国立第三魔法学院魔法薬学研究科は今日も平和です(たぶん)

渋川宙

文字の大きさ
上 下
31 / 48

第31話 増田の意外な側面

しおりを挟む
 とはいえ、朝倉はやることが山のようにあるので
「君たち。あれこれ聞き出しておいてくれよ。藤城君だけでは見落としている点もあるかもしれないからね」
 そう指示を出すだけだった。



「ぐほっ。お前、他の奴がいる前でも突撃するんじゃねえよ」
 薬学科の建物を出ると、いつも通りに友葉に突撃されて、俺は唸る。しかし、友葉はそのまま俺に抱きついたまま
「あ、アンデッドが」
 と呟いた。
「えっ」
「どこに?」
 野良アンデッドという情報を得たばかりなので、俺たちはきょろきょろと周囲を窺った。しかし、学生以外にはいないように見えた。時間も遅いとあって、作業があったのだろう、ジャージ姿の動物科、つなぎ姿の工学科の連中が歩いているくらいである。
「あっちで見たのよ。もう、怖くて」
 友葉はそれでもぎゅっと俺の背中にしがみついている。幼馴染みの意外な一面の発見だ。
「お前、アンデッドが」
「い、いや。普段は大丈夫よ。で、でも、夕暮れ時よ。向こうの姿がはっきり見えないという黄昏時よ。それは、どきってするでしょ」
 俺がにやっと笑ったら、友葉は俺の背中を殴りながら言い訳をしてくれる。それに周囲は呆れていたが
「それより、問題の紬ちゃんは?」
 一人いないんじゃないかと旅人が確認する。
「ああ、それね」
 友葉は旅人に話し掛けられて、ようやく俺から身体を離した。そしてふうっと溜め息を吐くと
「さっき、増田先生の姿を見かけて、ストーキングに出掛けちゃたわ」
 やれやれと首を横に振って教えてくれる。
 が、これに薬学科の俺たちは固まった。それは最悪の結末の一歩手前ではないか。という危機感が過ぎる。
「増田先生をどこで見かけたんだ?」
「えっ? ええっと、アンデッドに会う前だから、十分前くらいにあっちで」
 友葉が指差す方向に、俺たちは慌てて走り出す。
「ちょっ・・・・・・アンデッド・・・・・・紬って・・・・・・帰るんじゃないの?」
 友葉は色んな事を訊きたくて、あれこれ混ざったことを言いつつ、俺たちの後を追い掛けてくる。
「私、朝倉先生を呼んでくる」
 と、ここで機転を利かせた佳希が、朝倉の応援を頼むと校舎の中に戻っていく。
「頼んだ」
「ど、どうしたのよ?」
「ともかく、今は紬ちゃんの安全の確保だ」
「えっ」
 慌てふためく友葉の手を掴んで、どっちに行ったか教えてくれと俺は頼む。それに友葉もようやく落ち着きを戻すと
「こっちよ」
 逆に俺の手を引っ張って走り始めた。さすがは魔法科に合格するだけあって、いざとなったら度胸が据わっている。
 キャンパス内を進み、魔法科の建物付近を通り抜け、大事故のあったグラウンドへと到着する。そのグラウンドはすでに魔法工学科によって綺麗に元通りにされた後だ。事故の痕跡はなく、普通のグラウンドが広がっている。
「さっきはここにいたんだけど」
 友葉はきょろきょろと辺りを確認する。しかし、グラウンドは夜間用の照明が点いていないせいで真っ暗に近い。
「増田先生はどの辺りに」
「あ、あそこ。真ん中付近」
 友葉が指差す場所は、すでに夕闇に包まれて見通せない。俺は目を凝らして見たが、人がいるのかいないのか判別出来なかった。それは旅人も胡桃も同じで
「いるかどうか、解んないね」
 と呟く。
「友葉。暗視の術って使えるか?」
 俺の確認に、友葉はやってみると頷くと
「忍術魔法2・暗視」
 小さく呟く。それからじっとグラウンドを見つめた。それからきょろきょろと見渡すと
「あ、あそこ」
 グラウンドの反対側を指差した。そこに増田がいるという。
「紬ちゃんは?」
「待って。ううん、あれ?」
 きょろきょろと増田の周囲を見渡すが、紬の姿を見つけることが出来ないようだ。どうしたんだろうと首を傾げる。もっとと友葉は目を凝らそうとしたが
「危ない!」
 ぴりっと空気が電気を帯びるのを察知して、俺は友葉を抱えてグラウンドに伏せた。と、同時にフラッシュのように周囲がかっと明るくなる。
「うわっ」
「きゃっ」
 反応出来なかった旅人と胡桃が悲鳴を上げる。しかし、大きな光りが放たれただけで実害はないものだったようで、二人とも落ち着いている。
「なんだ?」
 俺が顔を上げると、その前に誰かの足がぬっと現われた。
「えっ?」
 そのまま顔を上げると、なんと増田がそこに立っていた。俺を見下ろし、なんだという顔をしている。その顔がちょっと残念そうに見えたのは、どういうことだ?
「君、薬学科だな」
「えっ、はい」
 今は白衣を着ていないし、何で知っているんだと不思議に思いつつも俺が頷くと、増田はそのままくるりと背を向ける。が
「おい、何があった?」
 上空から朝倉の声がすると、増田は再び振り向いた。
(ん? なんだ?)
 その顔が何だか嬉しそうな気がする。
 俺と俺の下にいる友葉は、何だろうとそのまま窺っていると
「ああ。朝倉先生。すみません。逃げたアンデッドを追い掛けていたんですよ」
 箒から降り立った朝倉に嬉しそうに報告する。その姿は、普段ポスターや宣伝で見かけるものとはまるで違う、少年のような笑顔だ。
「ああ。野良が出たって話だったが、学院の敷地内にいたのか」
「はい」
「・・・・・・」
(俺たちを無視して和やかに話を進めるなよ。っていうか、増田の奴、朝倉と話せてめっちゃ嬉しそうなんだけど)
 俺はどうなってるんだと首を傾げるしかない。それはこの状況を見守っていた旅人や胡桃にとっても同じだ。
「そうか。じゃあ、何とかここで確保したいな」
「もちろんです」
「だが、その前に学生たちの安全を確保するのが先だ。君たち、ともかく校舎に戻りなさい」
 朝倉はそう言って俺を起こすと
「どうした?」
 不思議そうに訊いてくる。どうやら朝倉にとってこの増田の態度はいつものことのようだ。
「い、いえ」
 俺はこの場では立ち入れない、というか増田の視線が怖くて、あれこれ言いたいことを飲み込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です

カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」 数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。 ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。 「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」 「あ、そういうのいいんで」 「えっ!?」 異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ―― ――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。

大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)

たぬころまんじゅう
ファンタジー
 小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。  しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。  士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。  領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。 異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル! ☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...