偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第10話 暴風の中

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「倫明さん。危険を感じたらすぐに引き返しましょう。水害対策に関しては、建造時点で建設業者の方にある程度はやってもらってますから」
「ああ、はい」
 でもって、加速器は自分で守らなきゃと思っていた倫明にまで、しっかり釘を刺す。それに朝飛はお気の毒と視線だけ送っておいた。しかし、今の発言は気になる部分がある。
「斎藤さんも来るんですか」
「もちろんです。皆様にもしものことがあっては大変ですから。それに、私自身、加速器や皆さまの研究に興味がありますからね」
 朝飛の質問に笑顔もなく答えるのだから、本音か建て前か判断が出来ない。が、それに押されないのが朝飛だ。
「なかなか見れるものではないですからね。俺も加速器そのものの見学は初めてですよ」
「おや、そうなんですか」
「ええ。毎年のように見学会が各地で開かれていますけど、加速器のような大きな実験施設は不便な場所にありますからね。高校生ではなかなか行けないんですよ」
「なるほど。倫明さんからいくらか説明は受けましたが、やはり珍しいものなんですね。それと、物理学に関しては理論と実験は随分と様子が違うそうですね」
「そうですね。そういうことも、今回の研究で感じ取れるはずです。吉本さんを中心としたグループが実験で、他は理論ですからね。考え方も大きく違うはずですよ」
「解りました。しっかり見聞させていただきます」
 堅苦しいやり取りだったが、日向がこのプロジェクトを根っから嫌っている様子は感じ取れなかった。そう言えば、日向は今回の研究に関して独自に勉強をしていたというし、もともと好きなのかもしれない。
 そうしているうちに招待者全員が玄関前に集合し、それぞれにヘルメットが配られた。
「そういえば、聡明さん達は来ないんですか」
「ええ。二階で会議の最中です。台風によって三日は動けそうにないですから、今からその分の打ち合わせを行うということです」
「へえ。大変ですね」
 朝食から一度も姿を見ていない聡明たちは、なんと会議の最中だという。食事は招待者たちが食べ終えた後、藤本が適当に弁当に詰めて持っていたというから驚きだ。
「佐久間ホールディングスは、まだまだ成長しようとしている会社ですからね。そこの次期社長になる佐久間聡明は大変ですよ。まだ若いですが、期待を一身に背負っています」
 日向はそこまで朝飛とお喋りをし、加速器までの道に問題がないか見てくると走って行ってしまった。
「いやあ、凄いね」
「まったくね。あれだけあれこれしなきゃならないって、一流企業に勤めるって凄いことなんだなあ。将来は研究者って考えていたから、勤め人って大変なんだって改めて思っちゃう」
 日向に代わって朝飛の横に来た美樹が、将来は絶対に研究者になるんだと決意を新たにしている。確かにあれだけの仕事を代わりにやれと言われたら、尻込みしてしまう。
「そんなことはないでしょ。君ならさらっとやれるよ。小宮山君って、何かと自信がないよね」
「そうかな?」
「うん。昔、なんかあったの?」
「そうだねえ。それなりに」
 そんな何でもない会話をだが、強風の中でしているものだから大声だ。それでも、風の音に消されそうになっている。
「足元に注意して進んでください」
 案内をするために先頭を歩く倫明の注意が飛ぶ。舗装されているものの、すでに木の葉や小枝が散らばった道路は油断すると転びそうだ。
「パーカーを着てこればよかったかな」
「小枝が当たったら危なそうですもんね」
 真衣と織佳がそんなことを言いつつ歩いている。すぐ傍を木の葉が舞って行くのを見ると、そういう心配も出て来て当然だった。まだ台風の本体は離れた場所にあるはずなのに、この状況だ。これは明日明後日は宿泊棟に籠りきりになりそうだ。
「おっ、これが研究棟か」
 歩いてすぐ、宿泊棟からも見えている研究棟が横手に見えてきた。その建物は宿泊棟よりも一層大学の校舎に見える造りで、本格的な研究のスタートを待ちわびているかのようだった。
「良さそうね」
「ああ。今日は寄れるか微妙だけど」
 美樹が期待を込めて言うので、朝飛も同意する。さすがは繁明の肝煎りだ。どこもかしこも隙がなく研究者のためを思ったものだ。これは加速器も期待できる。
「ちょっと登ります」
「はい」
 先頭の倫明が、坂道を少し歩くよと後方に注意する。大声で叫んでいて、非常に大変そうだ。前方を見ると、確かにちょっとした山登りのようになっている。
「あまり列が長くならないようにしないとな。おおい、石井さんと今津君。もう少し早く歩いて」
「はい」
「ごめんごめん」
 列が長いと風で指示が届かない。それに気づいた朝飛は、後方でまだ台風を楽しんでいる直太朗と、ゆっくり歩いている健輔に注意をした。
 直太朗は十年以上も前に流行った、風を受けて歌う男性歌手の真似をしているのだからお調子者だ。とはいえ、他もあまりの風に集中できていない、浮足立っているのがよく解る。それは朝飛も同じだ。どうしてもそわそわとしてしまう。
「困ったもんだな」
「ええ。でも、はしゃぎたい気持ちも解る。こんな大型の台風の前に出歩くってほとんどないし」
「まあねえ」
 自覚があるだけに朝飛は苦笑してしまう。すると追い付いてきた健輔と直太朗が、凄い風だと苦笑した。
「チョイスが古くない? あれが流行ったのって、私が生まれる前ですよ」
「だな。でも、台風が来た時の定番でしょ。あの衣装で風を浴びる映像って、しょっちゅう見てるし」
「変な定番だなあ」
 美樹と直太朗があの歌手の話題で盛り上がるので、朝飛はそういうものかと呆れてしまう。そうしている間にも、坂道をずんずんと登っていた。
「あとどれくらいだろう」
 意外と離れているんだと、美樹がにやにやしながら朝飛を見てくる。普段、椅子に座ったら何時間も動かない朝飛のことだから、へばってくるだろというわけだ。
「まだ大丈夫だよ。それに、加速器があるのは地下だからなあ。上はどうなっているんだろう」
 目指しているのは付属する建物だ。そこから加速器の内部に下りれるし、コントロールする部屋もある。が、木々が邪魔してなかなか見えない。
「あ、あれだ」
「平屋か。そりゃあ見えないわけだ」
 坂を十五分ほど登ると、急に視界が開け、そしてついに目的の建物が見えてきた。それは想像していた研究棟のような建物ではなく、平面に広い建物だった。まるで宇宙船が不時着したかのような、メタリックな建物が広がっている。それは加速器の蓋のように建てられていた。
「なるほど。昨日も船からこちら側に建物が見えなかったはずだ」
 朝飛は思わず感心してしまう。おそらく、外部からここに何かあるのを知られたくないのだろう。思えば個人が加速器を建造するなんて前代未聞であるし、様々な制約を掻い潜らなければならない。その辺りの事情が、外からは簡単に窺い知ることの出来ない平屋を採用することになったのではないか。
「それもありますが、ここは台風の通り道ですからね。高い建物を建てるのは危険なんです。研究棟や宿泊棟のある場所は下が岩盤ですし、この山が風除けにもなるので五階くらいは建てられますけど」
 そう答えたのは、安全確認を終えた日向だ。手にはいつの間にかゴミ袋があって、道路に散らばっていた小枝や葉っぱ、他にも空き缶やコンビニの袋が入っている。
「ゴミってどこからかやって来るんですよね」
「ええ。近くの小笠原から流れてきたのか、船から零れ落ちたのか、それともどこかの浜辺から流れてきたのか。港にもよくゴミが流れついています」
 日向はそう言って顔を顰めたが、これはどこの海岸でも問題になっていることだ。昨今話題になっているマイクロプラスチックも、こういうゴミから生まれている。
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