上 下
28 / 53

第28話 また怪しい動き

しおりを挟む
「ねえ、まだお風呂って開いてるよね。大きいお風呂に入りたいんだけど」
 女子トークが一段落した頃、千鶴はふと大浴場にも行ってみたいと思った。そこで提案したのだが、琴実はがっくんを気にしている。
「ああ、そうか。がっくんは……一緒に入れないもんね」
「別にいいよ。それに、髪の毛外してここの男性用の浴衣になれば問題ないし。旅館の人、ちゃんと両方用意してくれていたから」
 がっくんはお風呂まで一緒じゃなくても大丈夫だからと顔が赤い。そこは、男子らしい反応だ。まあ、そうか。まだまだ男の子でいる時間が長いのだ。反応に困ってしまうのは当然だろう。
「じゃあ、がっくんは大浴場に行ってみたい?」
「ううん。でも、僕は部屋のお風呂で大丈夫かな。ここの露天風呂、凄くいいし」
「ああ、そうよね。部屋ごとにちょっとずつ違ったりするのかな。がっくん、見てみる?なんなら入っていいよ」
 千鶴はそう言い、どうぞどうぞとがっくんを引っ張っていく。琴実は苦笑しつつもがっくんの背中を押した。
「何で二人してそんなにお風呂に積極的なの?」
「だって、せっかくの温泉なのよ。地元とはいえなかなか道後温泉を堪能する時間なんてないんだよ。楽しまなきゃ」
 千鶴は言いつつ、露天風呂のあるテラスへと出た。隣の部屋との間には竹垣のような仕切りがあるため、見られることはない。当然、隣の気配を窺い知ることも無理だ。
「男子トークで盛り上がっているのかしらね、先生と亮翔さん。一体どんな下世話な話をしているんだろう」
 しかし、隣の部屋で飲み会の続きをしている二人が気になるのも事実だ。思わず竹垣に近づく千鶴に、止めなさいよと琴実とがっくんは苦笑する。しかも下世話って、とんだ決めつけだ。
「でも、あの二人が先輩後輩って意外じゃない? 先生は数学の先生で、亮翔さんはお坊さんだよ。分野違いにもほどがあるというか、真逆っぽいっていうか」
「今の関係だけ見るとでしょ。大学時代は同じ学部だって、車の中で言ってたよ。亮翔さん、ああ見えて理系なのよ」
「うわっ、マジで。ますます嫌いになりそう」
「千鶴ったら、数学嫌いだもんね。っていうか、一緒に旅行してるのにまだ根に持ってるの。意外と執念深いわね」
「う、煩いわよ。女子に向かって舌打ちとか、普通はあり得ないでしょ」
「まあねえ」
 そこまで一気に喋ると、三人はテラスとあって遠慮しつつも、くすくすと笑ってしまう。こうやって三人で旅行に来れて良かったと、千鶴はしみじみと思ってしまう。宿泊券を譲ってくれた恭敬に感謝だ。それに、何だかんだと協力してくれている亮翔にも。
「ああもう、久々にめっちゃ笑った」
 がっくんも素のままで楽しめるからか、目に涙を浮かべていた。
「本当よね。あっ、お風呂、どうする?」
 琴実もそんながっくんの顔に満足そうだったが、大浴場の時間が気になった。まだ十時だから余裕があるが、十一時半には閉まってしまう。長湯を楽しみたいならば早めに行くべきだろう。
「僕は朝風呂にするから、二人で行って来たら。その間はこの部屋を一人で独占しておくし」
「そう?でも、不審者がいたからなあ」
「亮翔さんは泥棒かもしれないけど、部屋の物には興味ないはずって言ってたから大丈夫でしょ」
 がっくんは遠慮せずと笑顔だ。そこまで言われては二人も大浴場に行かないとは言えない。急いで支度をすると、二人揃って大浴場へと向かうことにした。
「じゃあ、がっくん。留守番よろしくね」
「はいはい」
「母恵夢、食べていいけど全部食べちゃ駄目だからね」
「琴実じゃないんだから、そんなことしないよ」
 残しておけという注意に、がっくんは苦笑している。確かに、琴実だとぺろりと食べちゃうからなあと、千鶴はくすくすと笑ってしまった。が、当の本人は不服そうだ。
「人を食いしん坊みたいに言っちゃって。じゃあ、よろしく」
 二人揃って廊下に出ると、そこはしんと静かだった。廊下を挟んで客室が十六もあるというのに、これだけ静かというのが、さすがは老舗旅館であり高級旅館という感じだ。
「廊下をばたばた走るお馬鹿さんなんていないもんね」
「いないいない。じゃなければ、あちこちに壺とか花瓶とか置けないよ」
「そっちなの。千鶴ってそこを気にし過ぎ」
 間違って壊す粗相に注意する千鶴に、琴実は苦笑してしまう。しかし、大浴場と食事処の中間に飾られていた壺の前に、先ほどの怪しい男性の姿を見つけて足が止まった。しかもその男性、壺を指で撫でている。だが、しばらくすると溜め息を吐いた。そしてこちらを振り向く。
「あっ」
 互いに気まずい空気だ。しかし、男性がそそくさと土産物店の方へと歩いて行ったので言葉を交わすことはなかった。
「何だろう。あの壺、そんなにいい物なのかしら」
 千鶴は首を捻ってしまう。茶色の壺はどう見ても素敵なものには見えない。高いんだろうけど、千鶴は欲しいとは思わないものだ。
「骨董好きなのかしらね。ひょっとして部屋に入ろうとしたのも、骨董が見たかったからかしら。ほら、部屋にもあったじゃん」
「ああ。確かに。ん?でもあれって、骨董だっけ。なんかモダンな花瓶だったような」
「そうねえ」
 曖昧な二人は首を捻るが、まあ、骨董が好きなだけならば問題なしだ。そう言えば亮翔も部屋の荷物には興味がないはずだと言っていたし、骨董目当てだと気づいたのかもしれない。無駄に鋭い亮翔ならば、あの男性の謎の行動を見ていなくても気づけそうだ。
「じゃあ、お風呂を楽しみますか」
「そうそう。部屋の露天風呂もいいけど、開放感を味わうならこっちだし」
 千鶴も琴実もさっさと謎の男性のことは忘れ、大浴場へと向かう。そして、大きなお風呂にテンションが上がり、ついつい長湯をしてしまうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幻影のアリア

葉羽
ミステリー
天才高校生探偵の神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、とある古時計のある屋敷を訪れる。その屋敷では、不可解な事件が頻発しており、葉羽は事件の真相を解き明かすべく、推理を開始する。しかし、屋敷には奇妙な力が渦巻いており、葉羽は次第に現実と幻想の境目が曖昧になっていく。果たして、葉羽は事件の謎を解き明かし、屋敷から無事に脱出できるのか?

友よ、お前は何故死んだのか?

河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」 幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。 だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。 それは洋壱の死の報せであった。 朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。 悲しみの最中、朝倉から提案をされる。 ──それは、捜査協力の要請。 ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。 ──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

学園ミステリ~桐木純架

よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。 そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。 血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。 新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。 『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。

時雨荘

葉羽
ミステリー
時雨荘という静かな山間の別荘で、著名な作家・鳴海陽介が刺殺される事件が発生する。高校生の天才探偵、葉羽は幼馴染の彩由美と共に事件の謎を解明するために動き出す。警察の捜査官である白石涼と協力し、葉羽は容疑者として、鳴海の部下桐生蓮、元恋人水無月花音、ビジネスパートナー九条蒼士の三人に注目する。 調査を進める中で、葉羽はそれぞれの容疑者が抱える嫉妬や未練、過去の関係が事件にどのように影響しているのかを探る。特に、鳴海が残した暗号が事件の鍵になる可能性があることに気づいた葉羽は、容疑者たちの言動や行動を鋭く観察し、彼らの心の奥に隠された感情を読み解く。 やがて、葉羽は九条が鳴海を守るつもりで殺害したことを突き止める。嫉妬心と恐怖が交錯し、事件を引き起こしたのだった。九条は告白し、鳴海の死の背後にある複雑な人間関係と感情の絡まりを明らかにする。 事件が解決した後、葉羽はそれぞれの登場人物が抱える痛みや後悔を受け止めながら、自らの探偵としての成長を誓う。鳴海の思いを胸に、彼は新たな旅立ちを迎えるのだった。

人形の家

あーたん
ミステリー
田舎に引っ越してきた ちょっとやんちゃな中学3年生の渚。 呪いがあると噂される人形の家があるその地域 様子のおかしい村人 恐怖に巻き込まれる渚のお話

現 ─うつつ─

きよし
ミステリー
ある十六歳の少年は、父親のお盆休みに家族四人で父の実家に向かっていた。 実家は長野県松本市にあり、父の運転する車で観光を楽しみながらの旅であった。 平和そのものの日常は、ある宿場町を過ぎた辺りで一転する。 現実か夢か、戸惑う少年は、次第に精神的に追い詰められていく。 本作はフランツ・カフカの「変身」に着想を得て、なにか書けないかとプロットを考えてみたのですが、上手くまとめられませんでした。 「変身」では朝起きると毒虫に変化していたので、知っている人に変わる、知らない人に変わる、小動物に変わる、等など考えてみたのですが、よくある設定で面白くない。よくある設定でおもしろいもの、と思い出来上がったのがこのお話です。 今までとは違うものを書きたかったので、そこはクリアできているとは思います。 面白いかの判断は読んでくださった皆さんが決めることでしょう。 お口に合えば幸いです。

【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ

ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。 【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】 なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。 【登場人物】 エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。 ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。 マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。 アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。 アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。 クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。

処理中です...