上 下
16 / 21

第16話 禁忌の気持ち

しおりを挟む
 車を運転しながら、寺本は苦笑する。そして母を思うという、そういう人間らしさが、彼が神として分類されない理由だろうとも思う。
「そうですよね。静嵐って傲慢じゃないっていうか、遠慮深いっていうか。いつ私のことを気になってたのかさえ感づかせないんだから、やっぱり人間だなって思います」
 あの告白を聞いた愛佳も、静嵐の人間臭さが気になっていた。
 神様なのに草食男子そのもの。もっと遠慮なく振舞えばこの結果を招くことはなかったのではないか。そう思う。
 でも、そう振舞うしかなかった理由も知っているだけに複雑だ。静嵐はそうまでして神になりたいとは願わなかったに違いない。
「お母さんのことか。まあ、大きな理由だろうね。自分が中途半端な存在なのも、両親の事情があるからだ。ということは、同じ過ちは犯したくないと考えてしまうのも仕方がないね」
「ええ。それに自分にそういう神としての能力が出たのも、お母さんのせいだと思ってますしね。若くして亡くなった彼女に同情した気持ち。それが、静嵐を神にしたのだと。だから自分ではなく母が神になるべきだったと思っているんです」
「ああ。だろうね」
 そんな複雑な事情があったとは、世話を焼いていた寺本も知らなかった。だから、普通に認識される数を増やせばいいと思っていたのに、見当違いも甚だしかったらしい。
「でも、神様と思われなくなったから、いなくなってしまうんですよね」
 愛佳は、あまり人と関わりたがらない静嵐のことを思って、その可能性も高いのだと気づいていた。
「まさか。今になって、彼は人間として認識されてしまったと?」
「ええ。何らかのきっかけがあって、人間としてしか認識されなくなったんです。神様としての資格が消えてしまった。しかし、生きてきた時間は人間の何倍にもなってしまう。今から人間として再スタートするわけにはいかなかった。だから、存在そのものが消えようとしているのではないでしょうか」
「――そう、なんだろうね」
 その指摘にちくりと胸が痛む寺本だ。
 自分がもっと神様として扱ってあげれば、こんな事態を招くことはなかったかもしれない。それに気づいてしまった。
「中途半端な接し方が良くなかったのかな。もっと、厳格に線引きしておかなければならない相手だったんだ」
「それって」
「頭の片隅では、あの子は神様だって解ってるんだよ。でも、現実にいる静嵐は大学生と変わらない。本好きの少し変わった子くらいなもんだろ。ついつい、他の大学生と同じように接してしまったんだ。一緒に生活しているのも、その一つ」
「ああ」
「そして静嵐も、自分はやっぱり神じゃなくて人間だって思いを強くしてしまったんじゃないかな。思い悩み、自分というものを考える。それってやっぱり人間しか出来ないことだろ?それが消えることに拍車を掛けてしまった」
「じゃあ、私では、どうしようもないんでしょうか。せっかく静嵐の気持ちを知ったのに、ただ黙って消えていくのを見ているしかないんでしょうか?」
 そこまで聞くと、自分の役割なんてゼロだと気づいてしまう。
 静嵐にとって禁忌の気持ち。それを抱かせてしまったらしい自分は、傍にいるべきではないのだろう。思い悩んでいるのならば尚更だ。結局は寺本がいれば、何とかなるのでは。そう思ってしまった。
「いや、それは違うよ」
 寺本は何でそうなるかなと、右手でハンドルを握りつつも左手で頭を掻く。
 ううん。愛佳も静嵐に負けず劣らず我を通すのが苦手らしい。
「え? どうしてですか? 私がいるから思い悩んじゃうんですよね」
「そう、確かに人間と同じく悩んでしまうだろう。でも、それは静嵐にとって大事な感情であり、試練の一つだと思うんだ。だって、事情を告白したのも、さようならを言ったのも、奥山さんだけなんだよ。今までの誰も、たぶん、大学生の中で静嵐が神様だって知らなかっただろうし、別れを言われた人はいないはずなんだ。それなのに奥山さんには告げた。それって、静嵐にとって奥山さんが特別な存在だってことだろ?」
「――」
 寺本にそう指摘され、顔が真っ赤になるのを自覚した。
 愛佳は、あの時のことってやっぱり勘違いじゃなかったんだと、熱くなる。
 好きだから、好きになったから、両想いになる前に消えたい。
 自分が禁忌としている感情に気づいたから去る。
 そう解釈するしかなかったけど、実際に言われたわけじゃないから、勘違いだったらどうしようと思っていたのだ。
「うわあ。あんなイケメンが」
「そう。君に恋しちゃったんだね。静嵐は。そして自分が人間だと自覚すればするほど、消えてしまいそうになる。悲しい結末を迎えるんだからと、自ら姿を消すことにした」
「――馬鹿」
 思わず、そう非難してしまう。
 好きなら、どうして残りの時間を一緒にいてと言えないのか。
 消えることがどうしようも出来ないことだとしても、感情を中途半端に伝えて去るなんて卑怯だし、こんな終わり方なんてあんまりだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鬼上司の執着愛にとろけそうです

六楓(Clarice)
恋愛
旧題:純情ラブパニック 失恋した結衣が一晩過ごした相手は、怖い怖い直属の上司――そこから始まる、らぶえっちな4人のストーリー。 ◆◇◆◇◆ 営業部所属、三谷結衣(みたに ゆい)。 このたび25歳になりました。 入社時からずっと片思いしてた先輩の 今澤瑞樹(いまさわ みずき)27歳と 同期の秋本沙梨(あきもと さり)が 付き合い始めたことを知って、失恋…。 元気のない結衣を飲みにつれてってくれたのは、 見た目だけは素晴らしく素敵な、鬼のように怖い直属の上司。 湊蒼佑(みなと そうすけ)マネージャー、32歳。 目が覚めると、私も、上司も、ハダカ。 「マジかよ。記憶ねぇの?」 「私も、ここまで記憶を失ったのは初めてで……」 「ちょ、寒い。布団入れて」 「あ、ハイ……――――あっ、いやっ……」 布団を開けて迎えると、湊さんは私の胸に唇を近づけた――。 ※予告なしのR18表現があります。ご了承下さい。

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

偶然出会った少女にお願い事をされたから、受け入れる事にしたら人生が変わった!

小春かぜね
恋愛
『鈴音編』・『鈴音編 第2章』・『稀子編 第2章』は【R-15】作品に成ります。  苦手な方はご注意下さい。詳細は『鈴音編』・『稀子編 第2章』の始めに記載してあります。  理不尽な理由で職場をクビにされた比叡(ひえい)。  自分が不幸のどん底だと感じた時に、とある場所で困って居る少女を助ける事になる。  助けられた少女は凄く喜び、比叡に興味を持つようになった。  比叡に興味を持った少女は、あるお願いをしてきた……そのお願いとは?  『鈴音編』以外でも残酷描写・暴力描写も有りますが、全体の一部です。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

処理中です...