半妖姫は冥界の玉座に招かれる

渋川宙

文字の大きさ
上 下
20 / 72

第20話 母・紅葉現る

しおりを挟む
 転がり込んだ場所は紅葉の屋敷だ。先ほどよりも広い空間を確保できたが、まだまだ油断できない。物が多いマンションの室内より攻撃の幅は出来たが、九尾狐化した鈴音はすでに立ち上がり、健星たちを睥睨へいげいしている。
「鈴音を元の状態に戻さないとどうしようもないぞ。ユキ、紅葉を呼んで来い!」
 健星はすぐに拳銃を発砲しながら叫ぶ。
「ならば私が」
 しかし、押えるためにも力が要ると、右近が代わりに代理まで行くと申し出た。そしてすぐに狐に戻ると、屋根を飛んでいく。
「狐の足だとどのくらいで呼べる?」
「さあ。どこにおられるかにもよるが、半刻ほどは掛かるだろう」
「半刻」
 そんなにも持つか。健星は左近の答えに歯ぎしりをしてしまう。だが、躊躇っている時間はなかった。
「うわっ」
「くっ」
 九尾狐がぶわっと九つの尻尾でユキたちがいる場所を薙ぎ払った。それだけで大風が巻き起こり、攻撃を躱してもよろめいて転んでしまう。と、そこにすぐ爪が飛んできた。
「ちっ」
 ユキの頬に爪が当たり、血が飛び散る。すかさず健星が銃を撃ったが、九尾狐が飛び退くのが早かった。
「俊敏だな。純血の九尾と変わらない能力を持ってるぞ。あと三分持つかも解らなくなってきた」
「そんなカップ麺の待ち時間みたいなことを言わんでください」
 左近は右近が残した弓で応戦しながら、もうちょっと粘ってくれと懇願する。だが、矢は悉く尻尾で弾かれてしまった。
「あのな、俺は妖怪じゃないんだ」
 健星は素早く走りながら銃を撃っていく。妖怪じゃないとはいえ、彼が一番戦い慣れているのは明らかだった。
「右から尻尾!」
 ユキははっと気づいて健星にアドバイスする。ざっと健星は避けれたが、今度はユキに攻撃が向く。
「鈴音様、どうして?」
 いきなりの変化、いきなりの凶暴化にユキは戸惑う。だが、左近は心当たりがあるようで
「お前の顔だ!」
 と、ユキの半分だけ狐化した顔を指す。
「えっ、これ?」
 だって、戦うには半人半妖の姿が最も戦いやすい。ユキは驚いた。
「忘れたのか? 紅葉様が人間界から去られた理由を」
「あ、あれは狐を恐れたからだと」
「恐れたのはその姿だ!」
 左近の指摘に、健星はなるほどなと舌打ちする。鬼を見てビビっただけにしては急激な変化だと思っていた。
「つまり、あの娘は物心つく前後で何かあったんだな?」
 銃をぶっ放しながら健星が訊く。
「はい。それは」
「鈴音を傷つけたのは私です」
 左近の声を遮り、神々しい気配が当たりに立ち込める。そしてどおおおんという音を立てて、屋根から何かが降ってきた。
「紅葉か」
 九尾狐がもう一匹。しかし、こちらは真っ白な毛並みがふかふかとし、禍々しさは一切ない。
「人の子にしては頑張りましたね」
「上から言ってくれる」
 舌打ちしたが、健星はすぐに場を紅葉に譲った。紅葉は鈴音の正面に回り込むと
「ケーン」
 と高い声で鳴いた。すると、驚くことに鈴音の動きが止まり、そのままばたっと倒れてしまう。さらには少女の姿に戻った。そこに九尾狐がそっと優しく寄り添い、身体を尻尾で隠す。
「すぐにお召し物を」
「は、はい。ただいま」
 その行為の意味をすぐに理解した左近の指示に、ユキは慌てて屋敷の奥へと駆けて行く。
「一先ず、何とかなったか」
 健星はようやく息を吐き出し、その場に座り込んでしまった。久々の本格的な戦いで体力を消耗している。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

Link's

黒砂糖デニーロ
ファンタジー
この世界には二つの存在がいる。 人類に仇なす不死の生物、"魔属” そして魔属を殺せる唯一の異能者、"勇者” 人類と魔族の戦いはすでに千年もの間、続いている―― アオイ・イリスは人類の脅威と戦う勇者である。幼馴染のレン・シュミットはそんな彼女を聖剣鍛冶師として支える。 ある日、勇者連続失踪の調査を依頼されたアオイたち。ただの調査のはずが、都市存亡の戦いと、その影に蠢く陰謀に巻き込まれることに。 やがてそれは、世界の命運を分かつ事態に―― 猪突猛進型少女の勇者と、気苦労耐えない幼馴染が繰り広げる怒涛のバトルアクション!

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

処理中です...