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第20話 責任取って!

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 その風に気付いた静嵐が振り向いて、そして、愛佳の姿を見つけて固まった。
 どうしてと、見開かれた目に動揺がある。
「静嵐」
 その静嵐に歩み寄り、じっと見つめる。
 静嵐の目と髪は、もっと薄い色合いになっていた。もう、僅かに茶色と解るほどの色になっている。彼は希薄な存在になろうとしていた。
「俺は、もう」
「人間として、生きて」
「――」
 静嵐が何かを言う前に、愛佳がはっきりと伝えた。それを伝えるために、自分はここまで来たのだと、目を真っ直ぐに見つめて言う。
「私は、あなたと一緒に生きたいの。気になることだけ言って消えるなんて、ずるい。あなたはもう、私の心を捕まえちゃったのよ」
「――」
 見つめているうちに、目がうるうるとしてしまった。
 このままじゃ消えちゃう。その事実が、静嵐の目と髪に表れている。気持ちが、勝手に溢れてくる。離れたくなかった。
「初めは、単なる気になる人だったけど、今は違うの。色々知っちゃって、もう、忘れるなんて出来ないの。せ、責任取って!」
「せ、責任」
 でも、口から出たのは予想外の言葉だった。それに、静嵐も面食らっている。
「そう。責任よ。忘れられないんだから、一緒に生きてよ。私も、あなたが好きだから。もうあなたを忘れるなんて出来ないんだから、結婚してよ。ちゃんと、あなたの家族にして」
 愛佳は開き直って、そう言い募っていた。
 一体自分は何を言っているんだろうと思ってしまうが、色々と考えていたらこれしかないように思えた。
「愛佳」
 それに、静嵐は愛おしそうに名前を呼ぶと、ぎゅっと抱き締めてくれる。しかし、余りに唐突で、愛佳は真っ赤になっていた。
 意外と大胆。いや、自分の発言の方が大胆か。
「静嵐」
「でも、俺は」
「消えないで。大丈夫、あなたはもう、一人じゃないから」
 解っている。こうやって訴えても、静嵐を困惑させるだけなのだと。
 消えそうになっている現実を見ている。でも、消えてほしくない。
「静嵐」
 そこに、別の声がした。鈴を転がすような、綺麗な音色。それに、二人は顔を上げる。
「あっ」
 そこには、ここまで導いてくれた優しい微笑みを浮かべた、今度ははっきりとした女性の姿があった。考えるまでもなく、静嵐の母親だ。目元がそっくりだった。
「母上」
「行きなさい。それが、あなたの運命です」
 微笑みながらも凛とした声音。それに、静嵐は戸惑っているようだった。
「ただし、ここを出たら、次は人間として生きることになります。人生は、有限になりますよ。後悔している暇はないわ」
 母は、楽しんでいるようだった。そしてその決断を、微笑みで後押ししている。それに、愛佳はどうすると、静嵐を見つめる。
 その静嵐は、驚きすぎて困惑しているようだった。
 それはそうだ。消えると思っていたのに人間として生きていい。そんな都合のいいことがあるのか。
「大丈夫よ。これは私と、お父さんからの贈り物。だって、あなたのお父さんは間違いなく神様だもの」
「――」
「あなたの決断を、待っていたのですよ。でも、あなたは神として生きると決めたようだったから、このまま流れに任せようと思っていたの。でも、ようやく、大切な人が見つかったのね」
 そこで愛佳を見ると、愛おしそうに微笑む。
 愛佳はもう顔がゆでだこのように真っ赤だった。というか、母親の前で抱き合ったままだ。恥ずかしい。しかし、静嵐はよりぎゅっと抱き締めてきた。
「ちょっ」
「大切な人です。俺は、生きていいんですか?」
 そして、寂しそうに訊く。
 それに、おやっとなったが、墓を思い出した。そうか、守る神がいなくなる。ということは、母親はいなくなってしまうのだ。
「いいのよ。消えるのは私だけで十分。孝行息子のおかげで、ずいぶんと長くいられたわ。ありがとう」
「――」
 ああ、そうか。
 どちらも選べず、それでも神様だった理由は母親のためだったんだと、すんなりと納得する。
 彼女は今、間違いなく神なのだ。それを守る役目を、静嵐はずっと務めてきた。静嵐が現世で神としてあり続けていれば、母もまた、忘れられずに神として存在できた。
「さあ、お行きなさい。もう会えませんが、私はずっと、あなたの心の中にいます」
 そう微笑んだかと思うと、すっと消えてしまった。
 静嵐の代わりに、永遠に消えてしまったのだと、愛佳はなぜか理解していた。
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