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第20話 母・紅葉現る

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 転がり込んだ場所は紅葉の屋敷だ。先ほどよりも広い空間を確保できたが、まだまだ油断できない。物が多いマンションの室内より攻撃の幅は出来たが、九尾狐化した鈴音はすでに立ち上がり、健星たちを睥睨へいげいしている。
「鈴音を元の状態に戻さないとどうしようもないぞ。ユキ、紅葉を呼んで来い!」
 健星はすぐに拳銃を発砲しながら叫ぶ。
「ならば私が」
 しかし、押えるためにも力が要ると、右近が代わりに代理まで行くと申し出た。そしてすぐに狐に戻ると、屋根を飛んでいく。
「狐の足だとどのくらいで呼べる?」
「さあ。どこにおられるかにもよるが、半刻ほどは掛かるだろう」
「半刻」
 そんなにも持つか。健星は左近の答えに歯ぎしりをしてしまう。だが、躊躇っている時間はなかった。
「うわっ」
「くっ」
 九尾狐がぶわっと九つの尻尾でユキたちがいる場所を薙ぎ払った。それだけで大風が巻き起こり、攻撃を躱してもよろめいて転んでしまう。と、そこにすぐ爪が飛んできた。
「ちっ」
 ユキの頬に爪が当たり、血が飛び散る。すかさず健星が銃を撃ったが、九尾狐が飛び退くのが早かった。
「俊敏だな。純血の九尾と変わらない能力を持ってるぞ。あと三分持つかも解らなくなってきた」
「そんなカップ麺の待ち時間みたいなことを言わんでください」
 左近は右近が残した弓で応戦しながら、もうちょっと粘ってくれと懇願する。だが、矢は悉く尻尾で弾かれてしまった。
「あのな、俺は妖怪じゃないんだ」
 健星は素早く走りながら銃を撃っていく。妖怪じゃないとはいえ、彼が一番戦い慣れているのは明らかだった。
「右から尻尾!」
 ユキははっと気づいて健星にアドバイスする。ざっと健星は避けれたが、今度はユキに攻撃が向く。
「鈴音様、どうして?」
 いきなりの変化、いきなりの凶暴化にユキは戸惑う。だが、左近は心当たりがあるようで
「お前の顔だ!」
 と、ユキの半分だけ狐化した顔を指す。
「えっ、これ?」
 だって、戦うには半人半妖の姿が最も戦いやすい。ユキは驚いた。
「忘れたのか? 紅葉様が人間界から去られた理由を」
「あ、あれは狐を恐れたからだと」
「恐れたのはその姿だ!」
 左近の指摘に、健星はなるほどなと舌打ちする。鬼を見てビビっただけにしては急激な変化だと思っていた。
「つまり、あの娘は物心つく前後で何かあったんだな?」
 銃をぶっ放しながら健星が訊く。
「はい。それは」
「鈴音を傷つけたのは私です」
 左近の声を遮り、神々しい気配が当たりに立ち込める。そしてどおおおんという音を立てて、屋根から何かが降ってきた。
「紅葉か」
 九尾狐がもう一匹。しかし、こちらは真っ白な毛並みがふかふかとし、禍々しさは一切ない。
「人の子にしては頑張りましたね」
「上から言ってくれる」
 舌打ちしたが、健星はすぐに場を紅葉に譲った。紅葉は鈴音の正面に回り込むと
「ケーン」
 と高い声で鳴いた。すると、驚くことに鈴音の動きが止まり、そのままばたっと倒れてしまう。さらには少女の姿に戻った。そこに九尾狐がそっと優しく寄り添い、身体を尻尾で隠す。
「すぐにお召し物を」
「は、はい。ただいま」
 その行為の意味をすぐに理解した左近の指示に、ユキは慌てて屋敷の奥へと駆けて行く。
「一先ず、何とかなったか」
 健星はようやく息を吐き出し、その場に座り込んでしまった。久々の本格的な戦いで体力を消耗している。
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