椎名千春の災難~人工知能は悪意を生む!?~

渋川宙

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第13話 気を付けろ

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「安西は定期的にパーティーを披いているが、今回は異質だ。気を付けた方がいい」
「緒方さん」
「あの子を守りたいんだったら、尚更だ。あの子は安西のものだからな。気を付けろよ」
 そこまで言うと忠文は離れ、また酔ったように笑う。なるほど、これは演技なのだ。この人、どれだけ飲んでも酔わないタイプに違いない。
「先生がまだ独身とは意外でしたよ」
「え、ええ」
 その酔った演技に付き合えと、忠文が大きな声で言った。先ほどのヒソヒソ話は、こういう話題をしていたんだよと、わざと周囲にアピールしているのだ。
 だから千春もぎこちなくだが頷く。実際、独身だ。その話はしていないが、弁護士ならではの何かで見抜いたのだろう。もしくは指輪をしていないことで断定したか。
「早く嫁さんを貰わないと。といっても、俺はバツイチですけどね。弁護士だというのに情けない。妻の心は読めませんでした。そう言えば先生は、心の研究をされているとか」
 そして不自然ではない形で、話題を研究へと方向転換する。いやはや、弁護士とは凄い職業だなと、千春は完全に酔いが醒めていた。
「心の研究というと、語弊がありますね。俺は別に、心理学を人工知能で実現したいわけではないので」
「ほう。つまり、誰かの心を読むわけではない」
「読むというのは、ええ、違いますね。人の行動を決定するものを研究している、というのが正しいと思います。たとえば、何故人間はお酒を飲むと楽しくなるのか」
「ははっ。たしかに謎ですね。身体に悪いものだと解っているのに、こうやって飲んで騒ぐ。人間関係を円滑にするには必要と言い切る輩もいる。何とも不思議なものです」
 にこにこと笑って忠文は応じた。まるで先ほどの警告を忘れたかのように。しかしそのギャップが、本気で疑っているのだということを千春に感じさせた。この人は、一体何をもってそれほど警戒しているのだろうか。
 たしかにこのパーティーは唐突だった。招待された千春は、安西のことをまるで知らない。しかし、忠文は安西と付き合いがあるのだ。いつものようにここを訪れたはずだ。それなのに、おかしいという。
「ご歓談中に失礼いたします」
 そこに執事の田辺がやって来て会話を止めた。何事かと全員が田辺を注目する。安西はというと、腕時計を確認していた。そして頷いている。
「この建物と皆さまがお泊りになる建物との間、渡り廊下でございますが、構造上通行できる時間に限りがございます。特に夜間は、午前零時から五時まで通行できません。昼間も何度か通行止めになる時間がございますが、それは明日、改めてお知らせします。もうすぐ二十三時となりますので、一先ず、リビングへと移動をお願いします。温かい飲み物とお菓子を用意しておりますので、引き続き、そちらでご歓談ください」
 田辺はそうアナウンスし、安西にこれでいいかと僅かに視線を向けて確認を取った。
「渡り廊下が使えないからといって庭に出ないようにお願いしますよ。野生動物がよく出て危険なんです」
 安西はそう付け足して笑った。さすがは山の中だ。野生動物も出るだろう。夜に出るということは、夜行性の動物らしい。
「どういう動物なんですか」
 何にでも興味を持つ大地が、赤い顔で訊いた。手に持つグラスには、まだ並々と赤ワインが入っている。
「ちゃんと確認したわけではございませんが、イノシシに狸は確実にやって来ています。残飯が狙いのようですね。他にも数種類いるようです」
「へえ。それは豊富だ。ということは、ハクビシンとかアライグマとか、外来生物も出るんだろうな。なるほど」
 田辺の答えに、庭からも見えるかなと大地は面白がる。しかし、同室である忠文は顔を顰めた。
「獰猛だからな。あまり刺激しない方がいい」
「おや。緒方先生は動物が苦手なんですか」
「いや。しかし手を噛まれた経験はある。見た目は可愛いからと何も考えずに手を出した自分が悪いんだが、油断するとすぐにがぷっと噛まれるぞ」
「なるほど。じゃあ、窓は開けないようにしますよ」
 ほらっと指を見せる忠文に、大地は写真を撮るだけにしますと殊勝だ。たしかに忠文の指には縫合した跡があった。警告としては十分だろう。もっとも、酔ったうえでの約束だから、忘れるかもしれない。
「では、移動をお願いします。私はここで失礼しますよ。寝所もここにありますから。それに年寄りですので、そろそろ休みませんと明日に堪えますので。皆さま、本日は私の我儘のためにお集まりいただき、誠にありがとうございました。この後もどうぞ、お楽しみください」
 安西はそう言い、参加者一同に向かって礼をした。それに桃花と美紅も倣う。この二人も、こちら側に私室があるため残るのだ。客たちはそれに拍手で応えて一日目はお開きとなった。
「では、行きましょうか。椎名先生は野生動物って興味ありますか。うちの地元だとリスが出ますよ。一瞬野良猫かと思うほど大きいんです」
「へえ。リスが出るって、一体どこの出身なんですか」
「鎌倉ですよ。それで、野生動物には興味ありますか」
「いいえ。出来れば会いたくないですね」
 友也は動物が好きなようだが千春は嫌だと首を横に振る。実は動物が苦手なのだ。人間でさえ日々手を焼いているというのに、ましては動物なんてという気持ちだ。
「動物は出ないに越したことがないですけどね。でも、通れなくなるってのは困らないのかな。例えば安西先生が夜中に何か食べたいとか飲みたいとかなっても、通行止めなわけでしょ」
 千春は不便さが気になると言うと、確かにねと友也も同意した。
「確かにそうですよね。いくら野生動物が出るとはいえ、廊下が使えないのは不便ですよね。夜中にこっち側に用事が出来たらどうするつもりなんでしょう。例えば夜食を食べたくなった時、台所があるこっち側に来れないんですよね」
「そうですね」
「ああいう画家だったら、今日はパーティーだし疲れもあるから早く寝るんでしょうけど、徹夜することだって多いでしょうね。となると、小腹は空くと思いますよ。予め作っておいてもらうんですかね。田辺さんだったらそつなく用意してくれそうだ。意外と行き来出来なくても問題ないってことでしょうか。でも、他にも通れなくなるって言ってましたね。意外と不便な渡り廊下だ」
 友也がそう言う頃、千春たちは渡り廊下を歩いていた。単なる廊下の延長。ここだけが完全に建物に属さず、両側が外だということを除けば普通の廊下。ここが、夜中だけでなく昼間も何故か通れない理由があるという。
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