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第22話 魔法があっても難しい
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ともかく、モテて困る増田を救出するためにも、一時的に他に興味が移るような薬が欲しい。これが今回作り出す惚れ薬のゴール地点となった。
「とはいっても簡単ではない。幻覚作用を短期的なものにしつつ、上手く他に誘導するとなると、薬だけでは無理だからな」
朝倉はそう言いながら大狼を見る。この時、医学科の力が必要だと言いたいらしい。
「なるほど。すり替えを行うわけですね」
で、大狼は言いたいことが解ったようで、うんうんと頷いている。さすがは医学科のエースだ。
「そう。すり替えだね。今、増田先生に夢中の状態の少女だが、他の誰か、もしくは物へと興味をシフトさせる。このすり替えるものは、増田と同じくらいに魅力的である方が簡単なわけだが、そこは薬で補ってあげればいい。それを考えると幻覚作用だけではなく、酩酊感を覚えるものがいいだろう。要するにうっとりした状態だね」
朝倉は板書として幻覚作用+酩酊感と書く。
なるほど、薬の成分として必要なのはこの二つ。惚れるというのを擬似的に作り出すわけだから、実際に惚れる成分というのはなくてもいいわけだ。
「いや、惚れる成分はないか」
惚れ薬というと、そういう成分があるものと思ってしまうが、そういうものは必要ないのだと改めて気づく。
「そう。惚れるという成分はないね。そもそも、人間が誰かを好きになるメカニズムなんて、はっきりとは解らないものだ」
朝倉は人間の脳みそは魔法が発達した現代でも難しいよと、そう言って大狼を見る。それは医学的に見ても同じようで、うんうんと大きく頷いていた。
「他の生物や動物には隕石によって大きな変容が起こったが、人間は魔法が使えるようになった程度だ。しかもこれは遺伝子の変異であるという説明こそ出来るものの、どうして個人差が大きいのかという説明は不可能なんだよ。つまり、そのくらい人間は魔力の影響を受けにくいということだな」
そしてそう説明を付け加えてくれる。
「つまり、脳みそに直接魔法を掛けて惚れさせるのも無理ってことか」
なるほど、それで魔法科なのに薬学科を頼ってきたのかと、今更な部分に気づく俺だ。魔法を持ってしても、誰かを好きにさせることは出来ないと。
「隷従という魔法は存在するが、それだって掛かる相手と掛からない相手がいる。相手が拒絶の意思を示せば、簡単に跳ね返せることも知られているな。だから、最も掛けやすいのはアンデッドと言われている。奴らは使役する魔法使いによって隷従の魔法を掛けられ、隷属することになるんだ」
すらすらと説明する大狼に、遠藤が素晴らしいと拍手を送っている。
(くう。勉強も出来るぜってアピールか。素直に悔しい)
俺はぎりぎりと持っていたボールペンを握り締める。
「でも、幻覚作用と酩酊感って、どっちも危ないですよね」
と、そこに胡桃が足し合わせると副作用が出るんじゃないですかと質問をする。
「ああ。普通に考えると作用を強め合って、抜け出せなくなる可能性がある。そこは魔法の見せ所だな」
それに答えたのは須藤だ。その分野を研究しているのか、自信満々という顔をしている。それにおっかなさを感じたのは俺だけではない。
「危ねえ。隷従の魔法とかいうのより危険な気がする」
旅人が魔法と比較して震え上がっている。
「須藤先生は解毒魔法が得意だからねえ」
しかし、そんな危険性は呑気な塩崎の言葉であっさり覆る。
「えっ」
「解毒」
「なんだ、お前ら。私が毒物を悪用すると思っているのか。まあ、その通りだけどな」
「えっ?」
そこ、否定してくれるんじゃないんですか。すると朝倉がやれやれと首を振り
「解毒が得意ということは、それだけ毒物を知っているということだよ」
と教えてくれる。
やっぱ危ねえ。
「まあ、何にせよ、強く出来すぎた作用を中和することは、須藤先生に任せれば大丈夫だ。とはいえ、一時的な作用でいいし、長続きするのは薬を使われた人にとっもよろしくない。そのさじ加減が難しい」
塩崎が簡単にはできそうにないですねと、混沌とする教室を見ながら呟く。
「ええ。ともかく、酩酊感は最小限にすべきでしょうね。それですり替えが上手くいけばいいんですけど」
朝倉の呟きを最後に、今日の会議はお開きとなるのだった。
「やっほ」
「うげっ」
薬学科の建物を出たところで、どすんと背中に衝撃を感じた。一体どこに隠れていたのか、友葉がいつも通りぶつかってきたのだ。
「どう? 何とかなりそう?」
しかし、俺が文句を言う前に、友葉は俺を見上げてそう確認してくる。その顔は、可愛いんだよな、くそっ。
「先生たちが協力してくれることになったよ。増田先生は前から似たようなことに悩んでいたとかで、今回、ちゃんと対処出来るようにしようってなったんだって」
「へえ。やっぱり過去にも同じ感じになる人はいたのか」
友葉はやれやれという顔をした。
(ん? ということは、友葉は増田には惚れていないのか?)
これは新たな発見だ。てっきり増田に好感を持っているのかと思っていたのに。
「いや、無理だわ。魔法科に入ったから余計にそう感じるのかもしれないけど、あの自信満々具合が無理」
で、その友葉からはますます意外なことが聞けることになった。
「まあ、自信満々ではあるだろうけど」
世界一位だからなと、俺は増田を擁護しつつも、ちょっと安心して笑ってしまう。
「もう、笑い事じゃないんだから。魔法科だと多いんだよね。エリート意識が強いっていうか、はあ。ともかく、無理」
友葉は俺の脇腹を思い切りど突きながら、マジで無理と何度も言ってくれる。
この間も揉めていたが、どうやら友葉にはエリート意識が馴染めないらしい。
「とはいっても簡単ではない。幻覚作用を短期的なものにしつつ、上手く他に誘導するとなると、薬だけでは無理だからな」
朝倉はそう言いながら大狼を見る。この時、医学科の力が必要だと言いたいらしい。
「なるほど。すり替えを行うわけですね」
で、大狼は言いたいことが解ったようで、うんうんと頷いている。さすがは医学科のエースだ。
「そう。すり替えだね。今、増田先生に夢中の状態の少女だが、他の誰か、もしくは物へと興味をシフトさせる。このすり替えるものは、増田と同じくらいに魅力的である方が簡単なわけだが、そこは薬で補ってあげればいい。それを考えると幻覚作用だけではなく、酩酊感を覚えるものがいいだろう。要するにうっとりした状態だね」
朝倉は板書として幻覚作用+酩酊感と書く。
なるほど、薬の成分として必要なのはこの二つ。惚れるというのを擬似的に作り出すわけだから、実際に惚れる成分というのはなくてもいいわけだ。
「いや、惚れる成分はないか」
惚れ薬というと、そういう成分があるものと思ってしまうが、そういうものは必要ないのだと改めて気づく。
「そう。惚れるという成分はないね。そもそも、人間が誰かを好きになるメカニズムなんて、はっきりとは解らないものだ」
朝倉は人間の脳みそは魔法が発達した現代でも難しいよと、そう言って大狼を見る。それは医学的に見ても同じようで、うんうんと大きく頷いていた。
「他の生物や動物には隕石によって大きな変容が起こったが、人間は魔法が使えるようになった程度だ。しかもこれは遺伝子の変異であるという説明こそ出来るものの、どうして個人差が大きいのかという説明は不可能なんだよ。つまり、そのくらい人間は魔力の影響を受けにくいということだな」
そしてそう説明を付け加えてくれる。
「つまり、脳みそに直接魔法を掛けて惚れさせるのも無理ってことか」
なるほど、それで魔法科なのに薬学科を頼ってきたのかと、今更な部分に気づく俺だ。魔法を持ってしても、誰かを好きにさせることは出来ないと。
「隷従という魔法は存在するが、それだって掛かる相手と掛からない相手がいる。相手が拒絶の意思を示せば、簡単に跳ね返せることも知られているな。だから、最も掛けやすいのはアンデッドと言われている。奴らは使役する魔法使いによって隷従の魔法を掛けられ、隷属することになるんだ」
すらすらと説明する大狼に、遠藤が素晴らしいと拍手を送っている。
(くう。勉強も出来るぜってアピールか。素直に悔しい)
俺はぎりぎりと持っていたボールペンを握り締める。
「でも、幻覚作用と酩酊感って、どっちも危ないですよね」
と、そこに胡桃が足し合わせると副作用が出るんじゃないですかと質問をする。
「ああ。普通に考えると作用を強め合って、抜け出せなくなる可能性がある。そこは魔法の見せ所だな」
それに答えたのは須藤だ。その分野を研究しているのか、自信満々という顔をしている。それにおっかなさを感じたのは俺だけではない。
「危ねえ。隷従の魔法とかいうのより危険な気がする」
旅人が魔法と比較して震え上がっている。
「須藤先生は解毒魔法が得意だからねえ」
しかし、そんな危険性は呑気な塩崎の言葉であっさり覆る。
「えっ」
「解毒」
「なんだ、お前ら。私が毒物を悪用すると思っているのか。まあ、その通りだけどな」
「えっ?」
そこ、否定してくれるんじゃないんですか。すると朝倉がやれやれと首を振り
「解毒が得意ということは、それだけ毒物を知っているということだよ」
と教えてくれる。
やっぱ危ねえ。
「まあ、何にせよ、強く出来すぎた作用を中和することは、須藤先生に任せれば大丈夫だ。とはいえ、一時的な作用でいいし、長続きするのは薬を使われた人にとっもよろしくない。そのさじ加減が難しい」
塩崎が簡単にはできそうにないですねと、混沌とする教室を見ながら呟く。
「ええ。ともかく、酩酊感は最小限にすべきでしょうね。それですり替えが上手くいけばいいんですけど」
朝倉の呟きを最後に、今日の会議はお開きとなるのだった。
「やっほ」
「うげっ」
薬学科の建物を出たところで、どすんと背中に衝撃を感じた。一体どこに隠れていたのか、友葉がいつも通りぶつかってきたのだ。
「どう? 何とかなりそう?」
しかし、俺が文句を言う前に、友葉は俺を見上げてそう確認してくる。その顔は、可愛いんだよな、くそっ。
「先生たちが協力してくれることになったよ。増田先生は前から似たようなことに悩んでいたとかで、今回、ちゃんと対処出来るようにしようってなったんだって」
「へえ。やっぱり過去にも同じ感じになる人はいたのか」
友葉はやれやれという顔をした。
(ん? ということは、友葉は増田には惚れていないのか?)
これは新たな発見だ。てっきり増田に好感を持っているのかと思っていたのに。
「いや、無理だわ。魔法科に入ったから余計にそう感じるのかもしれないけど、あの自信満々具合が無理」
で、その友葉からはますます意外なことが聞けることになった。
「まあ、自信満々ではあるだろうけど」
世界一位だからなと、俺は増田を擁護しつつも、ちょっと安心して笑ってしまう。
「もう、笑い事じゃないんだから。魔法科だと多いんだよね。エリート意識が強いっていうか、はあ。ともかく、無理」
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