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第28話 また怪しい動き
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「ねえ、まだお風呂って開いてるよね。大きいお風呂に入りたいんだけど」
女子トークが一段落した頃、千鶴はふと大浴場にも行ってみたいと思った。そこで提案したのだが、琴実はがっくんを気にしている。
「ああ、そうか。がっくんは……一緒に入れないもんね」
「別にいいよ。それに、髪の毛外してここの男性用の浴衣になれば問題ないし。旅館の人、ちゃんと両方用意してくれていたから」
がっくんはお風呂まで一緒じゃなくても大丈夫だからと顔が赤い。そこは、男子らしい反応だ。まあ、そうか。まだまだ男の子でいる時間が長いのだ。反応に困ってしまうのは当然だろう。
「じゃあ、がっくんは大浴場に行ってみたい?」
「ううん。でも、僕は部屋のお風呂で大丈夫かな。ここの露天風呂、凄くいいし」
「ああ、そうよね。部屋ごとにちょっとずつ違ったりするのかな。がっくん、見てみる?なんなら入っていいよ」
千鶴はそう言い、どうぞどうぞとがっくんを引っ張っていく。琴実は苦笑しつつもがっくんの背中を押した。
「何で二人してそんなにお風呂に積極的なの?」
「だって、せっかくの温泉なのよ。地元とはいえなかなか道後温泉を堪能する時間なんてないんだよ。楽しまなきゃ」
千鶴は言いつつ、露天風呂のあるテラスへと出た。隣の部屋との間には竹垣のような仕切りがあるため、見られることはない。当然、隣の気配を窺い知ることも無理だ。
「男子トークで盛り上がっているのかしらね、先生と亮翔さん。一体どんな下世話な話をしているんだろう」
しかし、隣の部屋で飲み会の続きをしている二人が気になるのも事実だ。思わず竹垣に近づく千鶴に、止めなさいよと琴実とがっくんは苦笑する。しかも下世話って、とんだ決めつけだ。
「でも、あの二人が先輩後輩って意外じゃない? 先生は数学の先生で、亮翔さんはお坊さんだよ。分野違いにもほどがあるというか、真逆っぽいっていうか」
「今の関係だけ見るとでしょ。大学時代は同じ学部だって、車の中で言ってたよ。亮翔さん、ああ見えて理系なのよ」
「うわっ、マジで。ますます嫌いになりそう」
「千鶴ったら、数学嫌いだもんね。っていうか、一緒に旅行してるのにまだ根に持ってるの。意外と執念深いわね」
「う、煩いわよ。女子に向かって舌打ちとか、普通はあり得ないでしょ」
「まあねえ」
そこまで一気に喋ると、三人はテラスとあって遠慮しつつも、くすくすと笑ってしまう。こうやって三人で旅行に来れて良かったと、千鶴はしみじみと思ってしまう。宿泊券を譲ってくれた恭敬に感謝だ。それに、何だかんだと協力してくれている亮翔にも。
「ああもう、久々にめっちゃ笑った」
がっくんも素のままで楽しめるからか、目に涙を浮かべていた。
「本当よね。あっ、お風呂、どうする?」
琴実もそんながっくんの顔に満足そうだったが、大浴場の時間が気になった。まだ十時だから余裕があるが、十一時半には閉まってしまう。長湯を楽しみたいならば早めに行くべきだろう。
「僕は朝風呂にするから、二人で行って来たら。その間はこの部屋を一人で独占しておくし」
「そう?でも、不審者がいたからなあ」
「亮翔さんは泥棒かもしれないけど、部屋の物には興味ないはずって言ってたから大丈夫でしょ」
がっくんは遠慮せずと笑顔だ。そこまで言われては二人も大浴場に行かないとは言えない。急いで支度をすると、二人揃って大浴場へと向かうことにした。
「じゃあ、がっくん。留守番よろしくね」
「はいはい」
「母恵夢、食べていいけど全部食べちゃ駄目だからね」
「琴実じゃないんだから、そんなことしないよ」
残しておけという注意に、がっくんは苦笑している。確かに、琴実だとぺろりと食べちゃうからなあと、千鶴はくすくすと笑ってしまった。が、当の本人は不服そうだ。
「人を食いしん坊みたいに言っちゃって。じゃあ、よろしく」
二人揃って廊下に出ると、そこはしんと静かだった。廊下を挟んで客室が十六もあるというのに、これだけ静かというのが、さすがは老舗旅館であり高級旅館という感じだ。
「廊下をばたばた走るお馬鹿さんなんていないもんね」
「いないいない。じゃなければ、あちこちに壺とか花瓶とか置けないよ」
「そっちなの。千鶴ってそこを気にし過ぎ」
間違って壊す粗相に注意する千鶴に、琴実は苦笑してしまう。しかし、大浴場と食事処の中間に飾られていた壺の前に、先ほどの怪しい男性の姿を見つけて足が止まった。しかもその男性、壺を指で撫でている。だが、しばらくすると溜め息を吐いた。そしてこちらを振り向く。
「あっ」
互いに気まずい空気だ。しかし、男性がそそくさと土産物店の方へと歩いて行ったので言葉を交わすことはなかった。
「何だろう。あの壺、そんなにいい物なのかしら」
千鶴は首を捻ってしまう。茶色の壺はどう見ても素敵なものには見えない。高いんだろうけど、千鶴は欲しいとは思わないものだ。
「骨董好きなのかしらね。ひょっとして部屋に入ろうとしたのも、骨董が見たかったからかしら。ほら、部屋にもあったじゃん」
「ああ。確かに。ん?でもあれって、骨董だっけ。なんかモダンな花瓶だったような」
「そうねえ」
曖昧な二人は首を捻るが、まあ、骨董が好きなだけならば問題なしだ。そう言えば亮翔も部屋の荷物には興味がないはずだと言っていたし、骨董目当てだと気づいたのかもしれない。無駄に鋭い亮翔ならば、あの男性の謎の行動を見ていなくても気づけそうだ。
「じゃあ、お風呂を楽しみますか」
「そうそう。部屋の露天風呂もいいけど、開放感を味わうならこっちだし」
千鶴も琴実もさっさと謎の男性のことは忘れ、大浴場へと向かう。そして、大きなお風呂にテンションが上がり、ついつい長湯をしてしまうのだった。
女子トークが一段落した頃、千鶴はふと大浴場にも行ってみたいと思った。そこで提案したのだが、琴実はがっくんを気にしている。
「ああ、そうか。がっくんは……一緒に入れないもんね」
「別にいいよ。それに、髪の毛外してここの男性用の浴衣になれば問題ないし。旅館の人、ちゃんと両方用意してくれていたから」
がっくんはお風呂まで一緒じゃなくても大丈夫だからと顔が赤い。そこは、男子らしい反応だ。まあ、そうか。まだまだ男の子でいる時間が長いのだ。反応に困ってしまうのは当然だろう。
「じゃあ、がっくんは大浴場に行ってみたい?」
「ううん。でも、僕は部屋のお風呂で大丈夫かな。ここの露天風呂、凄くいいし」
「ああ、そうよね。部屋ごとにちょっとずつ違ったりするのかな。がっくん、見てみる?なんなら入っていいよ」
千鶴はそう言い、どうぞどうぞとがっくんを引っ張っていく。琴実は苦笑しつつもがっくんの背中を押した。
「何で二人してそんなにお風呂に積極的なの?」
「だって、せっかくの温泉なのよ。地元とはいえなかなか道後温泉を堪能する時間なんてないんだよ。楽しまなきゃ」
千鶴は言いつつ、露天風呂のあるテラスへと出た。隣の部屋との間には竹垣のような仕切りがあるため、見られることはない。当然、隣の気配を窺い知ることも無理だ。
「男子トークで盛り上がっているのかしらね、先生と亮翔さん。一体どんな下世話な話をしているんだろう」
しかし、隣の部屋で飲み会の続きをしている二人が気になるのも事実だ。思わず竹垣に近づく千鶴に、止めなさいよと琴実とがっくんは苦笑する。しかも下世話って、とんだ決めつけだ。
「でも、あの二人が先輩後輩って意外じゃない? 先生は数学の先生で、亮翔さんはお坊さんだよ。分野違いにもほどがあるというか、真逆っぽいっていうか」
「今の関係だけ見るとでしょ。大学時代は同じ学部だって、車の中で言ってたよ。亮翔さん、ああ見えて理系なのよ」
「うわっ、マジで。ますます嫌いになりそう」
「千鶴ったら、数学嫌いだもんね。っていうか、一緒に旅行してるのにまだ根に持ってるの。意外と執念深いわね」
「う、煩いわよ。女子に向かって舌打ちとか、普通はあり得ないでしょ」
「まあねえ」
そこまで一気に喋ると、三人はテラスとあって遠慮しつつも、くすくすと笑ってしまう。こうやって三人で旅行に来れて良かったと、千鶴はしみじみと思ってしまう。宿泊券を譲ってくれた恭敬に感謝だ。それに、何だかんだと協力してくれている亮翔にも。
「ああもう、久々にめっちゃ笑った」
がっくんも素のままで楽しめるからか、目に涙を浮かべていた。
「本当よね。あっ、お風呂、どうする?」
琴実もそんながっくんの顔に満足そうだったが、大浴場の時間が気になった。まだ十時だから余裕があるが、十一時半には閉まってしまう。長湯を楽しみたいならば早めに行くべきだろう。
「僕は朝風呂にするから、二人で行って来たら。その間はこの部屋を一人で独占しておくし」
「そう?でも、不審者がいたからなあ」
「亮翔さんは泥棒かもしれないけど、部屋の物には興味ないはずって言ってたから大丈夫でしょ」
がっくんは遠慮せずと笑顔だ。そこまで言われては二人も大浴場に行かないとは言えない。急いで支度をすると、二人揃って大浴場へと向かうことにした。
「じゃあ、がっくん。留守番よろしくね」
「はいはい」
「母恵夢、食べていいけど全部食べちゃ駄目だからね」
「琴実じゃないんだから、そんなことしないよ」
残しておけという注意に、がっくんは苦笑している。確かに、琴実だとぺろりと食べちゃうからなあと、千鶴はくすくすと笑ってしまった。が、当の本人は不服そうだ。
「人を食いしん坊みたいに言っちゃって。じゃあ、よろしく」
二人揃って廊下に出ると、そこはしんと静かだった。廊下を挟んで客室が十六もあるというのに、これだけ静かというのが、さすがは老舗旅館であり高級旅館という感じだ。
「廊下をばたばた走るお馬鹿さんなんていないもんね」
「いないいない。じゃなければ、あちこちに壺とか花瓶とか置けないよ」
「そっちなの。千鶴ってそこを気にし過ぎ」
間違って壊す粗相に注意する千鶴に、琴実は苦笑してしまう。しかし、大浴場と食事処の中間に飾られていた壺の前に、先ほどの怪しい男性の姿を見つけて足が止まった。しかもその男性、壺を指で撫でている。だが、しばらくすると溜め息を吐いた。そしてこちらを振り向く。
「あっ」
互いに気まずい空気だ。しかし、男性がそそくさと土産物店の方へと歩いて行ったので言葉を交わすことはなかった。
「何だろう。あの壺、そんなにいい物なのかしら」
千鶴は首を捻ってしまう。茶色の壺はどう見ても素敵なものには見えない。高いんだろうけど、千鶴は欲しいとは思わないものだ。
「骨董好きなのかしらね。ひょっとして部屋に入ろうとしたのも、骨董が見たかったからかしら。ほら、部屋にもあったじゃん」
「ああ。確かに。ん?でもあれって、骨董だっけ。なんかモダンな花瓶だったような」
「そうねえ」
曖昧な二人は首を捻るが、まあ、骨董が好きなだけならば問題なしだ。そう言えば亮翔も部屋の荷物には興味がないはずだと言っていたし、骨董目当てだと気づいたのかもしれない。無駄に鋭い亮翔ならば、あの男性の謎の行動を見ていなくても気づけそうだ。
「じゃあ、お風呂を楽しみますか」
「そうそう。部屋の露天風呂もいいけど、開放感を味わうならこっちだし」
千鶴も琴実もさっさと謎の男性のことは忘れ、大浴場へと向かう。そして、大きなお風呂にテンションが上がり、ついつい長湯をしてしまうのだった。
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