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第6話 津久見俊彰

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 津久見俊彰は、いわゆるお人好しだ。おかげで大量のトラブルをいつも抱えている。
 自分を拾ったこともトラブルの一つだろうとノエルは思う。さらに、埋め合わせとしてノエルの相手までしているのだから、お人好しも度が超えている。
「どうした?」
 シャワーから戻ってきた俊彰は、ベッドに寝転びながらじっと見ているノエルに声を掛けた。
「いいえ。こうあっさりと要求が通ると、変な気分になるというか」
 まだスーツを着たままのノエルは、笑って誤魔化した。
「変態はお断りだったんじゃないのか?」
 俊彰は意地悪く笑った。先ほどのことを持ち出すとは、随分と余裕がある。
「そうですけど。でも、俺の要求どおり、津久見さんが相手することはないでしょう?適当に仕事を入れればいい」
 ベッドに座った俊彰に近づき、ノエルは顔を見上げた。
「迷惑料として、俺を要求したのはお前だったはずだが?」
 俊彰はこんなことでは動じない。
「そうですね」
 ノエルはそのまま頭を膝に乗せた。
 こうして甘えることが出来ることに、時々罪悪感がある。執着しないと言ったはずなのに、俊彰には気を許す。矛盾に耐えられなくなることもあった。自分は確実に津久見に執着している。そして津久見もそれに気づいている。
「また悩んでるのか?だったら、仕事で男の相手をするのを止めればいいのに」
 俊彰はノエルの髪を撫でながら苦笑する。
「嫌ですよ。津久見さんも解ってるでしょ?俺にはただ同室するだけは無理です。相手を誘惑してどのみちベッドインです」
 ノエルは苦笑すると、そのまま目を閉じた。
 この話題は避けるようにしていた。堂々巡りで結論がないからだ。ノエルだって男と寝ることを、何度か辞めたいとは思っていた。それでも、もう染みついた習性を治すことは難しい。過去は、確実にノエルを苛み続ける。
 俊彰はそのまま、手を顔へと滑らせるた。
「無理しなくていいですよ」
 ノエルは思わず、その先を止めていた。
「どうした?」
 不思議そうに俊彰は訊く。
「津久見さんがそっちの趣味がなかったことは知ってます。嫌なら、嫌だと言ってください」
 そう言って目を開けると、目の前に俊彰の顔があった。思わず顔が赤くなり、ノエルは視線を逸らした。
「嫌じゃないよ。少なくとも、お前とはな」
「――っつ」
 とんでもない口説き文句に、ノエルは驚いて声がでなかった。その間に俊彰は口づけをしてくる。
「んっ」
 ノエルはそのまま舌を使っていた。ダメだと思いつつも、自分を止めることができない。
 俊彰もすぐに応えてくれる。しばらくして唇が離れた時、ノエルは本当に自分が嫌になっていた。
「ノエル?」
「最近、妙なことが続き過ぎたせいですね」
 ノエルは顔を背けていた。
「すまない」
 原因を作ったのは俊彰だ。素直に自分の非を認める。
「そんなつもりじゃ」
 謝ってほしかったわけではない。ノエルは俊彰に視線を向けた。
「傷つけたくないのに。他の事を優先したのは俺だ」
 俊彰はそのままノエルに覆いかぶさった。
「いいんです。俺が望んだことです。ごめんなさい」
 ノエルは俊彰の首に腕を回した。本当は、構ってほしかっただけだ。自分以外が大事なのではと、疑いたい気持ちがあった。やっぱりもう、執着してしまっている。
「ふふ。遠慮しないって、お互いに言ったばかりだったのにな」
 俊彰は笑うと、ノエルの上着を脱がしにかかる。
「そうですね」
 答えながらも、ノエルの罪悪感が消えることはない。好きだと、絶対に言えない相手。言ってはならない相手だ。好きなのに、気づいてしまっているから。それなのに、こうして求める自分がいる。
「また悩んでるな」
 ネクタイを引き抜いた俊彰は苦笑した。
「ええ」
 言いつつも、白状はできない。このまま告白してしまいそうで怖かった。
「――」
 俊彰は耳元でノエルの本名を囁く。
「止めてください」
 その名前で呼ばれたくないことは、俊彰がよく知っているはずだ。
「じゃあ、ノエル。いいだろ?今だけは、自分の欲望に忠実になってもさ」
 俊彰はノエルの心などお見通しなのだ。
「でも」
「それに、好きだよ」
 囁かれた言葉は嬉しいが、それは本心なのだろうか。ノエルの気持ちに気づいた、津久見なりの気遣いではないか。
「――嘘でも、嬉しいです」
 ノエルはそうとしか答えられなかった。
 俊彰は苦笑しただけで、何も言わない。何か言っても今のノエルは素直に受け取らないと解っているのだ。
 そのまま服を脱がせることを再開する。ノエルも俊彰の服に手を入れた。
 そこからは、いつものように進んでいく。
 俊彰も慣れた手つきである。初めに頼んだ時のような困惑はもうない。すぐに身体が重なっていた。



どうしてしている時は何も言わないのだろうか。
俊彰のキスを味わいながらも、ノエルは疑問に思ってしまった。口では大丈夫と言っているが、やはり嫌なのかもしれない。そう思うと、ノエルも自然と黙ってしまうのだった。
 キスをしていた唇が離れ、首筋を伝っていく。その動きに躊躇いはない。
「っつ」
 胸の突起に触れたところで、ノエルは息を呑んだ。いつもなら声を出しているが、やはり我慢してしまう。相手が声を出さないのに、自分だけ嬌声を上げるのは、ちょっとだけ恥ずかしかった。それに、そういう声を嫌っているのかもしれない。
 今日も黙ったままで終わるな。ノエルの中で少し諦めに似た感情があった。
 その間にも、俊彰は淡々と情事を進めていく。教えた通りに、ノエルのモノを軽く刺激し、そして後ろに手を伸ばす。
「んぅ」
 大好きな人の指が後孔に触れる。それだけで、ノエルから甘い鼻息が漏れた。それに、俊彰は微笑むだけだ。やはり喋らない。
「早く」
 仕方なく、催促だけは口にした。すると、もういいのかと首を傾げた俊彰だが、すでに猛ったモノを、ノエルの後孔に宛がう。
「――」
 熱い大好きな人のモノに、ノエルは思わずぎゅっと締め付けていた。



終わっても、ノエルの気分は晴れなかった。
「今日は本当に駄目みたいだな」
 少し疲れた俊彰だが、ノエルが心配になる。
「どうしてでしょうね」
 天井を見つめたまま、ノエルは呟いた。俊彰だと割り切れないせいか、もやもやとした気分が残る。
「なあ、俺と一緒に生活するか?」
 そう俊彰が切り出してきた時、ノエルは本気で驚いた。同時にとても嬉しかった。嬉しかったが、それに甘える気持ちにはまだなれずにいた。誰かと生活を共にすることは、過去を思い出される。大事にされながらも暗くドロドロした生活。あれが、怖くて怖くて仕方ない。大事だと言いながら、モノとしか思っていないあいつの影が、脳裏にちらつく。
「それは――もう少し待ってください。俺は、まだ」
 さっきの好きだという言葉が本気だと解る。でも、無理だ。ノエルはまだ、過去から逃げ切れていない。
「まあ、毎日相手はできないけどな」
 しかし、そんなことは気にした様子がなく苦笑する俊彰に、ノエルは困った顔になった。
「そんな発情期みたいに言わないでください」
「悪い」
 ノエルの苦言にも、俊彰は笑ったままだ。ああ、この人はあいつとは違う。それに少し、安心する。
「じゃあ約束を。逃げ場所がなくなったら、必ず俺のところに来いよ。それだけは、約束してくれ」
 俊彰はノエルを引き寄せた。
「だったら、今日はもう少し頑張ってくれますか?」
 ノエルは約束するならと、俊彰の身体に手を這わせた。
「それはだな」
 今度は俊彰が困る。
「嫌だとは言わせませんよ。埋め合わせでしょ?」
 ノエルが意地悪く笑うと、俊彰も笑った。
「はいはい。頑張りますよ」
「――あの」
 再び始まった男根への愛撫を受けながら、ノエルは初めて情事の最中に声をかけた。
「ん?なんだ?」
 普段は黙ったままの俊彰が訊き返した。
「その、何も言わずにするの、止めませんか?」
 ノエルが提案すると、俊彰の顔が赤くなった。おやっとノエルは首を傾げる。
「だって。恥ずかしいだろ」
 俊彰が正直に白状する。まさか嫌ではなく恥ずかしいとは。ノエルは驚いて俊彰の顔をじっと見つめてしまった。
「考えてみろよ。ここがどうとか、普通訊くか?」
 身体を一度起こして俊彰が真剣な調子で訊く。
「普通がどうかは知らないですけど、俺は黙ったままが嫌ですね」
 何だか妙な展開だが、ノエルも身体を起こして話す。ベッドの中で、しかも情事の途中で、今更こんなことを話し合うことになるとは思いもしなかった。
「ううん。でも」
「俺とのことなんですから、何で恥ずかしがるんです?」
 ノエルは思わず呆れてしまった。
「いや、そうだけどな。その、客の奴らは訊くのか?」
 少し社長としての顔を覗かせながら、俊彰が確認する。
「それはそうですよ。というか、こんな淡泊にベッドの中での出来事は終わりませんから。もっと激しくヤバい感じです」
 何をいまさらとノエルは言い切る。すると、俊彰の顔がまた赤くなった。これは免疫がないのかもしれない。
「津久見さんって、今までどんな恋愛をしてたんですか?」
 これほど恥ずかしがるとなると、今まで普通に付き合っていた女性とはどうだったのか気になってしまう。
「そうだなあ。ノエルからすると中学生と変わらないかもな」
 しみじみと俊彰が言う。
 なんだか絶望的な話になってきた。ノエルは思わず額を指で押さえる。それでよく様々なトラブルを解決しているものだ。商売と実生活は伴わないものならしい。
「じゃあ、ノエル。お前は一々要求できるのか?」
 俊彰が少しむきになって言った。
「できますよ。当然でしょ」
 ノエルは何を言い出すのかと思ってしまう。しかし、これはチャンスだと思えてきた。
「ほら、津久見さん。まずはここ」
 普段なら俊彰相手にしないことをノエルはする。俊彰の手をとって自らの前へと導いた。
「おい」
 導かれて戸惑った俊彰だが、促されるままにそこに触れた。いつものように大きな手で、それを包み込む。
「動かして」
 ノエルは俊彰の手に自分の手を重ねると、大きく動かし始めた。
「んんっ」
 ノエルが手を離しても続くようになった刺激に、素直に声を出した。すると、俊彰の顔がまた赤くなる。
「ノエル」
「いつもの俺が知りたいんですよね?」
 潤んだ瞳で見つめながら、ノエルは蠱惑的に笑った。ごくりと俊彰が唾を呑み込む。そして、そこを扱くことに集中した。ぐちゅぐちゅと、卑猥な音が部屋に響き渡った。普段とは違う激しい自慰に似た行為。それに、俊彰は目が離せなくなっている。
「ああっ」
 そして果てる瞬間、ノエルは大きく喘いだ。どぷっと、白濁が二人の手を濡らす。
「ノエル」
「次はこっちです」
 まだ当惑の残る俊彰を、ノエルは離さない。今夜はとことん付き合ってもらうつもりだ。一緒に暮らそうと言えるくらいなんだから、全部知ってもらわないと困る。
 自分の放ったもので濡れる俊彰の手を、尻へと導く。さすがにここから先の行為にはもう慣れているようで、俊彰は躊躇うことなく狭間へ指を入れた。
「んんっ」
 滑り込んできた指を味わうように、ノエルは声を出しながら腰を動かす。そしてきゅうきゅうと締め付けた。
「ノエル」
 躊躇いがまだ残る俊彰の声がする。本当に初心な恋愛しかしたことがないらしい。これは新たな発見だった。
「俊彰さんを、入れて」
 ノエルはつい下の名前で呼びかけていた。いつもの遠慮が完全に飛んでしまう。
「ノエル」
 俊彰が嬉しそうに笑うと、指を抜いてノエルの中に入ってきた。いつもより熱く滾ったモノが、一気にノエルを貫いた。
「俊彰さんっ」
「俺も、ノエルに言いたかったことがあってさ」
「んんっ」
 感じる部分を刺激しながら、俊彰が呟く。
「名前で呼んでほしかったんだ。こうして、ベッドの中にいる時くらい」
 ノエルはそんな風に思っているとは知らなかった。それもそのはず、先ほどの告白を聞くまで、嫌々やっているものだと思い込んでいたのだから。
「んっ、俊彰さん」
「本当は嫌われてるのかと思うだろ」
 まだまだ二人の間には色々な遠慮があったのだ。ノエルは苦笑してしまった。互いに勘違いしていたなんて。
「余裕だな」
 俊彰は腰を動かしながら呆れる。これだけ刺激しても、まだ笑う余裕があるなんて。
「俺の仕事、知ってるでしょ」
「まあな」
 答えると、俊彰は行為に集中した。ぐりっと、奥を突くと、激しく腰を動かした。
「んんっ、あっ」
 いつにない激しい動きに、ノエルは喘ぎが止まらなくなる。
「ノエル」
 二人同時に果てた時、いつにない幸福感があった。だからその夜、ノエルは意地になった俊彰を離さなかった。
ノエルはしっかり朝まで付き合わせてから俊彰と別れた。
「ちょっとは休めよ」
 ベッドから出る時、俊彰が気遣うように言った。
「無理ですよ。発情期なんで」
 ノエルは茶化すように答える。ちょっとだけ距離が縮まった。それが嬉しいと、素直に顔に出てしまう。もう、好きだという気持ちから逃げないでおこう。それだけは決心できた。俊彰は、彼とは違う。
「さっきは違うって言っただろ?」
「そうでしたっけ?」
 こうして気楽に冗談を言うことにも、躊躇いがなくなっていた。ノエルにとって、この夜は大きな変化の日となったのだった。
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