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第29話 嫌味なくらい似合ってる

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 慣れない女房装束に格闘しつつも何とか牛車に乗り込み、ようやく鈴音は現在の王、主上と呼ばれる月読命と会えることになった。 
「どんな人なんだろう」
 ゴトゴトと音を立てる車輪の音を聞きながら、鈴音は徐々に緊張してきた。手に持っている檜扇ひおうぎをぎゅっと握り締めてしまう。
「主上はとてもお優しい方ですよ」
 そんな鈴音を心配してか、狐姿になって肩に乗っかっているユキが、大丈夫ですと励ましてくれる。内裏に着くまでは狐姿で大丈夫だからと、紅葉が同じ牛車で行くように指示したのだ。
「優しい。まあ、トラブルに対処出来ないって言ってたもんねえ」
 しかし、ユキが一緒でも不安は減らない。むしろ増える。
 トラブルに対処するには健星のような力業も必要なのだろう。優しいだけでは駄目なのだ。つまり、次の王に求められるのはバランス良く、締めるところは締めていくということだ。
「そんなの私には無理」
 はあっと落ち込む鈴音に、肩に乗るユキはオロオロ。
「す、鈴音様」
「ああ、大丈夫。ちょっと先行きを考えると」
「先行きですか。紅葉様もおられますし、あのムカつく小野も協力してくれるそうですから、何とかなりますよ。あっさりと玉座を諦めるとはビックリでしたが、仕事は出来る男です」
 ユキは必死に励まそうと、前足をぱたぱたさせながら主張する。そうだよね、健星がいるもんね。とはなかなかならないが、その必死な様子に笑ってしまう。
「ユキ、可愛い」
「ふはっ」
 くすっと笑って鈴音が放った言葉に、ユキは妙な声を上げてフリーズする。あれ、可愛いって駄目だったのかな。たまに男子で傷つく奴がいるけど、ユキもそのタイプなのかなと、鈴音は的外れなことを考えてしまう。
「内裏に到着いたします」
 しかし、そんなほんわかタイムは、随身ずいじんの声で阻まれた。ユキはぴょんと鈴音の肩から飛び降り、そのまま前方の御簾を開けて外に出て行ってしまう。ぽんっという音がしたから、人間姿に戻ったのだろう。
「王様か」
 内裏にいる王。一体どんな人なのだろうと、鈴音は溜め息を吐いていた。



「うわあ。嫌味なくらい似合ってる」
 しかし、そんな王様に会う前にショックを受ける出来事があった。束帯姿の健星だ。これがまあ、光源氏ですかと聞きたくなるくらい様になっている。キラッキラしている。
 場所は月読命がいる清涼殿と呼ばれる建物の一角。王様がいるのは昼御座所ひるのござしょという部屋で、今、鈴音たちがいるのは殿上間てんじょうのまという控え室のような場所だ。
 この内裏の配置は現世の、平安時代くらいの頃とそっくり同じなのだという。鈴音からすれば古典の授業で聞いたかもレベルなので、一緒かどうか知りようもないが、ともかく立派な建物の中の立派な部屋の中だ。
「ふん。お前と違って着慣れているからな」
 その健星は驚くに当たらないと平然としたものだ。くう、スーツも束帯も似合うなんて反則でしょ、この無駄にイケメン男。
「それより、これから謁見だ。いくら次の王に決まっているも同然とはいえ、粗相をするなよ」
「し、しません」
「ふん。行くぞ。解らなかったら俺を見ろ」
 健星はそれだけ言って立ち上がる。全くもう、どこでも上から目線で命令してくれる。あんたこそ気をつけろと、鈴音は心の中だけで反論するのだった。
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