半妖姫は冥界の玉座に招かれる

渋川宙

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第67話 修行開始!

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 どれだけ覚悟が定まっても、王になるのはやっぱり簡単じゃなかった。
「まず、即位式までに鬼の討伐をお願いします。すでに兵部省が鬼の居場所を特定し囲っておりますが、即位式を邪魔しようとするのは目に見えておりますからな。新たな王の力を示すためにも、ぜひに討伐隊の指揮をお願いします」
 そういうのは左大臣の天海。
「それと同時に、最初に小野殿とやろうとしていた全国行脚、これは必ず行ってください。ああ、大丈夫です。今度は冥界の護衛付き、先触れも出しますから、鈴音様が襲われることはありません」
 というのは右大臣の北条政子。
「と、それらの前に鈴音には九尾狐への変化と解除を自力で出来るように妖力の安定の修行を受けてもらわないとね。大丈夫大丈夫、あれだけの力があれば一週間も掛からないって」
 これは陰陽頭の晴明の言葉。
「同時に管理台帳を作りますので、全国行脚には私も同行します」
 こちらは中務卿の菅原道真。
「やはり政権交代を機にしっかりとした政治機構を整えたいところです。鈴音様、ご協力を」
 こう言ったのは民部省の長官、隠神刑部いぬがみぎょうぶという化け狸のボスを務める狸だった。もちろん、この時は人間姿に化けていたが、ふっくらした体型は狸そのものだ。
 その後も次々と鈴音の前にお偉いさんが現われて、こうしたいああしたい、即位式までにはこれをしてくれと申し立てて去って行った。
「つ、疲れた」
 おかげでそれが終わった三時間後には、早くもぐったりしていた。清涼殿の、今後はずっとここで政務を執っていく場所で、もう無理と寝転んでしまう。
「まあ、いきなりあれこれ動き出したからな。疲れもするだろう。それに、俺には言いにくかったことも鈴音には言えるということが解ったし」
 しかし、ずっと横にいた健星は未だびしっとしていて、しかも申し立ての内容を書類に纏めている。慣れているとはいえ、これには凄いと鈴音は感心してしまった。おかげで急いで身を起こす。
「やっぱり健星がいないとこの冥界って回らないんだ」
「そうだよ。知ってる」
「ですよね」
 そうじゃなきゃ、あんな術を使ってまで冥界にずっと生まれ変わることも、王になろうと真っ先に立ち上がることもない。
 ううむ、健星の凄さがひしひしと実感出来る。第一印象が最悪だったから、ここまでどうも捻くれた嫌な奴というイメージが付き纏っていたが、それは努力を覆い隠すためのものだったらしい。
「そう言えば、現世でのお仕事はどうするの?」
 これから一層忙しくなったら、刑事なんてやっていられるのか。ふと疑問になって訊ねると
「お前が見つからなかったら王になっていたんだ。初めから選挙後に辞めるつもりだったよ。そもそも、現世での妖怪の動きを押えることが出来れば、刑事としての仕事は必要ないからな」
「ああ、そうか」
 そもそも刑事になったのも、その手前で東大を出たのも、総ては冥界のためだった。ああもう、どこまでも敵いそうにない。っていうか、なんでそこまで出来るんだろう。これが不思議だ。
 鈴音の覚悟なんて、健星の前じゃ米粒ほどしかないのか。
「私は」
「高校は卒業しろ。ついでに大学も行け」
「えっ?」
 王様になるのに? びっくりして健星をまじまじと見ていると
「何のために俺が宰相になると思っている。何事もしっかりした基礎がなければどうしようもない。しっかり勉学に励め。ああ、大学は法学部か総合政策に行けよ。あそこならば政治を学べる」
 やっぱり冥界が基準なのだった。



 将来の進路まで冥界基準で決定した翌日。
 健星の手によってばっちりスケジュールが組まれてしまった鈴音は、朝から夕方まではしっかり高校に行った後、晴明の待つ陰陽寮を訪れていた。九尾狐への変化を自分で制御し、必要に応じてその力を使えるように修行するためだ。
 動きやすい格好で来てほしいと言われていたので、冥界では初めて普段着でやって来た。しかしTシャツにジーンズ姿というのは、何もかも平安時代を基準として成り立っている冥界では浮く。道すがら妖怪たちが興味津々に鈴音のファッションを見ていたが、新しい王であることを知っているので、無礼にならない程度に見ていた。
「ううん。冥界のファッションて変わらないのかな。でも、健星って冥界でもスーツよね」
「あれは現世によく行くからですよ。他は皆、着物に慣れておりますからねえ」
 横を歩くユキは、ファッションまでは変化しないかと申し訳なさそうだ。ちなみにそのユキは今日も狩衣姿である。
「お待ちしておりました。妖力の使い方を学んでいきましょう」
 陰陽寮に入ると、早速晴明がやりますかと笑顔だ。その晴明は普段の狩衣姿ではなく神主のような格好だった。
「よろしくお願いします。でも、どうやってやるんですか?」
 そもそも修行と言われても具体的なイメージが全く出来ない。鈴音はこんな格好で出来るのかという点も謎だった。修行というと、白装束のイメージがあった。もしくは山伏みたいな格好。
「大丈夫です。力自体はすでに鈴音の身体に身についていますからね。それをどう出し入れするかという点だけです。その参考になるのはユキでしょう」
「へ?」
 いきなり指名されて、俺ですかとユキはびっくりしている。
「そう。ユキは狐にも人間にもスムーズに変化できる。その中間の姿も取れるでしょ」
「ああ、そういえば」
 戦っている時のユキの顔が半分だけ狐になっていたのを思い出し、なるほどと鈴音は納得。そして、その顔が封じられた記憶を呼び起こし、最初の変化を起こしたのだった。
「ええ。つまり発動のきっかけを覚えてしまえば簡単です。とはいえ、化け狐であるユキは生まれつき、自然とやっているでしょうから、その補助を俺がやるって感じですね。というわけでユキ、まずは狐に」
「は、はい」
 鈴音の修行の役に立てると知り、俄然やる気のユキはひょいっと狐姿になる。部屋に現われた時と同じ真っ白の狐だ。
「ああ、可愛い」
 あの姿がいいなあと鈴音はユキの頭を撫でつつ思ったが
「九尾狐は美しさですからねえ」
 と晴明にそれは無理と断言される。
「そうなんだ」
「さて、鈴音の番ですよ。狐の姿を思い浮かべて変化する。これをまず習得します。ユキの姿をよく見て、狐をイメージして」
「は、はい」
 言われて、鈴音はじっとユキを見つめる。ユキは照れくさいのか、ちょっと身体を捩ったが、我慢して鈴音の前でじっとしている。
「ううん」
 自分が狐かあ。微かに残る記憶を辿り、自分の顔が変化していく様子を思い浮かべる。
「そのまま、自分の身体が狐に変わっていくのをイメージして」
「――」
 いつの間にか集中していた鈴音は目を閉じていた。すると、身体中がざわざわとざわめくのを感じる。
「そのまま、変化すると念じて」
 晴明の声をガイドに、鈴音は狐に変わると念じた。すると、ぽんっという音がした。
「へっ」
「あっ、耳が変化しましたね」
 晴明はそう言うと、目を開けた鈴音の前に鏡を持ってきた。その鏡には、確かに獣耳になった自分が映っている。
「な、なんかアニメのキャラみたい」
「ああ、いいですね。そういういいイメージを大切にして、変化を習得していきましょう」
 最初にしては上出来ですよと、晴明は褒めてくれる。ううむ、この人、教えるのが上手だ。
「頑張ります」
「では、続けましょう」
「はい」
 鈴音は変化した自分の耳に触れて、本当に自分の身体に妖かしの血が流れているんだと、初めて実感していた。
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