国立第三魔法学院魔法薬学研究科は今日も平和です(たぶん)

渋川宙

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第28話 ゴッキーショック

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 ともかくネズミを捕獲しないことには次に進めないのだ。俺たちは覚悟を決めると、飼料庫へと向う。
「さすが、動物のサイズがでかいだけあって、飼料庫も体育館だな」
 で、行き着いた先が馬鹿でかい建物とあって、俺たちはまた圧倒されていた。草食動物は近くの牧場でもしゃもしゃ食べるからいいとして、その他の動物の餌は大量に必要なようだ。
「いや、牛も濃厚飼料とかいるから、牧草だけでいいわけじゃないぞ」
 と、ここでも植物のついでに調べたらしい佳希が、そう教えてくれる。
「へえ。それって草以外ってことか」
「ああ。トウモロコシや大豆といった、要するにハイカロリーなものだな」
「ほうほう」
 薬学を研究しているはずなのに、なぜか牛の飼育にまで詳しくなってしまう俺だ。と、感心していると近くの茂みががさごそと音を立てた。
「出たか?」
「他じゃないことを祈ろう」
「他って?」
 佳希の言葉に何が出るんだよと思っていたら
「きゃあああ!」
 胡桃の悲鳴が聞こえた。見ると巨大なゴから始まる茶色の虫が飛んでいる。でかさは軽く一メートルあった。
「出たな、ゴキブリ」
「言うなよ。隕石衝突前からの嫌われ者だぞ。魔法を得て巨大化するわ、ビルを破壊できるようになるわで、特定危険生物に指定されてるんだぞ!」
 嫌われ者を前にしても平然としている佳希に俺はツッコミを入れつつ、素早く基礎防御魔法を発動する。と、すぐにどすんっと衝撃があり、パリンと音を立てて基礎防御魔法が破られる。
「うそっ」
「ゴッキーにその魔法は無駄だ。ちょっと注意を引いてくれ」
 朝倉がそう言って槍を放り投げると、白衣から杖を取り出した。あれは本気の魔法を発動する気だ。というのも、やはり人間はイメージに引っ張られるので、杖を使うと大きな魔法を使えるのである。箒で飛ぶのも同じ理由だ。
「って、注意を引けって、ぎゃああああ」
 俺と佳希、それに旅人の三人は迫り来るゴキブリから逃げる羽目になる。バタバタと煩いほどの羽音が耳元で聞こえ、ぞわぞわっと寒気が走る。
「いやあああ。さすがにゴキはいやああああ」
 旅人は大絶叫だ。蛙を捕まえることに付き合った猛者も、この相手を前にしては勇気を奮うことも出来ない。
「ゴキブリって色んな呼び方をされるよなあ」
 が、その蛙を捕獲した佳希は、馬鹿でかいゴキブリを前にしても大丈夫なのか、呑気なことを言っている。
「そんなのどうでもいいんだよ。逃げることに集中してくれ」
 あいつに捕まったら背骨が折れるぞと俺は注意する。そう、ビルを破壊するほどの相手だ。ぶつかったらただでは済まない。車社会だった頃の交通事故と変わらない危険さだ。
「みんな、伏せろ!」
 と、そこに朝倉の注意が飛ぶ。俺たちがずざざっと草が生い茂る地面にスライディングすると
「火炎式魔法3・爆撃火炎!」
 朝倉のかけ声と共に、熱風を伴った爆風が吹き荒れる。炎はゴキブリにぶち当たり、そしてそのまま丸焦げにしてしまった。
「おおっ」
「凄え」
「国家魔法師みたいじゃん」
 三人は伏せたままぱちぱちと拍手を送る。それに朝倉はやれやれと溜め息を吐きつつ
「俺、国家魔法師だけど」
 と平然と言ってくれた。
「えっ?」
「嘘」
「だって、魔法薬学の権威なんだろ」
 俺たちが口々にツッコミを入れると
「嘘じゃないって、ほら」
 白衣のポケットから無造作に国家魔法師の記章を取り出してくれる。
(み、みんなの憧れを何だと思ってるんだ、この男)
 俺は唖然としてしまうが、それは横にいる二人も同じだ。
 とはいえ、かなりの頻度で箒でふよふよと移動していることを考えれば、この男がそのくらいの実力を持っていると気づけたはずだ。
 箒で飛ぶというのも、実はかなり高度な魔法である。大抵は箒に魔法を掛ける事が出来ず、虚しい結果に終わるものだ。
「だって、魔法薬学の方が面白かったから。一応は国家魔法師の仕事もしてるけど、増田先生に半分以上押しつけている。まあ、だから今回の件も、積極的に関わっているわけだよ」
 朝倉はやれやれと言いつつ、ついできょろきょろと辺りを見渡す。と、ひっくり返っている胡桃を発見した。
「こりゃあ、医務室だな。田中先生、お願いします」
「はいはい」
 さっさと隠れていた田中に、気絶する胡桃を託す。田中はひょいっと米袋のように胡桃を担ぎ上げると、てくてくと平然とした足取りで医務室に向って行く。
「華奢そうなのに」
「さすがは動物科」
 俺と旅人は衝撃が連続して、呆然と呟くしかない。
「さて、あんな大物はもういないだろう。っていうか、誰だ。ゴッキーをここまで逃がした奴は。後で調べておかないとな。始末書を書かせないと、俺が代筆する羽目になる。と、それはいいからネズミを捕まえるぞ」
 そんな俺たちを無視して、朝倉はさっさとネズミの捕獲に向うのだった。


「まさか国家魔法師だったとはな」
「なるほど。ますます増田先生は朝倉先生に弱みは見せられないはずだよねえ。今までも自分で倒して薬学科に相談しなかったのも、ライバル意識があるからか」
 夕方。無事にゴキブリショックから立ち直った胡桃は、朝倉の勇姿を聞いて、ふむふむと納得していた。当初の疑問の答えは、朝倉が国家魔法師だから、下手に殺しているなんて言えなかったというものに落ち着いたわけだ。
「ってことは、朝倉先生。魔法科出た後に魔法薬学の研究のために魔法学院に入ったのか」
「なかなかないパターンだよなあ。天才のやることは解らん」
「いやいや。さすがは朝倉先生だ。素晴らしい」
 呆れる俺と旅人とは違い、ますます尊敬の念を深くする佳希だ。くそっ、このおっぱい変人の心を鷲掴みとは、増田に惚れる紬以上に謎だ。
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