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第16話 禁忌の気持ち
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車を運転しながら、寺本は苦笑する。そして母を思うという、そういう人間らしさが、彼が神として分類されない理由だろうとも思う。
「そうですよね。静嵐って傲慢じゃないっていうか、遠慮深いっていうか。いつ私のことを気になってたのかさえ感づかせないんだから、やっぱり人間だなって思います」
あの告白を聞いた愛佳も、静嵐の人間臭さが気になっていた。
神様なのに草食男子そのもの。もっと遠慮なく振舞えばこの結果を招くことはなかったのではないか。そう思う。
でも、そう振舞うしかなかった理由も知っているだけに複雑だ。静嵐はそうまでして神になりたいとは願わなかったに違いない。
「お母さんのことか。まあ、大きな理由だろうね。自分が中途半端な存在なのも、両親の事情があるからだ。ということは、同じ過ちは犯したくないと考えてしまうのも仕方がないね」
「ええ。それに自分にそういう神としての能力が出たのも、お母さんのせいだと思ってますしね。若くして亡くなった彼女に同情した気持ち。それが、静嵐を神にしたのだと。だから自分ではなく母が神になるべきだったと思っているんです」
「ああ。だろうね」
そんな複雑な事情があったとは、世話を焼いていた寺本も知らなかった。だから、普通に認識される数を増やせばいいと思っていたのに、見当違いも甚だしかったらしい。
「でも、神様と思われなくなったから、いなくなってしまうんですよね」
愛佳は、あまり人と関わりたがらない静嵐のことを思って、その可能性も高いのだと気づいていた。
「まさか。今になって、彼は人間として認識されてしまったと?」
「ええ。何らかのきっかけがあって、人間としてしか認識されなくなったんです。神様としての資格が消えてしまった。しかし、生きてきた時間は人間の何倍にもなってしまう。今から人間として再スタートするわけにはいかなかった。だから、存在そのものが消えようとしているのではないでしょうか」
「――そう、なんだろうね」
その指摘にちくりと胸が痛む寺本だ。
自分がもっと神様として扱ってあげれば、こんな事態を招くことはなかったかもしれない。それに気づいてしまった。
「中途半端な接し方が良くなかったのかな。もっと、厳格に線引きしておかなければならない相手だったんだ」
「それって」
「頭の片隅では、あの子は神様だって解ってるんだよ。でも、現実にいる静嵐は大学生と変わらない。本好きの少し変わった子くらいなもんだろ。ついつい、他の大学生と同じように接してしまったんだ。一緒に生活しているのも、その一つ」
「ああ」
「そして静嵐も、自分はやっぱり神じゃなくて人間だって思いを強くしてしまったんじゃないかな。思い悩み、自分というものを考える。それってやっぱり人間しか出来ないことだろ?それが消えることに拍車を掛けてしまった」
「じゃあ、私では、どうしようもないんでしょうか。せっかく静嵐の気持ちを知ったのに、ただ黙って消えていくのを見ているしかないんでしょうか?」
そこまで聞くと、自分の役割なんてゼロだと気づいてしまう。
静嵐にとって禁忌の気持ち。それを抱かせてしまったらしい自分は、傍にいるべきではないのだろう。思い悩んでいるのならば尚更だ。結局は寺本がいれば、何とかなるのでは。そう思ってしまった。
「いや、それは違うよ」
寺本は何でそうなるかなと、右手でハンドルを握りつつも左手で頭を掻く。
ううん。愛佳も静嵐に負けず劣らず我を通すのが苦手らしい。
「え? どうしてですか? 私がいるから思い悩んじゃうんですよね」
「そう、確かに人間と同じく悩んでしまうだろう。でも、それは静嵐にとって大事な感情であり、試練の一つだと思うんだ。だって、事情を告白したのも、さようならを言ったのも、奥山さんだけなんだよ。今までの誰も、たぶん、大学生の中で静嵐が神様だって知らなかっただろうし、別れを言われた人はいないはずなんだ。それなのに奥山さんには告げた。それって、静嵐にとって奥山さんが特別な存在だってことだろ?」
「――」
寺本にそう指摘され、顔が真っ赤になるのを自覚した。
愛佳は、あの時のことってやっぱり勘違いじゃなかったんだと、熱くなる。
好きだから、好きになったから、両想いになる前に消えたい。
自分が禁忌としている感情に気づいたから去る。
そう解釈するしかなかったけど、実際に言われたわけじゃないから、勘違いだったらどうしようと思っていたのだ。
「うわあ。あんなイケメンが」
「そう。君に恋しちゃったんだね。静嵐は。そして自分が人間だと自覚すればするほど、消えてしまいそうになる。悲しい結末を迎えるんだからと、自ら姿を消すことにした」
「――馬鹿」
思わず、そう非難してしまう。
好きなら、どうして残りの時間を一緒にいてと言えないのか。
消えることがどうしようも出来ないことだとしても、感情を中途半端に伝えて去るなんて卑怯だし、こんな終わり方なんてあんまりだ。
「そうですよね。静嵐って傲慢じゃないっていうか、遠慮深いっていうか。いつ私のことを気になってたのかさえ感づかせないんだから、やっぱり人間だなって思います」
あの告白を聞いた愛佳も、静嵐の人間臭さが気になっていた。
神様なのに草食男子そのもの。もっと遠慮なく振舞えばこの結果を招くことはなかったのではないか。そう思う。
でも、そう振舞うしかなかった理由も知っているだけに複雑だ。静嵐はそうまでして神になりたいとは願わなかったに違いない。
「お母さんのことか。まあ、大きな理由だろうね。自分が中途半端な存在なのも、両親の事情があるからだ。ということは、同じ過ちは犯したくないと考えてしまうのも仕方がないね」
「ええ。それに自分にそういう神としての能力が出たのも、お母さんのせいだと思ってますしね。若くして亡くなった彼女に同情した気持ち。それが、静嵐を神にしたのだと。だから自分ではなく母が神になるべきだったと思っているんです」
「ああ。だろうね」
そんな複雑な事情があったとは、世話を焼いていた寺本も知らなかった。だから、普通に認識される数を増やせばいいと思っていたのに、見当違いも甚だしかったらしい。
「でも、神様と思われなくなったから、いなくなってしまうんですよね」
愛佳は、あまり人と関わりたがらない静嵐のことを思って、その可能性も高いのだと気づいていた。
「まさか。今になって、彼は人間として認識されてしまったと?」
「ええ。何らかのきっかけがあって、人間としてしか認識されなくなったんです。神様としての資格が消えてしまった。しかし、生きてきた時間は人間の何倍にもなってしまう。今から人間として再スタートするわけにはいかなかった。だから、存在そのものが消えようとしているのではないでしょうか」
「――そう、なんだろうね」
その指摘にちくりと胸が痛む寺本だ。
自分がもっと神様として扱ってあげれば、こんな事態を招くことはなかったかもしれない。それに気づいてしまった。
「中途半端な接し方が良くなかったのかな。もっと、厳格に線引きしておかなければならない相手だったんだ」
「それって」
「頭の片隅では、あの子は神様だって解ってるんだよ。でも、現実にいる静嵐は大学生と変わらない。本好きの少し変わった子くらいなもんだろ。ついつい、他の大学生と同じように接してしまったんだ。一緒に生活しているのも、その一つ」
「ああ」
「そして静嵐も、自分はやっぱり神じゃなくて人間だって思いを強くしてしまったんじゃないかな。思い悩み、自分というものを考える。それってやっぱり人間しか出来ないことだろ?それが消えることに拍車を掛けてしまった」
「じゃあ、私では、どうしようもないんでしょうか。せっかく静嵐の気持ちを知ったのに、ただ黙って消えていくのを見ているしかないんでしょうか?」
そこまで聞くと、自分の役割なんてゼロだと気づいてしまう。
静嵐にとって禁忌の気持ち。それを抱かせてしまったらしい自分は、傍にいるべきではないのだろう。思い悩んでいるのならば尚更だ。結局は寺本がいれば、何とかなるのでは。そう思ってしまった。
「いや、それは違うよ」
寺本は何でそうなるかなと、右手でハンドルを握りつつも左手で頭を掻く。
ううん。愛佳も静嵐に負けず劣らず我を通すのが苦手らしい。
「え? どうしてですか? 私がいるから思い悩んじゃうんですよね」
「そう、確かに人間と同じく悩んでしまうだろう。でも、それは静嵐にとって大事な感情であり、試練の一つだと思うんだ。だって、事情を告白したのも、さようならを言ったのも、奥山さんだけなんだよ。今までの誰も、たぶん、大学生の中で静嵐が神様だって知らなかっただろうし、別れを言われた人はいないはずなんだ。それなのに奥山さんには告げた。それって、静嵐にとって奥山さんが特別な存在だってことだろ?」
「――」
寺本にそう指摘され、顔が真っ赤になるのを自覚した。
愛佳は、あの時のことってやっぱり勘違いじゃなかったんだと、熱くなる。
好きだから、好きになったから、両想いになる前に消えたい。
自分が禁忌としている感情に気づいたから去る。
そう解釈するしかなかったけど、実際に言われたわけじゃないから、勘違いだったらどうしようと思っていたのだ。
「うわあ。あんなイケメンが」
「そう。君に恋しちゃったんだね。静嵐は。そして自分が人間だと自覚すればするほど、消えてしまいそうになる。悲しい結末を迎えるんだからと、自ら姿を消すことにした」
「――馬鹿」
思わず、そう非難してしまう。
好きなら、どうして残りの時間を一緒にいてと言えないのか。
消えることがどうしようも出来ないことだとしても、感情を中途半端に伝えて去るなんて卑怯だし、こんな終わり方なんてあんまりだ。
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