国立第三魔法学院魔法薬学研究科は今日も平和です(たぶん)

渋川宙

文字の大きさ
上 下
25 / 48

第25話 ハマる快感

しおりを挟む
「っていうか、朝倉の奴、返り討ちにしてること黙ってやがったんだな。今まで自力で解決していたんじゃないか」
 明日から複数の組み合わせの薬を作ることで会議がお開きになった後、俺は思わずそう怒鳴ってしまう。
「ううん。もしくは、朝倉先生は騙されたのかも」
 しかし、胡桃がそう言い出したので、俺はえ? と訊き返してしまう。
「なんで?」
「だって、朝倉先生って増田先生の次にこの魔法学院で有名人だもん。朝倉先生に返り討ちにしてましたって言いにくかったんじゃないの? いくら緊急事態とはいえ、ストーカーを容赦なく殺していたなんて、ゴシップでしかないんだし」
 胡桃は噂としてぶわっと広がっちゃうじゃんというが、俺は納得出来なかった。
「すでに須藤のせいで広まってるじゃねえか」
「ううん、そうか。一年にバレバレだもんね」
「だろ。でも、朝倉は騙されそうだよなあ」
 あっさり回復薬一ダース奪われたみたいだしと、先生たちの関係が解らなくなる俺だ。二人の間に何かあるのか。
「怪しいな」
 旅人も何かありそうだとにやにや笑っている。こいつも腹黒さは人のことを言えないタイプらしい。
「まあ、どうでもいいじゃないか。どのみち、紬って子を救うためには惚れ薬が必要ってことだろ」
 が、この無駄な議論は佳希の一言で打ち切られてしまった。
 確かに、今回の薬、増田を守るためというよりストーカーたちの命を守るために作ると言っていい。
「はあ。惚れ薬がどんどん夢のないものになっていくな」
 おかげで、俺はそう呟くしかないのだった。


 翌日。俺たちは実験室で様々な植物を刻む作業に没頭していた。何が何やら解らなくなってきた惚れ薬作りだが、こうやって実際に薬草を扱うのは楽しい。
「何だろう。ハマるよな」
「なっ」
 逃げるシキミの種子を押さえつけてぶすっと包丁を突き刺す。これが予想以上にストレス解消になるのだ。俺と佳希は危ない笑みを浮かべてしまう。それからぱらぱらと中の実を取り出し、ミキサーに放り込む。
 その隣では胡桃と旅人が延々とハマナタマメの種取りをしている。枝豆みたいな心地よさがあるのか、こちらも黙々とやっていた。
 この二つは色々な組み合わせに使えるとあって、多めに用意することになっている。おかげで二時間もこの作業を続けていた。
「よしよし。一年諸君は優秀だな」
 須藤は着々と作業が終わるのに満足し、次にこれを頼むと、俺たちの前にぱくぱくと口を動かすハエトリソウの鉢植えをどんっと置く。全部で十個あった。それのどれもがぱくぱくと口を動かすのだから、見ていると気分が悪くなってくる図である。
 隕石衝突前は蠅を捕まえるまで動かなかったというのが嘘だと思えるほど、ぱくぱく忙しなく口を動かす。たまに首を伸すように茎を伸してくる。
「えっと、これは」
「ぱくぱくしているところを毟って、すり潰してくれ。そこにすり鉢があるからな」
 須藤はこれも楽しいぞと、俺たちをS認定して命じてくれる。俺はうえっという顔をしたが、佳希は嬉しそうだ。
「こんなに沢山、使っていいんですか」
「ああ。朝倉先生がうっかり育てすぎたから、どれだけ使ってもいいらしい」
「いや、うっかりの使い所がおかしくないっすか」
 俺は何やってんだよ、あのオッサンと心の中でツッコむ。
「で、こっちの二人組はこれな」
 横でマメ剥きに専念していた二人の前には、ででんっと小人の帽子というサボテンの一種が置かれる。これは白い綿のような棘がついたサボテンだが、小さなものが群生しているのだ。
「ピンセットで一個ずつ毟って、ここに入れてくれ。中にはこいつらを目覚めさせる薬が入っているから、手に付かないように注意な」
 そう言って須藤が、梅酒を作るような瓶をどんっと置いた。その中には茶色い液体が半分くらい入っている。
「これに漬けると、この草が反応するんですか?」
 旅人が興味津々に蓋を開けて嗅いで、うげっという顔をする。強烈な刺激臭が、俺のところまで香ってきた。
「手に付けるなって言ってるんだから、危ないに決まっているだろう。魔法酢酸《まほうさくさん》だ」
 須藤がくくっと笑って教えてくれる。絶対にやると思ってたなと、俺と佳希、それに胡桃はドン引きだった。どうにも須藤は学生で遊ぶところがある。罰として激マズ薬草茶を飲ませるのもその一つだ。
「魔法酢酸?」
 と、それよりも、聞き慣れない名前に俺が質問する。すると須藤がいい質問だと俺を指差す。それって褒めている態度か。
「試薬としてもよく使うものだから、覚えておけ。魔法酢酸はこの小人の帽子のような植物の成分の単離、また薬の合成を促すことにも使われる。他にも酢としての要素もあり、防腐処理に使うこともある」
「へえ。でも、臭いは強烈なんですね」
「まあな。あと、手に付くと肌荒れを起こすから注意しろよ」
「はあ」
 よく使うけれども危ない薬品か。俺はしげしげと瓶の中にある魔法酢酸を見てしまう。これから何度もお目に掛かることだろう。と、無視するなとばかりにハエトリソウが噛みついてくる。
「危ねえな。こいつ」
 ぎゅっと茎を掴むと
「ぶぎゅっ」
 と変な声がした。
(鳴くのかよ、こいつ。ますますキモいな)
 俺がそれをぶちっとちぎると、
「ぎゃああああっ」
 と断末魔の悲鳴を上げてくれる。
(ますますキモっ。まあ、悲鳴は口が小さいおかげで、そんなに煩くないけど)
「さ、さっさとやってくれ。まだまだやるべき行程は沢山あるぞ」
 須藤は呆れる俺の肩をぽんぽんっと叩くと、頼んだぞと処理が終わったシキミとハマナタマメを抱えて出て行った。入れ替わりに遠藤が実験室に入ってくる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

シェイドシフト〜滅びかけた世界で暗躍する〜

フライハイト
ファンタジー
ある日地球に《神裁の日》が訪れる。 日本の政府が運営する研究所ではとある物質の研究がなされていた。 だがある日その物質はとある理由で暴走し地球を飲み込んでしまう。 何故、暴走したのか?その裏には《究明機関》という物質を悪用しようとする組織の企みがあったからだった。 神裁の日、組織の連中は研究所から研究データを盗もうとするがミスを犯してしまった。 物質に飲み込まれた地球は急な環境変化で滅びの一途を辿ったと思われたが、 人類、そして他の生物たちは適応し逆にその物質を利用して生活をするようになった。 だが、その裏ではまだ《究明機関》は存在し闇で動いている。 そんな中、その研究所で研究者をやっていた主人公は神判の日に死んだと思われたが生と死の狭間で神近しい存在《真理》に引き止められ《究明機関》を壊滅させるため神裁の日から千年経過した地球に転生し闇から《究明機関》を壊滅させるため戦う。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です

カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」 数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。 ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。 「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」 「あ、そういうのいいんで」 「えっ!?」 異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ―― ――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。

大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)

たぬころまんじゅう
ファンタジー
 小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。  しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。  士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。  領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。 異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル! ☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆

処理中です...