。それ以上でもそれ以下でもない。
 それなのに、どういうわけか、多くの人が二人の間に恋愛関係もあるものだと想定しているらしい。びっくりだった。
「違いますよ」
「そうなのか。勿体ない」
「何がですか」
「向こうは惚れてるんじゃないの?」
「そんな馬鹿な」
 ここで即否定してしまうあたりに、朝飛が恋愛に無縁な理由が見え隠れする。それが解る信也はくくっと喉を鳴らして笑ってしまった。
「俺の話はいいんですよ」
「そうだな。事件だな」
「ええ」
 もう誰も研究の話題なんてする気がないしと、朝飛はぐったりとする。結局、全員が朝飛の聞き取りに協力するという形で納得しているのだから恐ろしい。
「とはいえ、あの時間全員がレストランにいたのは間違いないんだぜ。相当なトリックを使ったか、もしくは、いない佐久間兄弟のどっちかか、だろ」
「まあ、そうなります」
 そう。結局はその二択になってしまう。しかし、トリックにしろ佐久間兄弟のどちらかが殺したにしろ、大きな問題がある。
「台風か」
「ええ。さっきも斎藤さんと話していましたが、感覚が違うんですよ。ここでの台風と普段の台風って」
「確かにものすげえもんな。台風中継の中にいるみたいっていうか。ほら、沖縄の映像だとこんな感じだろ」
 感覚が違うのには同意すると、具体的な例えを出して言う信也だ。たしかに沖縄は勢力が強いまま当たることばかりだから、まさに今、目の前の風景が中継されているようなものだった。
「そうか、沖縄か」
「ま、沖縄なんてここ最近、行ったことないけどね」
「出身の人もいないですね」
「だな。沖縄の人って名字が特徴的だし」
「ええ」
 沖縄に住んだ経験がある人だったら、台風の中でもなんとか出来るのでは。
 そう思ったものの、そんな話は聞いたことがない。沖縄に行ったことがある人でも、台風の威力を正確に体感し覚えている人がいるか。これは微妙なところだろう。
「謎だらけだな」
「ええ」
 こうして何の成果もないまま、美樹を除く研究者全員からの聞き取りは終わってしまった。



「じゃあ、誰か特定できず、か」
「そういうこと」
 夕方。レストランに戻って休憩を取る朝飛は、美樹の質問に何も解らんと答えていた。
「そう言えば、君も足立さんが田中さんに告白したのは知っていたのか」
 そうそうと、この確認をしていなかったと朝飛は聞く。
「ええ。お風呂で話題になったよ。みんなで集まってする話題って、恋愛話が一番盛り上がるからね」
「へえ」
 それは解らないけどと、朝飛はようやく落ち着いてブラックコーヒーを飲んだ。
 何だか自分が晒し者になっただけのような気がするが、ともかく、殺すほどの動機を持った人はいないらしい。
「そうかな。真実を言っていないって可能性もあるよね」
「それを言い出したら、証言から何かを導くのは不可能になるね。残念ながら、嘘を見抜く方法というのはない」
「そうか。嘘発見器って、あれ、それなりにデータがいるのよね。そして未だに正確なデータなんて存在しない」
「ああ」
 嘘発見器の問題点はいいとして、実際に証言だけを頼りに真実を導くなんて無理なのだ。ただ、誰もがこの事件を不可解だと思っている。これは確実だろう。
「そうなると、いない佐久間さん達が怪しい」
「そう思わせるのが目的って可能性もある」
「ううん」
「だから、可能性なんて山のようにあるんだよ。台風で外を調べられないんだから」
「だね。物証がないのか。あったとしても、この風と雨でどっかに行っちゃっているかもしれないと」
「ああ」
 言われて、朝飛は何時間ぶりかに窓の外へと目を向けた。外は相変わらず大風と横なぶりの雨が降り続いている。確かにこの状況だと、何か証拠が落ちていたとしても吹き飛ばされ、雨で洗い流されていることだろう。
「つまり、この台風は犯人に有利に動いているってことですか」
「そうだな」
 困ったもんだよと、朝飛はコーヒーを胃に流し込む。そうしないと、何だかイライラしてしまいそうだった。
 何一つ解決できず、さらに台風で解決する糸口さえ掴めない。倫明たちは無事なのか、それとも彼らが犯人なのか。嫌な想像だけがぐるぐると頭の中を駆け巡っていく。
「この天気でただでさえ憂鬱なのに、事件だもんね」
「そうだな。でも、君はけろっとしているように見えるが」
「失礼だね。小宮山君がいつも通りだから、私もいつも通りなだけだよ」
「へえ」
 自分も美樹がいつも通りだからまだ冷静なのだとは面白いなと、そう気づいてくすっと笑ってしまう。
「何をにやついているのよ」
「いや」
「もう。笑ってないでトリックを考えてよ。もし行方不明の二人だとしても、あの事件、トリックなしでは無理よね」
「なるほど」
 確かに誰が犯人かを差し引いても、トリックは必要なのか。朝飛はふむと頷き、悪いけどコーヒーを淹れてくれるかいと美樹に頼む。
「仕方ないね。でも、考える気になったかい」
「ああ。トリックだけならば、理論を構築する作業と変わらないなと思って」
「なるほどねえ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。 独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす 【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す 【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す 【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす 【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))

処理中です...