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第12話 中途半端

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「静嵐」
 そして、いつもならば声を掛けることさえ躊躇っていたというのに、彼の前にいくと呼びかけた。
「っつ」
 静嵐はびくっと肩を震わせて顔を上げ、愛佳をまじまじと見つめる。
「私から話し掛けなきゃ駄目なんでしょ?」
「――最初はな」
 愛佳の問いに、むすっとした顔で静嵐は答えた。ちょっとは手応えアリか。
「お願い。少し、話をさせて」
「――解った。でも、昼間は困る。夕方、六時くらいにもう一度来てくれ」
「――」
 今、まだ午後一時だ。どうして昼間は駄目なのか。ひょっとして逃げるつもりかと、色々なことが頭に浮かんだ。この偏屈な神様の言うことを、素直に聞いていいのだろうか。
「大丈夫だ。俺はここから動かない。行く場所もないしな」
「――解った」
 行く場所もないと言われて、胸がぎゅっと締め付けられた。
 そうか。ようやく得た場所がこの図書館だったんだと、今更ながら気付く。
 それまでは、気を許した誰かによって、僅かに与えられた場所にいただけなのだろう。
 愛佳はこの場で色々と問いただしたい気持ちを抑え、ともかく、六時にもう一度図書館に来ることにしたのだった。



 そして六時。静嵐はちゃんと、いつもの場所で本を読んでいた。外からの明かりが減って人口の光だけになると、より、髪の色の薄さが気になった。それだけ、消えかかっているということか。
「どこで話す?」
 現れた愛佳に向けて、静嵐は覚悟を決めたかのように顔を上げて訊いてきた。初めてのことにどきっとした愛佳だが
「鴨川沿いとか、どう? この時期だったら、川辺に座っている人も多いし、不自然じゃないと思うけど?」
 そう提案した。喫茶店や居酒屋なども考えたが、静嵐のことを考えると、そういう場所は相応しくないように思ったのだ。
「いいな。行こう」
 愛佳の提案に満足したように頷くと、静嵐はやっと立ち上がった。そして愛佳の横に並ぶ。
「――」
 しかし、それに愛佳は緊張してしまった。イケメンで背が高くて、いいとこ取りのような静嵐だ。神様だという事情を知っていても、勝手に心臓がドキドキとしてしまう。
「どうした?」
「う、ううん。行こう」
 緊張を振り払うように、先に愛佳が歩き出した。静嵐は、何だか渋々とくっついてくる。
 大学からしばらく歩かないと鴨川には着かない。その間黙ったままというのも変なので、愛佳は質問を始めた。
「ずっと、図書館を守ってたのよね?」
「そうだな」
「その前は?」
「餅をくれる人がいた」
「――」
 餅。何だろうと思ったが、ひょっとしなくてもお供え物か。やはり昔は、神様として扱われていたらしい。
「普通の人と同じに見えるのに」
「それはそうだろう。俺は中途半端なんだ」
「中途半端?」
 てくてくと今出川通を歩きながらも、疑問は増える一方だ。
「そう。中途半端なんだよ。俺の血の半分は人ならざる者のもので、半分は人間のものなんだ」
「えっ?」
「神が人を見初めるという話は、色々と知っているんじゃないか?あれ」
「ああ」
 客神ということかと、愛佳は頷いた。
 何らかの理由で別の地にやって来た神様が、その土地の乙女と交わるという話はよくある、らしい。これはもちろん、本当の神ではない場合もある。土地の有力者を神とし、無垢な乙女を差し出すことがあったそうだ。
 他にも土地の神を饗応するために、というのもある。なんにせよ、女性の意思とは無関係に、勝手に決められることだ。そのことは、女子である愛佳には複雑な気分にさせられる話だ。
「ま、そういう事情で生まれたのが俺だ。普通は人間として一生を全うして終わりのはずなのに、俺の場合はどういうわけか、神の血が勝ってしまったらしい。死ななかった」
「じゃあ」
「でも、本当の神じゃないから、誰かの信仰の対象というわけでもない。結果、ずっと中途半端なんだ。さすがに途中から歳を取らなくなったように姿が同じであることで、人ではないと昔から認識されてはいたが」
「――」
 それは、どういう気分なのだろうと、愛佳は何も言えなかった。半分は神様なのに、神様じゃない。でも、人間でもない。
「普通ならばそのまま負の感情に飲まれて妖しやよくないモノになって、人に害をなしていただろう。でも、これは母の力なのかな。なんとか、土地の人たちに守ってもらえた。でもそれは、母がいた間と、その事実を知る人たちがいる間だ。徐々に、こいつは何だろうということになる」
「――」
 そんな話をしていたら、鴨川が見えてきた。川を吹く風が冷たくて気持ちいいが、今はそれを喜ぶ気分にはなれない。
「それでも細々と守ってくれる人はいてね。なんとか、今までは存在してこれた。正直、うんざりだけど」
「どうして?」
「何年、この世にいると思うんだよ」
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