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第24話 奇妙な死体

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「どうしましょう。こちらもこのまま置いておくしかないでしょうか」
 石田が困惑した顔で二人に訊いた。忠文はすでに現場の写真を撮っている。先ほど現場保存に関して警察に言われていたことから、記録の続きに残しておこうと行動していたのだ。
「そうですね。他に移動させる場所がありません。ただ、水につけっぱなしにしておくのはどうか、ですね」
「先ほどの刑事の友人に訊ねてみては」
「そうします」
 友也に言われ、千春は将平に連絡を入れる。将平はまだスマホを握ったままだったのかと聞きたくなる速さで電話に出た。そこですぐ、美紅が死体で見つかったことを報告する。
「何だと。行方不明になっていた奴が死体で発見されただと。どういうことだ?」
 すると、将平が怒鳴るように言ってきた。こちらに怒鳴られても困ると苦情を言いたいところだが、友也の手前それは飲み込んだ。
「どういうことかと言われてもね。行方不明だった人が、浴室で死体となって発見されたんだ。もちろん、午前中に隈なく建物の中は探している。だから午前中、浴室に死体なんてなかったんだ。それなのに夕方になって唐突に現れた。それも腹を裂かれてね」
「何だと。そりゃあ、奇妙だな。アリバイのない奴はいないのか?」
「どうだろうな。大体の時間は固まって行動している。トイレに行ったり、食事の用意をしたりってことで離れることはあったが、死体を細工するほどの時間はなかったはずだ」
 しかしどれも僅かな時間だ。とてもこんな手の込んだ殺人が犯せるとは思えない。そもそも、この死体は何時からここにあったのか。美紅がいないとなった時、確かに隈なく探したはずだ。それは庭の確認を終えた後にやっている。
「厄介だな。そっちは混乱はしていないんだな」
「ああ。今のところは大丈夫だ」
「何にせよ、雨が止まないことにはな」
「それは解っている。問題は死体が水の張った浴槽の中にあるってことなんだよ。このままだと死体はふやける一方だろ。腐敗の心配もある」
「ああ、そうだな。出来れば引き上げておいてもらうと助かるが、無理はしない方がいい。特に内臓が出ているとなるとな。そうだ、水を抜くことは可能か」
「聞いてみよう」
 千春が頷くと、すぐに友也が石田に確認をした。すると、抜くことは可能だという。
「じゃあ現場の写真だけ撮って、それから水を抜いておいてくれ。本部には俺から伝えておく」
「解った」
「すぐにそっちに警察から連絡が入ると思うから、その時に詳しく話してくれ」
「了解」
 将平の的確な指示のおかげで、陰惨な死体を前に困惑気味だった人々が動き始める。忠文は引き続き、写真を撮って記録を残してくれる。さすがに知り合いの、しかも女性とあって、何度か顔を背けていたが詳細に撮ってくれた。
「排水する際に、余計なものが流れないようにしないとな」
「そうですね。何かネットでもあれば」
 忠文の言葉に、石田が何かないかと脱衣所の棚を探った。そして小さなネットを探し出し、それを排水溝に厳重に何重にも取り付けた。
「それと、シーツがあるといいですね」
「そうですね。せめて目隠しに」
 千春の言葉に、取って来ると大地が手を挙げた。千春たちの部屋は桃花が使っているから、自分の分を持って来るという。
「すまない」
「いえ」
 忠文の言葉に、大地は頷くと走って行った。その間、千春と友也は水が抜けた浴槽に横たわる死体を見ていた。血がほとんど抜けてしまったためか、その死体は真っ白に見えた。腹から覗く内臓もどこか白く見えてしまう。
「どうして、安西先生と遠藤先生が殺されたんだろう」
「さあ。安西先生が殺された時に一緒にいたとか」
「だとしたら、どうしてバラバラに発見されたんだ」
「ううん」
 千春と友也は首を捻った。しかし忠文だけは違った。死体を隠すことが出来る奴がいるという。
「えっ」
「そう言えば、緒方先生は当初から、このパーティーを疑っている様子でしたね」
 昨日のアトリエでのことを思い出し、千春はそう確認する。
「ああ。たしかに先生はよくパーティーを披く人だったよ。しかしね。自分のことを祝うために披くというのは、ほぼなかったんだ。大体はそうだな。興味のある人を招いての懇親会くらいなものだった。それなのに、今回は自分の画家人生六十周年を祝うという。ちょっと引っ掛かってね」
「というと」
「先生は終活をしようとしていたんだよ。私のところに相談があったから、これははっきりしている。そこでこのパーティーだ。となれば遺産絡みの何かの発表があると、私は最初から考えていた」
「なるほど。つまり」
「そのせいで、安西先生と彼女は殺されたのでないか。そう思ったんだよ。実際、金の動きに不審な点があったからね。どうやらつまみ食いをしている奴がいる。その候補が」
 そこで忠文は言葉を切った。見ると、まだ青い顔をした田辺が大地と一緒に戻って来るところだった。
「皆さま、お手伝いできずに申し訳ありません」
「いえいえ。それよりも大丈夫ですか。田辺さんに何かあると、我々もどうしていいのか、解りませんからね」
 忠文はにこりと笑ってそう答える。が、田辺がやって来たタイミングで言葉を切ったことから、彼を疑っているのは間違いないだろう。だから、千春と友也は思わず顔を見合わせていた。
「シーツを被せて、一先ずダイニングに戻りましょうか。田辺さん、すみませんが全員分のコーヒーを淹れてもらえますか」
「は、はい」
 田辺はすぐに戻って行った。残ったメンバーも、美紅の死体にシーツを掛けると早々にその場から退散した。
「しかし、どうして殺人なんて」
 廊下に出たところで大地がぽつりと呟いた声が、やけに大きく耳に残っていた。
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