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第16話 何でも薬になるもんだ
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「天日干しするやつはこの網に載っけて」
ある程度の分類が終わると、遠藤がやって来て、天日干し用の網を並べていく。
「魔法で乾燥させるんじゃないんですね」
俺は魔法でも乾燥させられるよなと思って訊ねると
「魔法を使うと植物の成分を変化させちゃうことがあるからね。それに、仕上げに魔法を掛けるときにもややこしくなるから、天日干しが一番よ」
遠藤がにこっと笑って教えてくれる。須藤と違って刺激的ではない、可愛い笑顔には癒やされる。
「これって干しますか?」
と、そこに問題の佳希がやって来た。その手には、植物ではなくデカい蛙があった。クッションのように抱えているが、黒っぽいそれはどう見てもエグい。
「うえっ」
俺が驚いて顔を顰める。旅人はアレを捕獲するのに付き合わされたのだろう、遠い目だ。
「おおっ! さすがは市村さん。強心作用のある肉食ヒキガエルじゃないの。しかもかなりの大型」
しかし、薬学科で助教を務めるだけあって、遠藤はそれにテンションが上がっている。よほど貴重なものらしい。
「っていうか、蛙も薬になるんだ」
その事実にビックリしてしまう俺だが
「動物由来の薬も多いのよ。特に魔法成分を含むようになってから、昔は民間薬レベルだったものも、しっかり薬に使えるようになっているからね。さらに、新しい魔法生物からも色々と薬が作られていて、有名なのはペガサスの角ね」
にこっと笑って肉食ヒキガエルを受け取った遠藤に、俺は今回ばかりは癒やされない。
「さ、左様でございますか」
そう返事をして、そっと網を持ってその場を離れたのだった。
翌日もまた、採取してきた薬草との格闘だった。なんでも薬学科の授業はこういう突発的な事態でカリキュラムの変更はよくあることらしく、先輩たちも慣れた様子で集まってくる。
「実戦経験にもなるからな。いいんだよ。こういう授業も」
昨日は会話する機会のなかった四年の江川天が、手を動かしながら俺に説明してくれる。
「その割には先輩、なんか疲れてないっすか」
が、俺はその天の顔が死にかけているのが気になった。ソテツの実をハンマーで砕きながら、大丈夫かと訊いてしまう。
「四年になると大変なんだよ。朝倉先生とのマンツーマン授業が増えるし、卒論は書かなきゃいけないし、さらに魔法学院に残って続けて研究していくための試験勉強もあるしね」
「そ、そんなにやることがあるんですか。ってか、卒論はともかく試験?」
卒業論文については授業で何度か話題になっていたから知っていたが、ここに残るための試験なんてあるのか。
「あるんだよ。いわゆる研究職で、魔法学院の職員になるってことだね。薬学科だとここの職員になるか、政府がやってる研究機関に移動するか、民間企業の製薬会社に入るかって感じだから、今からしっかり考えておいた方がいいよ。特に魔法学院の職員は定員が厳しいんだ。俺はここの第三魔法学院の職員を目指すけど、先輩は北海道にある第八魔法学院しか空いてなくて、必死に寒さ耐性獲得してたからね」
「へ、へえ」
北海道は隕石の影響で極寒地帯、しかも衝突した隕石に近いから、魔法濃度も高いことで知られている。ついでにあそこの魔法学院だけ他とは違うという噂を聞いたことがあり、十五歳になってすぐは受験できないとのことだった。
「入学したばっかだけど、色々と考えさせられるなあ」
テンポ良くソテツの実を割りながら、薬学科に入ったことは後悔していないものの、やることと考えることが多くて困るぜとぼやいてしまう。
「まあ、そういうもんだよね。中学を出たらいきなり魔法使いとして、これからの進路を決めていかなきゃいけないわけだし。大体の人はぼんやりと魔法科目指すだけなのに、第二志望しか通らなくて翻弄されるからね」
天は過去を思い出して、そういうもんだよと黄昏れた表情をしている。この人も第二志望で何となく薬学科に入ってしまったくちか。
「やっぱ、そういうもんすか」
「そういうもんだよ。そして気づいたら薬学から抜け出せなくなってるんだ。もう、ビックリだよね。俺、魔法科を再受験とか考えないもん」
「まあ、そうっすね」
俺ももう一度魔法科をとは、すでに考えなくなっている。と、そこで採ってきたソテツを割り終えたので、用意してあった大きな瓶に詰めていく。そこに魔法薬品の一つ、アルコール成分50パーセントの魔蒸留酒《まじょうりゅうしゅ》を注ぎ込んで終わりだ。
名前だけ聞くとお酒っぽい魔蒸留酒だが、魔法薬品にカウントされているように、これを飲んだらひっくり返ってしまう。その昔、隕石衝突直後でお酒の変性もまだはっきりしていない頃、うっかり飲んでしまってひっくり返り、病院に担ぎ込まれる人が多発して、悪魔の酒と呼ばれていたことから、今でも魔蒸留酒と呼ばれるのだとか。
「この説明を聞くといつも、昔の人ってチャレンジャーだったなって思うよね」
天は魔蒸留酒を見ながらしみじみと呟く。
「ですよね。って、それは隕石衝突前の何もない時代に、タコとかイカを食ってみた精神と一緒では?」
俺も同じことを思ったが、何にでも最初に試した人がいるものだ。
「ぎゃあああ」
と、別の机で作業していた旅人が叫び声を上げた。見ると、もうもうと黒い煙が立ち上がっている。
ある程度の分類が終わると、遠藤がやって来て、天日干し用の網を並べていく。
「魔法で乾燥させるんじゃないんですね」
俺は魔法でも乾燥させられるよなと思って訊ねると
「魔法を使うと植物の成分を変化させちゃうことがあるからね。それに、仕上げに魔法を掛けるときにもややこしくなるから、天日干しが一番よ」
遠藤がにこっと笑って教えてくれる。須藤と違って刺激的ではない、可愛い笑顔には癒やされる。
「これって干しますか?」
と、そこに問題の佳希がやって来た。その手には、植物ではなくデカい蛙があった。クッションのように抱えているが、黒っぽいそれはどう見てもエグい。
「うえっ」
俺が驚いて顔を顰める。旅人はアレを捕獲するのに付き合わされたのだろう、遠い目だ。
「おおっ! さすがは市村さん。強心作用のある肉食ヒキガエルじゃないの。しかもかなりの大型」
しかし、薬学科で助教を務めるだけあって、遠藤はそれにテンションが上がっている。よほど貴重なものらしい。
「っていうか、蛙も薬になるんだ」
その事実にビックリしてしまう俺だが
「動物由来の薬も多いのよ。特に魔法成分を含むようになってから、昔は民間薬レベルだったものも、しっかり薬に使えるようになっているからね。さらに、新しい魔法生物からも色々と薬が作られていて、有名なのはペガサスの角ね」
にこっと笑って肉食ヒキガエルを受け取った遠藤に、俺は今回ばかりは癒やされない。
「さ、左様でございますか」
そう返事をして、そっと網を持ってその場を離れたのだった。
翌日もまた、採取してきた薬草との格闘だった。なんでも薬学科の授業はこういう突発的な事態でカリキュラムの変更はよくあることらしく、先輩たちも慣れた様子で集まってくる。
「実戦経験にもなるからな。いいんだよ。こういう授業も」
昨日は会話する機会のなかった四年の江川天が、手を動かしながら俺に説明してくれる。
「その割には先輩、なんか疲れてないっすか」
が、俺はその天の顔が死にかけているのが気になった。ソテツの実をハンマーで砕きながら、大丈夫かと訊いてしまう。
「四年になると大変なんだよ。朝倉先生とのマンツーマン授業が増えるし、卒論は書かなきゃいけないし、さらに魔法学院に残って続けて研究していくための試験勉強もあるしね」
「そ、そんなにやることがあるんですか。ってか、卒論はともかく試験?」
卒業論文については授業で何度か話題になっていたから知っていたが、ここに残るための試験なんてあるのか。
「あるんだよ。いわゆる研究職で、魔法学院の職員になるってことだね。薬学科だとここの職員になるか、政府がやってる研究機関に移動するか、民間企業の製薬会社に入るかって感じだから、今からしっかり考えておいた方がいいよ。特に魔法学院の職員は定員が厳しいんだ。俺はここの第三魔法学院の職員を目指すけど、先輩は北海道にある第八魔法学院しか空いてなくて、必死に寒さ耐性獲得してたからね」
「へ、へえ」
北海道は隕石の影響で極寒地帯、しかも衝突した隕石に近いから、魔法濃度も高いことで知られている。ついでにあそこの魔法学院だけ他とは違うという噂を聞いたことがあり、十五歳になってすぐは受験できないとのことだった。
「入学したばっかだけど、色々と考えさせられるなあ」
テンポ良くソテツの実を割りながら、薬学科に入ったことは後悔していないものの、やることと考えることが多くて困るぜとぼやいてしまう。
「まあ、そういうもんだよね。中学を出たらいきなり魔法使いとして、これからの進路を決めていかなきゃいけないわけだし。大体の人はぼんやりと魔法科目指すだけなのに、第二志望しか通らなくて翻弄されるからね」
天は過去を思い出して、そういうもんだよと黄昏れた表情をしている。この人も第二志望で何となく薬学科に入ってしまったくちか。
「やっぱ、そういうもんすか」
「そういうもんだよ。そして気づいたら薬学から抜け出せなくなってるんだ。もう、ビックリだよね。俺、魔法科を再受験とか考えないもん」
「まあ、そうっすね」
俺ももう一度魔法科をとは、すでに考えなくなっている。と、そこで採ってきたソテツを割り終えたので、用意してあった大きな瓶に詰めていく。そこに魔法薬品の一つ、アルコール成分50パーセントの魔蒸留酒《まじょうりゅうしゅ》を注ぎ込んで終わりだ。
名前だけ聞くとお酒っぽい魔蒸留酒だが、魔法薬品にカウントされているように、これを飲んだらひっくり返ってしまう。その昔、隕石衝突直後でお酒の変性もまだはっきりしていない頃、うっかり飲んでしまってひっくり返り、病院に担ぎ込まれる人が多発して、悪魔の酒と呼ばれていたことから、今でも魔蒸留酒と呼ばれるのだとか。
「この説明を聞くといつも、昔の人ってチャレンジャーだったなって思うよね」
天は魔蒸留酒を見ながらしみじみと呟く。
「ですよね。って、それは隕石衝突前の何もない時代に、タコとかイカを食ってみた精神と一緒では?」
俺も同じことを思ったが、何にでも最初に試した人がいるものだ。
「ぎゃあああ」
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