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第16話 公務員と妖怪の関係

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 鬼が現われるとすれば夕方から夜の間。というわけで、この日は健星の家で寝泊まりすることになる。
「晩飯はパスタでいいか?」
 しかも、晩ご飯を健星が手作りしようとしていて、鈴音はビックリしてしまう。
「だ、大丈夫ですけど、料理できるんですか?」
「当たり前だろ。生きていく上で基本技術だ」
 鈴音の確認に健星は平然と答え、パスタとそれに合わせる具材を冷蔵庫から取り出す。鈴音はその言葉を疑ったわけではないが、そっと近づいて台所を見てみた。
「凄い」
 そこには調理器具が一通り揃い、調味料も豊富にあった。料理をしているというのは本当らしい。鈴音が見ている間にも、健星は手際よくベーコンやピーマン、タマネギを刻んでいく。その手つきは包丁が使い慣れているのが解った。
「わ、私より上手いかも」
「なんだ。手伝う気があるのか?」
「も、もちろん」
 じっと見る鈴音に健星がそう言うので、出来ますともと鈴音は頷いた。だって、つい昨日までは母は死んだと思っていた、つまり父子家庭で育ったのだ。しかも父は忙しい公務員。あれこれと家事は出来る。
 具材の準備は健星がやっているので、鈴音はパスタを茹でることにした。ちゃんとパスタ用の鍋があり、そこに水を入れて火に掛ける。パスタはどこにでもあるメジャーなスパゲッティ。輸入品ではなく国内メーカーのものだ。これならば失敗しないだろう。意外と健星って堅実だ。
「ん、しかもよく考えれば刑事も公務員か」
 横でマッシュルームを刻む男を見つめ、公務員と妖怪関連って何か繋がりがあるのと疑ってしまう。
「そう言えば、お前の父親は役所勤めだったな」
 同じことを健星も考えていたのか、そう確認される。
「ええ。厚労省の職員だけど」
「なるほど。九尾と出会う確率は高いな」
「そ、そうなの」
「ああ」
 にやっと笑う健星に、一体何なんだと鈴音は身構えてしまう。が、それどころじゃなかった。水が沸騰したので三人前のパスタを投入する。ちなみにユキは鬼が来ないか、ベランダで見張っているところだ。
「昔からこの国は妖怪とともに生きてきた」
 健星はそんな鈴音の手元を見守りつつ、パスタを入れ終えたところで言葉を放つ。
「妖怪とともに」
「ああ。俺の先祖である小野篁が生きた時代には陰陽寮おんみょうりょうがあり、陰陽師が妖怪たちを手懐けていた。武士の時代が来た後は陰陽師は各地に散らばり、坊主なども加えてそれぞれが守ってきた。だが、明治を越えてからはそう言っていられなくなった」
 健星はそこで厳しい顔をする。
「明治ということは、明治維新ですね」
「ああ。間違った解釈は間違った結果を生む。それを明治の時代の連中は知らなかった。もちろん、当初は神祇官じんぎかんがあるなど、対策をするつもりだった。しかし、一気に雪崩れ込む西洋化の波に呑まれ、妖怪は過去の遺物だと決めつけた。科学が解決できるとなったんだ」
「ああ」
 見間違い、もしくは科学的現象。そう説明されたわけか。実際、昨日までの鈴音は妖怪がいるなんて思いもしなかった。喋る狐はいるはずなく、鬼もいない。それが当たり前だった。
「現代は少し見方が違うがな。科学がどれだけ発達しても解明できないことは必ず出てくる。境界がはっきりしてくる。おかげで妖怪どもは現代で息を吹き返した。何度も何度もブームがやってくるのがその証拠だな」
「へえ」
 そう言えば、平成から令和に掛けて妖怪は大人気だ。鈴音は某アニメを思い出し、時計で妖怪がキャッチできたらいいのにと思ってしまう。
「しかし、政府は何も野放しにしてきたわけではない。表向きは西洋化を推し進めつつも、怖い物は何とかしたい。そこで、政府の中に機関を残した。とはいえ、それは二次的なもの。あくまで科学が何とも出来なかった場合とされた。おかげで何かと病気扱いされるようになったな」
 ここまで言えば解るだろうと健星は鈴音を見てくる。ええっと、病気扱い。つまり、扱う部署は
「今ならば厚労省」
「そういうことだ」
 健星は馬鹿馬鹿しいがねと鼻で笑う。実際、健星が選んだのは刑事だ。
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