椎名千春の災難~人工知能は悪意を生む!?~

渋川宙

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第41話 案外、純愛だったのかもしれない

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「どうして安西付きになったんだ。内科医ならばともかく、外科医がなるには不自然な転職先だな」
「さあ。本人はゆっくりしたいからとしか言わなかったようだな。ちょいと調べてみたらしいが、トラブルはなかったという。激務に疲れたんだろうというのが周囲の見解だな。手術続きで、家にもろくに帰れていなかったらしい」
 将平はどこもブラックだよなと笑う。警察も、こうして事件が起これば泊りは当たり前だ。どこからが残業なのか全く以て解らない。普段も定時で上がれるわけではないから、刑事もまた激務だ。
「安西に恋したのかもね」
「ほう。コンピュータオタクの発言とは思えないな。が、当たらずとも遠からずだろう。実際にそういう関係であることを公にしていたんだ。互いに独身だから隠すこともないしな。年の差はあるものの、案外、純愛だったのかもしれない」
「なるほどね。だから二人は一緒に殺されたんだろうか」
「えっ」
「べったりだったんじゃないの。その時」
「下世話だな」
 英士の意地悪そうな笑みに苦笑したものの、将平もそうだろうと思っている。殺害された時間は解らないものの、同時の殺されたと考えるのが妥当だ。二人の関係性から考えても、不自然ではない。しかし、なぜか美紅の死体は謎の屋根下のスペースに隠されていた。
「しかし、二人の仲が公然だったとすると、ばらばらに発見されることにメリットはないということになるか。別に同時であっても何の不都合もないということになる。どうしてばらばらだったかという理由には答えられないんだよな」
「ああ」
 二人が一緒に殺されたというのはいい。しかし、その発見をずらす意味が解らなくなってしまう。そこに犯人の意図でもあるのだろうか。まだ詳しい事情を知らない英士たちには、そこを検証することが出来ない。
「まあ、死体がそこにあったという証拠が出れば、こっちのもんだろうな。千春に調べさせるか」
「そうだな。天井の空間があるかどうか。それだけでもすぐに調べられるだろう。定期的に連絡を入れておけば、向こうの状況も把握できるだろうし何より抑止力になるからな」
 英士の提案に、将平はそんな理由も追加して千春に連絡を入れるのだった。



「なるほど。この上に空間があるのか」
 将平の電話を受け、千春は思わず天井を見上げていた。それに釣られるように、リビングにいた面々も天井を見上げてしまう。
「この上って」
 先ほどまでババ抜きをしていたトランプでタワーを作っていた大地が、きょとんとした顔をする。どう見ても普通の天井だ。そこから下がる照明も至って普通である。
「どういうことですか」
 友也がすぐに食いついた。ワインを傾けながら、興味深いと目を鋭くする。
「ええ。どうやらこの天井、実は上に一メートルほどの余分があるそうなんです」
「ほう」
 それはまた変わっていると、友也も天井を再び見上げていた。そしてじっと目を凝らす。だが、そこからは何も読み取れないのか、すぐに視線を戻した。
「実際にどういうものなのか、調べられるようならば調べてほしいということですが」
 まさかこちらがリラックスしているとは思っていないのだろうなと、千春は時計を確認して思った。将平は平然と電話を掛けてきたが、今は午前二時。普通ならば誰もが眠っている時間だ。もちろん、殺人犯がいるかもしれない状況で眠ることはないが、調べるには適していない時間である。
「いいんじゃないですか。このまま座っていても仕方ないですからね」
 互いにパニックにならないためには、下手な犯人探しをしない方がいい。しかし、決定的な証拠がある場合は別だというのが忠文の考えのようだ。
「ちなみにですが、田辺さんと石田さんは、天井に関して何か安西先生から何か聞かれたことはありますか?」
 探す前にまず情報をと、千春が二人に質問する。住人が気づいていたのか、それもポイントだ。
「え、ええ。天井と屋根の隙間に空間があるという話は聞いたことがあります。しかし一メートルもあるものだとは思ってもいませんでした」
「私もです。ネズミの対策を取る際に天井を確認したいと申し出た時、あそこは空間が広いからいいと言われましたが」
 田辺と石田から、それぞれ空間があることは知っていたと頷いた。しかし、どれくらいの規模なのか、そこまでは伝えられなかったという。
「つまり、一メートルもあるかどうかはともかくとして、この天井にそれなりの空間があるのは間違いないということですね」
「ええ」
 その確認ができれば大丈夫だ。ドアの仕掛けの一部が天井に隠されている可能性がある。地下水を利用していることは解っているが、ドアのロックを掛けるほどの水圧がどこに掛かっているのか、それは解っていなかった。
「それで、どこからか天井の空間を確認できるところはありますか?」
「どうでしょう。一度も確認したことはありませんし」
「ですよね」
 今の話からしても、二人は空間があるという事実しか伝えられていない。石田が施そうとしたネズミ対策さえ断られたほどだ。何か天井にあるのか。そう思わせるだけの要素はある。
「ともかく探してみましょうか。天井に通じる場所が必ずあるはずです」
 悩む千春に、そう友也が提案する。それだけの空間があって、使えないようになっているはずがないと考えてのことだ。
「そうですね。取り敢えずダイニングにはないみたいですから他ですね」
「ええ。それに普段は使用しない場所にあるのではないかな」
「ああ。空間自体をそれほど利用しないからですか。収納スペースみたいなものだと」
「そういうことです」
 そう言われて思いついたのが、あの傘立てのあったスペースだった。あそこそのものが物置きだったのだから、普段から頻繁に利用されていない。打って付けの場所だ。
「では、最初はそこから行きましょうか」
 こうして捜索の場所が決定し、揃ってダイニングを出た。相変わらず廊下には雨の匂いと血の臭いが混ざっていて、不気味な印象を作り上げていた。まだ雨は止まないようだ。
「嫌ですねえ」
 大地がそう言って肩を竦めると、さりげなく千春の後ろに付く。少しでも安心感を得ようとしているらしい。尤も、千春は自分に安心感があるとは思えないが、大地と友也の二人から裏表がないと言われては、毒気がないことだけは確かだろうと思う。
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