上 下
64 / 72

第64話 鵺VS九尾狐

しおりを挟む
 グギャアアアア!
 そんな不気味な声が山の中にこだました。鵺が鳴いたのだ。
「凄い声」
「本来は声の妖怪だからな」
 健星、まだ諦めていないぞと、耳を塞ぐ鈴音に注意。とそこに
 ケーン。
 と狐たちが鳴く声がした。そしてすぐに晴明がそちらに向って矢を放つ。
「当たったぞ! 伏見の狐たちがこっちに追い込んでいる」
「了解」
 健星はすぐに鈴音から視線を横に向ける。が、ばさっと大きな影を動くのを捉えた。
「伏せろ!」
「えっ」
 どんっと、何かが当たった。鈴音は思い切りごろんっと地面に転がる。
「ぐっ」
 しかし、苦しそうな声が聞こえてはっと顔を上げる。すると、先ほど鈴音がいた場所に立っているのはユキ。そのユキの腕に、あの奇妙な化け物、猿の頭に狸と虎が混ざった身体の獣が食らいついている。
「あっ」
 ぼたぼたと血が地面に落ちる様子に視線が外せない。鈴音はぞくっと身体が震え、動けなくなる。
「鈴音様、お逃げください!」
 ユキは必死に腕に食らいつく鵺を押さえ込もうとする。しかし、大きさがそもそも違う。少年姿のユキでは押さえ込めず、振り回される。
「ぐあっ!?」
 牙がより腕に深く刺さり、ユキが大きく叫ぶ。それに鈴音は
「止めて!」
 と叫ぶと駆け出していた。
「馬鹿!」
「駄目だ!」
 晴明と健星がそれに続く。が、ぶわっと吹き上がった妖気に二人の足が止まった。
「ちっ、またか」
 健星は一度見ているので、晴明を止めた。下手をすれば巻き込まれる。
「これは」
 その晴明も、目の前で鈴音の姿が九尾狐に変化してくので驚いた。半妖とはいえ、ここまでしっかり妖怪の姿を取れる者はいないはずだ。
「さすがは王に推されるだけのことはある」
 巨大な九尾の姿に、晴明は思わず賞賛と畏怖の念を向けていた。半妖とは思えない、立派な九尾狐が目の前に現われる。妖力も桁違いだ。
 グギャアアアア!
 九尾狐の登場にさすがの鵺もビビったようだ。すぐにユキから牙を離し木の上へと逃げる。それを九尾狐はすぐに追い掛けた。さらに伏見の狐たちも続く。
「殺すな! 屈服させろ!!」
 あの状態の鈴音に言葉が通じるのか。解らないものの健星は叫ぶ。
 ケーン!
 すると、九尾狐が一声鳴いた。そして、がぷっと鵺の足に齧りつき、地面へと引きずり下ろす。のたうつ鵺の上に、九尾狐はどんっと座って動きを封じた。
「ああ、うん。まあ、それでもいいか」
 予想外の屈服のさせ方だが、鈴音らしくていいかと思った。健星は、うんうんと大きく頷く。
「鈴音」
 晴明が呪符を投げながら名前を呼ぶ。九尾狐が晴明を見た時、ぺたっと額に札が張り付いた。すると狐から鈴音へと姿が戻る。鈴音は鵺の上に寝転ぶことになったが、鵺は観念したのか、じっと身を動かさずにいる。
「着物を」
「は、はい」
 ユキが腕を押えながらも、横にいた狐たちに指示を出す。彼らは王の誕生だと喜び勇んで着物を取りに走っていった。そしてすぐに戻って来てユキに着物を差し出した。
「晴明様、お願いします」
「了解。健星、ユキの手当を」
「はいはい」
 そこでしっかり晴明を指名するところがこの狐だよなあと苦笑しつつ、健星はユキの腕にハンカチを縛り付けて止血する。
「予想外の展開になったが、これで鵺も鈴音を王として認めるしかないだろう」
「はい」
 健星の言葉に、ユキはほっとしたのか、そのまま健星の腕の中に倒れていたのだった。



「あ、あれ? ここは」
 鈴音は目を覚まして、布団の中にいたので驚いていた。すると、ひょこっと紅葉が顔を覗き込んでくる。
「良かった。起きたのね」
「あ、あれ、お母さん。ああ、うん」
 紅葉の顔にびっくりしたが、どうやら冥界に戻って来たらしい。でも、どうしてと鈴音は身体を起こしつつ首を傾げる。どうして寝ているんだっけ。なんかやってる途中じゃなかったっけ。
「右近、薬湯を持ってきて。それと、ユキを呼んでちょうだい」
「はい」
 すぐ傍にいた右近が頷き、そそと裳を引きずりながら退出していった。やっぱりここは冥界だ。あれ、ついさっきまで山の中にいなかったっけ。
「そうだ、ユキ!」
「はい、ここに」
 思い出してユキを呼ぶと、右腕を三角巾で吊ったユキがやって来た。やっぱり、怪我をしたのは記憶違いじゃなかった。
「ユキ、大丈夫?」
「大丈夫です。九尾狐に変化された鈴音様にお救い頂きましたから。それに腕は少し痛む程度で傷はもう紅葉様に治癒していただきました」
 ユキはにこっと笑い、そしてありのままを告げた。次に目覚めた時、ちゃんと変化をしていたことを告げよと、晴明から念を押されていたのだ。
「私、また変化したの?」
 鈴音はぎゅっと布団を握り締めていた。また記憶がない。それがどうにも苦しかった。それに、どうして九尾狐に変化してしまうのだろう。力が強いせいだとしても、自分の意思に反して変化するというのが、どうにも落ち着かない。
「そのことに関して、晴明様が話したいことがあるとおっしゃってました」
 ユキは不安そうな鈴音に大丈夫ですよと、晴明が味方してくれると告げた。しかし、鈴音の顔はあまり晴れない。
「目が覚めたって?」
 と、そこに健星がやって来た。健星はいつもどおりみたいねと思ったが、ばさっと御簾を捲って現われた健星はスーツ姿ではなく束帯姿で、一瞬、どこの貴公子が現われたのかと思って鈴音はドキッとした。
「ん? 顔が赤いぞ。体調でも悪いのか?」
 しかし、中身はいつもどおりの健星だったので、鈴音のときめきも一瞬で消え去った。
「寝起きだからよ。それより健星こそどうしたのよ」
 鈴音はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。その様子に紅葉はおかしいわと笑うが、健星はきょとんとしていた。
「なんか機嫌が悪いな」
「そうですね」
 健星はどうしたとユキを見ると、ユキまで機嫌が悪い。それで、健星はようやく察した。そして困るとばかりに溜め息だ。
「俺に惚れても仕方ないぞ。お前のようなじゃじゃ馬娘、こっちから願い下げだしな」
「誰があんたに惚れたって! ちょっと束帯姿が格好いいなって思っただけです。図に乗るな、馬鹿!!」
 小馬鹿にしてやろうとした健星だったが、不意打ちに褒められて顔を赤くしてしまった。そして、これってツンデレかと思ってしまった。
「若いっていいわあ」
 その様子に紅葉はますます嬉しそうに笑う。
「いや」
「違うって」
 喜ぶ紅葉に、健星も鈴音も火消しに必死になる。しかし、その様子が面白くなくて、ユキはますます膨れる。紅葉はもっと笑ってしまう。
「それよりもだ」
 健星は無理やり話題転換を試みる。ごほんと咳払いをし
「冥界に鵺に乗って、さらに伏見の狐を従えて戻って来たものだから、春宮様はとんでもない方だと上へ下への大騒ぎだ。春宮ってのは意味解るな、次の王のことだぞ」
 と状況の説明に入る。
「それは解ってるけど、大騒ぎ?」
 今度は何が起こっているんだと、鈴音は寝起きそうそう嫌な予感がするのだった。
しおりを挟む

処理中です...