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第25話 ハマる快感
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「っていうか、朝倉の奴、返り討ちにしてること黙ってやがったんだな。今まで自力で解決していたんじゃないか」
明日から複数の組み合わせの薬を作ることで会議がお開きになった後、俺は思わずそう怒鳴ってしまう。
「ううん。もしくは、朝倉先生は騙されたのかも」
しかし、胡桃がそう言い出したので、俺はえ? と訊き返してしまう。
「なんで?」
「だって、朝倉先生って増田先生の次にこの魔法学院で有名人だもん。朝倉先生に返り討ちにしてましたって言いにくかったんじゃないの? いくら緊急事態とはいえ、ストーカーを容赦なく殺していたなんて、ゴシップでしかないんだし」
胡桃は噂としてぶわっと広がっちゃうじゃんというが、俺は納得出来なかった。
「すでに須藤のせいで広まってるじゃねえか」
「ううん、そうか。一年にバレバレだもんね」
「だろ。でも、朝倉は騙されそうだよなあ」
あっさり回復薬一ダース奪われたみたいだしと、先生たちの関係が解らなくなる俺だ。二人の間に何かあるのか。
「怪しいな」
旅人も何かありそうだとにやにや笑っている。こいつも腹黒さは人のことを言えないタイプらしい。
「まあ、どうでもいいじゃないか。どのみち、紬って子を救うためには惚れ薬が必要ってことだろ」
が、この無駄な議論は佳希の一言で打ち切られてしまった。
確かに、今回の薬、増田を守るためというよりストーカーたちの命を守るために作ると言っていい。
「はあ。惚れ薬がどんどん夢のないものになっていくな」
おかげで、俺はそう呟くしかないのだった。
翌日。俺たちは実験室で様々な植物を刻む作業に没頭していた。何が何やら解らなくなってきた惚れ薬作りだが、こうやって実際に薬草を扱うのは楽しい。
「何だろう。ハマるよな」
「なっ」
逃げるシキミの種子を押さえつけてぶすっと包丁を突き刺す。これが予想以上にストレス解消になるのだ。俺と佳希は危ない笑みを浮かべてしまう。それからぱらぱらと中の実を取り出し、ミキサーに放り込む。
その隣では胡桃と旅人が延々とハマナタマメの種取りをしている。枝豆みたいな心地よさがあるのか、こちらも黙々とやっていた。
この二つは色々な組み合わせに使えるとあって、多めに用意することになっている。おかげで二時間もこの作業を続けていた。
「よしよし。一年諸君は優秀だな」
須藤は着々と作業が終わるのに満足し、次にこれを頼むと、俺たちの前にぱくぱくと口を動かすハエトリソウの鉢植えをどんっと置く。全部で十個あった。それのどれもがぱくぱくと口を動かすのだから、見ていると気分が悪くなってくる図である。
隕石衝突前は蠅を捕まえるまで動かなかったというのが嘘だと思えるほど、ぱくぱく忙しなく口を動かす。たまに首を伸すように茎を伸してくる。
「えっと、これは」
「ぱくぱくしているところを毟って、すり潰してくれ。そこにすり鉢があるからな」
須藤はこれも楽しいぞと、俺たちをS認定して命じてくれる。俺はうえっという顔をしたが、佳希は嬉しそうだ。
「こんなに沢山、使っていいんですか」
「ああ。朝倉先生がうっかり育てすぎたから、どれだけ使ってもいいらしい」
「いや、うっかりの使い所がおかしくないっすか」
俺は何やってんだよ、あのオッサンと心の中でツッコむ。
「で、こっちの二人組はこれな」
横でマメ剥きに専念していた二人の前には、ででんっと小人の帽子というサボテンの一種が置かれる。これは白い綿のような棘がついたサボテンだが、小さなものが群生しているのだ。
「ピンセットで一個ずつ毟って、ここに入れてくれ。中にはこいつらを目覚めさせる薬が入っているから、手に付かないように注意な」
そう言って須藤が、梅酒を作るような瓶をどんっと置いた。その中には茶色い液体が半分くらい入っている。
「これに漬けると、この草が反応するんですか?」
旅人が興味津々に蓋を開けて嗅いで、うげっという顔をする。強烈な刺激臭が、俺のところまで香ってきた。
「手に付けるなって言ってるんだから、危ないに決まっているだろう。魔法酢酸《まほうさくさん》だ」
須藤がくくっと笑って教えてくれる。絶対にやると思ってたなと、俺と佳希、それに胡桃はドン引きだった。どうにも須藤は学生で遊ぶところがある。罰として激マズ薬草茶を飲ませるのもその一つだ。
「魔法酢酸?」
と、それよりも、聞き慣れない名前に俺が質問する。すると須藤がいい質問だと俺を指差す。それって褒めている態度か。
「試薬としてもよく使うものだから、覚えておけ。魔法酢酸はこの小人の帽子のような植物の成分の単離、また薬の合成を促すことにも使われる。他にも酢としての要素もあり、防腐処理に使うこともある」
「へえ。でも、臭いは強烈なんですね」
「まあな。あと、手に付くと肌荒れを起こすから注意しろよ」
「はあ」
よく使うけれども危ない薬品か。俺はしげしげと瓶の中にある魔法酢酸を見てしまう。これから何度もお目に掛かることだろう。と、無視するなとばかりにハエトリソウが噛みついてくる。
「危ねえな。こいつ」
ぎゅっと茎を掴むと
「ぶぎゅっ」
と変な声がした。
(鳴くのかよ、こいつ。ますますキモいな)
俺がそれをぶちっとちぎると、
「ぎゃああああっ」
と断末魔の悲鳴を上げてくれる。
(ますますキモっ。まあ、悲鳴は口が小さいおかげで、そんなに煩くないけど)
「さ、さっさとやってくれ。まだまだやるべき行程は沢山あるぞ」
須藤は呆れる俺の肩をぽんぽんっと叩くと、頼んだぞと処理が終わったシキミとハマナタマメを抱えて出て行った。入れ替わりに遠藤が実験室に入ってくる。
明日から複数の組み合わせの薬を作ることで会議がお開きになった後、俺は思わずそう怒鳴ってしまう。
「ううん。もしくは、朝倉先生は騙されたのかも」
しかし、胡桃がそう言い出したので、俺はえ? と訊き返してしまう。
「なんで?」
「だって、朝倉先生って増田先生の次にこの魔法学院で有名人だもん。朝倉先生に返り討ちにしてましたって言いにくかったんじゃないの? いくら緊急事態とはいえ、ストーカーを容赦なく殺していたなんて、ゴシップでしかないんだし」
胡桃は噂としてぶわっと広がっちゃうじゃんというが、俺は納得出来なかった。
「すでに須藤のせいで広まってるじゃねえか」
「ううん、そうか。一年にバレバレだもんね」
「だろ。でも、朝倉は騙されそうだよなあ」
あっさり回復薬一ダース奪われたみたいだしと、先生たちの関係が解らなくなる俺だ。二人の間に何かあるのか。
「怪しいな」
旅人も何かありそうだとにやにや笑っている。こいつも腹黒さは人のことを言えないタイプらしい。
「まあ、どうでもいいじゃないか。どのみち、紬って子を救うためには惚れ薬が必要ってことだろ」
が、この無駄な議論は佳希の一言で打ち切られてしまった。
確かに、今回の薬、増田を守るためというよりストーカーたちの命を守るために作ると言っていい。
「はあ。惚れ薬がどんどん夢のないものになっていくな」
おかげで、俺はそう呟くしかないのだった。
翌日。俺たちは実験室で様々な植物を刻む作業に没頭していた。何が何やら解らなくなってきた惚れ薬作りだが、こうやって実際に薬草を扱うのは楽しい。
「何だろう。ハマるよな」
「なっ」
逃げるシキミの種子を押さえつけてぶすっと包丁を突き刺す。これが予想以上にストレス解消になるのだ。俺と佳希は危ない笑みを浮かべてしまう。それからぱらぱらと中の実を取り出し、ミキサーに放り込む。
その隣では胡桃と旅人が延々とハマナタマメの種取りをしている。枝豆みたいな心地よさがあるのか、こちらも黙々とやっていた。
この二つは色々な組み合わせに使えるとあって、多めに用意することになっている。おかげで二時間もこの作業を続けていた。
「よしよし。一年諸君は優秀だな」
須藤は着々と作業が終わるのに満足し、次にこれを頼むと、俺たちの前にぱくぱくと口を動かすハエトリソウの鉢植えをどんっと置く。全部で十個あった。それのどれもがぱくぱくと口を動かすのだから、見ていると気分が悪くなってくる図である。
隕石衝突前は蠅を捕まえるまで動かなかったというのが嘘だと思えるほど、ぱくぱく忙しなく口を動かす。たまに首を伸すように茎を伸してくる。
「えっと、これは」
「ぱくぱくしているところを毟って、すり潰してくれ。そこにすり鉢があるからな」
須藤はこれも楽しいぞと、俺たちをS認定して命じてくれる。俺はうえっという顔をしたが、佳希は嬉しそうだ。
「こんなに沢山、使っていいんですか」
「ああ。朝倉先生がうっかり育てすぎたから、どれだけ使ってもいいらしい」
「いや、うっかりの使い所がおかしくないっすか」
俺は何やってんだよ、あのオッサンと心の中でツッコむ。
「で、こっちの二人組はこれな」
横でマメ剥きに専念していた二人の前には、ででんっと小人の帽子というサボテンの一種が置かれる。これは白い綿のような棘がついたサボテンだが、小さなものが群生しているのだ。
「ピンセットで一個ずつ毟って、ここに入れてくれ。中にはこいつらを目覚めさせる薬が入っているから、手に付かないように注意な」
そう言って須藤が、梅酒を作るような瓶をどんっと置いた。その中には茶色い液体が半分くらい入っている。
「これに漬けると、この草が反応するんですか?」
旅人が興味津々に蓋を開けて嗅いで、うげっという顔をする。強烈な刺激臭が、俺のところまで香ってきた。
「手に付けるなって言ってるんだから、危ないに決まっているだろう。魔法酢酸《まほうさくさん》だ」
須藤がくくっと笑って教えてくれる。絶対にやると思ってたなと、俺と佳希、それに胡桃はドン引きだった。どうにも須藤は学生で遊ぶところがある。罰として激マズ薬草茶を飲ませるのもその一つだ。
「魔法酢酸?」
と、それよりも、聞き慣れない名前に俺が質問する。すると須藤がいい質問だと俺を指差す。それって褒めている態度か。
「試薬としてもよく使うものだから、覚えておけ。魔法酢酸はこの小人の帽子のような植物の成分の単離、また薬の合成を促すことにも使われる。他にも酢としての要素もあり、防腐処理に使うこともある」
「へえ。でも、臭いは強烈なんですね」
「まあな。あと、手に付くと肌荒れを起こすから注意しろよ」
「はあ」
よく使うけれども危ない薬品か。俺はしげしげと瓶の中にある魔法酢酸を見てしまう。これから何度もお目に掛かることだろう。と、無視するなとばかりにハエトリソウが噛みついてくる。
「危ねえな。こいつ」
ぎゅっと茎を掴むと
「ぶぎゅっ」
と変な声がした。
(鳴くのかよ、こいつ。ますますキモいな)
俺がそれをぶちっとちぎると、
「ぎゃああああっ」
と断末魔の悲鳴を上げてくれる。
(ますますキモっ。まあ、悲鳴は口が小さいおかげで、そんなに煩くないけど)
「さ、さっさとやってくれ。まだまだやるべき行程は沢山あるぞ」
須藤は呆れる俺の肩をぽんぽんっと叩くと、頼んだぞと処理が終わったシキミとハマナタマメを抱えて出て行った。入れ替わりに遠藤が実験室に入ってくる。
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