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第14話 怖いと思った理由は?
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「えっと、どうしてこの絵が自戒の意味に?」
思わず千鶴はそう訊ねる。確かに怖い顔の仏様だし、何やら怖い一面もあるみたいだ。しかし、なぜ自戒なのだろう。
「ああ、そうですね。お二人はこの絵を見て初め、怖いと思いましたよね。それはなぜですか?」
人の目があるからか、亮翔はにこりと微笑んで千鶴とついでに百萌にもそう問う。
なぜ怖いと思ったか。それはもちろん、仏様が微笑んでいるのではなく怖い顔をしているからだ。どちらかと言えば怒っている顔をしている。
「ええ、そのとおりです。なぜなら明王は憤怒の顔を浮かべているんです。つまり本当に怒っているんですよ。では、一体何に怒っているのかというと、仏教に帰依しない人たちに対して怒っているわけです。目先の快楽ばかりを追求している人たちに、考えを改めなさいと怒っているわけですね」
亮翔はにこりと笑ったまま徳義と直義を睨む。その顔を見て、人間の顔って仏様より器用ねと思う千鶴だ。そしてあの顔の方が怖いとも思う。そして先に徳義が反省の弁を述べた。
「申し訳ありません。まさに私は、そうやって怒られるようなことをしてしまいました」
「え?」
その言葉に千鶴だけはなく百萌も目を丸くする。怒られるようなことをしたって、一体何をしたのだろう。
「やはりそうでしたか。倉庫を整理されていてこれが出てきた時、徳義さんも、そして直義さんも怒られているような気分になったわけですね。それが百萌さんの目から見れば怯えているように見えてしまった。まさに阿頼耶識に組み込まれた、無意識に戒められていたことが思い出されたわけですか」
亮翔の言葉に、徳義はそのとおりですと頭を下げる。なるほど、何かをやってしまった後に、タイミング悪くこの絵が出てきたのか。そりゃあびっくりして怖がってしまいそう。しかし、それほどまでに怖がる理由は何だったのか。
「それで、お二人はどのような反省すべきことをしてしまったのですか?」
亮翔はそう言って巻物をそっと畳の上に置き、掛けられていた風呂敷を解いた。それは今からあの大威徳明王を広げるぞと脅しているように取れる。当然、徳義と直義の顔色が蒼くなった。よほど昔、脅かされているのだろう。
千鶴もまだ幼稚園児だった頃、祖父の家の仏壇の前にあった大きなお鈴を鳴らして遊んでいたら、お経を読まずに鳴らすと夜中にお化けが捕まえに来るぞと脅されたものだ。おかげで未だにあのお鈴が不気味なものに見えてしまう。お化けは信じていないが、無意識に、つまり阿頼耶識の中で怯えているわけだ。
「そ、それが、先祖伝来の家宝の香炉を、うっかり売ってしまいまして」
「ほう」
「え? 家宝なんてあったの?」
頷く亮翔に被せるように、百萌がそう問う。どうやら初耳らしい。それに直義はバツが悪そうな顔をする。
「ああ、そうなんだ。百萌にはまだ見せていなかったか、砧青磁の美しいものでね。いつか、百萌の嫁入り道具にと思っていたんだが」
なるほど、祖父だけでなく父も怯えていた理由はそれか。せっかく嫁入り道具にと考えていたものを売ってしまった。だから怒られたのだと感じたわけか。
「あの、きぬたせいじって何ですか? それにこうろって?」
しかし、千鶴の頭の中にも百萌の頭の中にも具体的な漢字が全く思い浮かばない代物だった。おかげで二人の声がハモってしまう。
「若い方は骨董なんて興味ないから聞いたことさえないですよね。ああ、大丈夫ですよ。私も民放でやっていたお宝鑑定番組や小説で知識を仕入れましたから。この際に覚えておいてください」
亮翔は知らなくても問題ないと、にこりと笑って言う。
しかし、この人はそんなところで知識を仕入れるって、どういう人生を歩んできたのやら。というか、そんな雑学、覚えても披露する場も骨董を見に行く機会もないんだけどと千鶴は思う。けれども、理解できないと家宝が全く想像できない。
思わず千鶴はそう訊ねる。確かに怖い顔の仏様だし、何やら怖い一面もあるみたいだ。しかし、なぜ自戒なのだろう。
「ああ、そうですね。お二人はこの絵を見て初め、怖いと思いましたよね。それはなぜですか?」
人の目があるからか、亮翔はにこりと微笑んで千鶴とついでに百萌にもそう問う。
なぜ怖いと思ったか。それはもちろん、仏様が微笑んでいるのではなく怖い顔をしているからだ。どちらかと言えば怒っている顔をしている。
「ええ、そのとおりです。なぜなら明王は憤怒の顔を浮かべているんです。つまり本当に怒っているんですよ。では、一体何に怒っているのかというと、仏教に帰依しない人たちに対して怒っているわけです。目先の快楽ばかりを追求している人たちに、考えを改めなさいと怒っているわけですね」
亮翔はにこりと笑ったまま徳義と直義を睨む。その顔を見て、人間の顔って仏様より器用ねと思う千鶴だ。そしてあの顔の方が怖いとも思う。そして先に徳義が反省の弁を述べた。
「申し訳ありません。まさに私は、そうやって怒られるようなことをしてしまいました」
「え?」
その言葉に千鶴だけはなく百萌も目を丸くする。怒られるようなことをしたって、一体何をしたのだろう。
「やはりそうでしたか。倉庫を整理されていてこれが出てきた時、徳義さんも、そして直義さんも怒られているような気分になったわけですね。それが百萌さんの目から見れば怯えているように見えてしまった。まさに阿頼耶識に組み込まれた、無意識に戒められていたことが思い出されたわけですか」
亮翔の言葉に、徳義はそのとおりですと頭を下げる。なるほど、何かをやってしまった後に、タイミング悪くこの絵が出てきたのか。そりゃあびっくりして怖がってしまいそう。しかし、それほどまでに怖がる理由は何だったのか。
「それで、お二人はどのような反省すべきことをしてしまったのですか?」
亮翔はそう言って巻物をそっと畳の上に置き、掛けられていた風呂敷を解いた。それは今からあの大威徳明王を広げるぞと脅しているように取れる。当然、徳義と直義の顔色が蒼くなった。よほど昔、脅かされているのだろう。
千鶴もまだ幼稚園児だった頃、祖父の家の仏壇の前にあった大きなお鈴を鳴らして遊んでいたら、お経を読まずに鳴らすと夜中にお化けが捕まえに来るぞと脅されたものだ。おかげで未だにあのお鈴が不気味なものに見えてしまう。お化けは信じていないが、無意識に、つまり阿頼耶識の中で怯えているわけだ。
「そ、それが、先祖伝来の家宝の香炉を、うっかり売ってしまいまして」
「ほう」
「え? 家宝なんてあったの?」
頷く亮翔に被せるように、百萌がそう問う。どうやら初耳らしい。それに直義はバツが悪そうな顔をする。
「ああ、そうなんだ。百萌にはまだ見せていなかったか、砧青磁の美しいものでね。いつか、百萌の嫁入り道具にと思っていたんだが」
なるほど、祖父だけでなく父も怯えていた理由はそれか。せっかく嫁入り道具にと考えていたものを売ってしまった。だから怒られたのだと感じたわけか。
「あの、きぬたせいじって何ですか? それにこうろって?」
しかし、千鶴の頭の中にも百萌の頭の中にも具体的な漢字が全く思い浮かばない代物だった。おかげで二人の声がハモってしまう。
「若い方は骨董なんて興味ないから聞いたことさえないですよね。ああ、大丈夫ですよ。私も民放でやっていたお宝鑑定番組や小説で知識を仕入れましたから。この際に覚えておいてください」
亮翔は知らなくても問題ないと、にこりと笑って言う。
しかし、この人はそんなところで知識を仕入れるって、どういう人生を歩んできたのやら。というか、そんな雑学、覚えても披露する場も骨董を見に行く機会もないんだけどと千鶴は思う。けれども、理解できないと家宝が全く想像できない。
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