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第5話 招待客の四人
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それにしても自分が一番乗りだったとは。
乗り気ではないパーティーとあってかなりゆっくりと出たはずだが、タクシーの運転手が飛ばしたことが影響したのだろうか。早く都心に戻らないと客を拾えないから、かなりのスピードを出していたように思う。
そんなことをつらつらと考えていると、他の客がやって来た。一覧表はすでに暗記してある。自分とさほど変わらない年齢の見た目から、入って来たのは建築家の安達友也だと解った。
「初めまして、椎名先生ですね」
その安達は社交的な性格であるらしく、すぐに千春の横にやって来て握手を求めた。千春は頑張って笑顔を作ると、握手を返す。
「どうも。建築家の安達先生ですね」
「ええ。まだ先生なんて呼ばれるほどの作品は作れていませんけど」
友也はそう謙虚に言う。実際は数多くの作品を生み出し、それなりの評価を得ているはずだ。
さすが社交的と、千春は笑顔をキープするのに手一杯だ。そんな友也は千春と同い年、身長も同じくらいと高い。何とも劣等感を覚える相手である。
「おや。お早いですね」
そこに三人目の客がやって来た。弁護士の緒方忠文だ。忠文は五十前だというのに、精悍な顔立ちと肉体を持つ人物だった。要するに体育会系という感じ。スーツを着ていても胸板の厚さを隠し切れていない。これまた千春の苦手なタイプだった。
「緒方先生ですね。初めまして」
そして、すぐに挨拶をする友也が忠文に近づいて行った。そうなると、千春も従うしかない。というより、友也のついでに挨拶してしまうのが手っ取り早かった。そこで三人揃って名刺交換となった。千春は念のために持って来ていた、大学ではほぼ使わない名刺を二人に渡しておく。
「今回は初めましての方ばかりですね。私は安西先生とは何度かお会いしていますが、お二人は」
忠文が年上らしく、話を進めてくれる。応接セットの向かいに座ると、二人に話を振った。
「僕はないです」
千春は即、そう答えておいた。ぼろが出ないように必死だ。肩書は准教授でも、中身は子どもと変わらないというのが周囲の評価であり、もちろん自覚していた。こういう大人の立場が要求される場面では、いつも必死である。
「私もないですね。どうして呼ばれたのか、さっぱりですよ」
この建物には興味がありますけどと、友也は快活に笑った。建築家らしい意見だ。
「このお宅って変わっていますよね。二つの建物を無理やりくっ付けたみたいで」
「ええ。渡り廊下を挟んで同じような建物が二つ。目的別に建てたということでしょうが、どうして似たような見た目なのか。もっと形を変えてもよさそうなのに。これは中はどういう造りになっているのか、ぜひ拝見したいものです」
千春の感想に、友也は気になりますよねと同意してくれた。こういう時、社交的な人が傍にいると便利だ。ちょっとした言葉も話題を広げてくれる。
「中もちょっと変わっていますよ。廊下が多いって印象ですね。まあ、基本的には日本家屋って感じですけどね。こちらの応接室がある建物が普段使う空間、奥側が先生のアトリエとプライベート空間があるんです」
何度か会っているという忠文は、もちろんここにも来たことがあった。そこで簡単に説明してくれる。
「ほう。やはりそういう分け方ですか。しかし先生は独身では。どうして分ける必要があったんでしょう」
「ああ。内弟子さんがいたり、世話をしてくれる人がいますからね。それに今日のようなパーティーも定期的に開かれているんですよ。画家は籠りがちだからと、こちら側の建物は社交の場としても使っているんです。そのために、アトリエは別にする必要があったんでしょうね」
友也の突っ込んだ質問に忠文は笑顔で詳しく教えてくれた。なるほど、それならば理解できる。来客をアトリエまで入れないための造りというわけだ。
そんな話をしていると、応接室のドアが開いた。最後の一人、小説家の今村大地が到着したのだ。大地は二十二歳という年齢どおりの若々しい格好をしていた。
「すんごい山奥ですね。びっくりしました。スマホが使えないかと一瞬焦っちゃいましたよ」
そして彼は開口一番そんな感想を漏らした。
あっ、同類だと千春は直感し、常識人であろう忠文はあんぐり口を開けている。友也といえば苦笑していた。
「たしかに。山奥と表現されても仕方ないですね。道は一本道だし、周辺は木々に囲まれて民家もないし」
「でしょ。住所は東京だからって舐めてました。あっ、自己紹介がまだでしたね。一応小説家をやってます、今村です。よろしくどうぞ」
友也が同意を示すと、ようやく大地がそう自己紹介した。若くして小説家の彼は、見た目だけでなく中身も今時の若者という感じの人物だった。自己紹介されなければ、もしくは事前情報がなければ、絶対に小説家と信じられないタイプだろう。そこで再び自己紹介が行われ、これで客の四人が揃ったことになる。
「あれですよね。椎名先生って確か、変態的な人工知能を作っている」
「違いますよ。純粋に正しい人工知能ですから」
そんな定義はないけどと、のっけからとんでもないことを言う大地に、千春は顔に笑顔を張り付けて、そう訂正しておいた。一体、世間一般にはどう伝聞されているのか。変人はともかく変態はおかしいだろと、千春は心底嫌になる。ちなみに純粋に正しいというのも、人工知能に対して変な表現ではある。
「心を理解する人工知能、ですよね」
そんな会話に、友也が割って入って来た。しかもこちらは正しく理解しているらしい。意外な気もしたが、建築家は同じ工学系。人工知能に対してある程度の正しい知識を持っていても不思議ではなかった。
乗り気ではないパーティーとあってかなりゆっくりと出たはずだが、タクシーの運転手が飛ばしたことが影響したのだろうか。早く都心に戻らないと客を拾えないから、かなりのスピードを出していたように思う。
そんなことをつらつらと考えていると、他の客がやって来た。一覧表はすでに暗記してある。自分とさほど変わらない年齢の見た目から、入って来たのは建築家の安達友也だと解った。
「初めまして、椎名先生ですね」
その安達は社交的な性格であるらしく、すぐに千春の横にやって来て握手を求めた。千春は頑張って笑顔を作ると、握手を返す。
「どうも。建築家の安達先生ですね」
「ええ。まだ先生なんて呼ばれるほどの作品は作れていませんけど」
友也はそう謙虚に言う。実際は数多くの作品を生み出し、それなりの評価を得ているはずだ。
さすが社交的と、千春は笑顔をキープするのに手一杯だ。そんな友也は千春と同い年、身長も同じくらいと高い。何とも劣等感を覚える相手である。
「おや。お早いですね」
そこに三人目の客がやって来た。弁護士の緒方忠文だ。忠文は五十前だというのに、精悍な顔立ちと肉体を持つ人物だった。要するに体育会系という感じ。スーツを着ていても胸板の厚さを隠し切れていない。これまた千春の苦手なタイプだった。
「緒方先生ですね。初めまして」
そして、すぐに挨拶をする友也が忠文に近づいて行った。そうなると、千春も従うしかない。というより、友也のついでに挨拶してしまうのが手っ取り早かった。そこで三人揃って名刺交換となった。千春は念のために持って来ていた、大学ではほぼ使わない名刺を二人に渡しておく。
「今回は初めましての方ばかりですね。私は安西先生とは何度かお会いしていますが、お二人は」
忠文が年上らしく、話を進めてくれる。応接セットの向かいに座ると、二人に話を振った。
「僕はないです」
千春は即、そう答えておいた。ぼろが出ないように必死だ。肩書は准教授でも、中身は子どもと変わらないというのが周囲の評価であり、もちろん自覚していた。こういう大人の立場が要求される場面では、いつも必死である。
「私もないですね。どうして呼ばれたのか、さっぱりですよ」
この建物には興味がありますけどと、友也は快活に笑った。建築家らしい意見だ。
「このお宅って変わっていますよね。二つの建物を無理やりくっ付けたみたいで」
「ええ。渡り廊下を挟んで同じような建物が二つ。目的別に建てたということでしょうが、どうして似たような見た目なのか。もっと形を変えてもよさそうなのに。これは中はどういう造りになっているのか、ぜひ拝見したいものです」
千春の感想に、友也は気になりますよねと同意してくれた。こういう時、社交的な人が傍にいると便利だ。ちょっとした言葉も話題を広げてくれる。
「中もちょっと変わっていますよ。廊下が多いって印象ですね。まあ、基本的には日本家屋って感じですけどね。こちらの応接室がある建物が普段使う空間、奥側が先生のアトリエとプライベート空間があるんです」
何度か会っているという忠文は、もちろんここにも来たことがあった。そこで簡単に説明してくれる。
「ほう。やはりそういう分け方ですか。しかし先生は独身では。どうして分ける必要があったんでしょう」
「ああ。内弟子さんがいたり、世話をしてくれる人がいますからね。それに今日のようなパーティーも定期的に開かれているんですよ。画家は籠りがちだからと、こちら側の建物は社交の場としても使っているんです。そのために、アトリエは別にする必要があったんでしょうね」
友也の突っ込んだ質問に忠文は笑顔で詳しく教えてくれた。なるほど、それならば理解できる。来客をアトリエまで入れないための造りというわけだ。
そんな話をしていると、応接室のドアが開いた。最後の一人、小説家の今村大地が到着したのだ。大地は二十二歳という年齢どおりの若々しい格好をしていた。
「すんごい山奥ですね。びっくりしました。スマホが使えないかと一瞬焦っちゃいましたよ」
そして彼は開口一番そんな感想を漏らした。
あっ、同類だと千春は直感し、常識人であろう忠文はあんぐり口を開けている。友也といえば苦笑していた。
「たしかに。山奥と表現されても仕方ないですね。道は一本道だし、周辺は木々に囲まれて民家もないし」
「でしょ。住所は東京だからって舐めてました。あっ、自己紹介がまだでしたね。一応小説家をやってます、今村です。よろしくどうぞ」
友也が同意を示すと、ようやく大地がそう自己紹介した。若くして小説家の彼は、見た目だけでなく中身も今時の若者という感じの人物だった。自己紹介されなければ、もしくは事前情報がなければ、絶対に小説家と信じられないタイプだろう。そこで再び自己紹介が行われ、これで客の四人が揃ったことになる。
「あれですよね。椎名先生って確か、変態的な人工知能を作っている」
「違いますよ。純粋に正しい人工知能ですから」
そんな定義はないけどと、のっけからとんでもないことを言う大地に、千春は顔に笑顔を張り付けて、そう訂正しておいた。一体、世間一般にはどう伝聞されているのか。変人はともかく変態はおかしいだろと、千春は心底嫌になる。ちなみに純粋に正しいというのも、人工知能に対して変な表現ではある。
「心を理解する人工知能、ですよね」
そんな会話に、友也が割って入って来た。しかもこちらは正しく理解しているらしい。意外な気もしたが、建築家は同じ工学系。人工知能に対してある程度の正しい知識を持っていても不思議ではなかった。
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