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第8話 依頼人は隣のクラスの子
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「あのお嬢さん、ほら、美希にそっくりな子。中森さんところのお嬢さんだったんだね」
「え? はあ」
その頃。境内の掃除を一通り終えて社務所に戻ってきた亮翔は、住職の長谷川恭敬の言葉に首を傾げていた。あのぐいぐい来る女子の名前が中森であることは知っているが、どこの中森さんなのやら。
「ああ、そうか。まだ君はこの地区に馴染んでないから顔が合致しないか。ほら、自治会長の中森雅彦さん。あの人のお孫さんなんだよ」
「ああ。あの、キャラが濃い」
しかし、自治会長と言われ亮翔も合点がいった。このお寺に入る時に挨拶を交わしたのを覚えている。何かと豪快な人だった。しかし、あの人の孫なのか。世間は狭い。
「千鶴ちゃんって言うんだってねえ。いやあ、世の中には似た顔の人が三人いるというけど、びっくりしたなあ。高校の制服を着ていた美希を思い出したよ」
「それは――私は知りませんね」
美希と出会ったのは東京の大学でだ。だからこの地元にいた美希を亮翔は知らない。それでも、桜に見惚れていた時に現れた千鶴に驚いたことは、鮮明に覚えている。一瞬、桜が見せた幻かと思ったほどだ。
「今度、アルバムを見せてあげようか」
物思いに沈んだ顔をする亮翔を気遣って、恭敬は提案する。しかし、亮翔はふるふると首を横に振った。
「いえ。大丈夫です」
「そうかい?」
大丈夫には見えないけど。恭敬はそう思ったがあえて指摘することはなかった。彼はまだまだ迷いの中にある。そういうことだと解釈しておく。
「お茶菓子を買いに行ってきます」
「いってらっしゃい」
だからわざとらしく茶菓子を買いに行くという亮翔を止めなかった。若い彼がこうやって仏門に入ってくれ、こうやって手伝ってくれているだけでも有難い。そう思うしかないが――
「君はそのままでいいのかな」
すでに社務所を出て行った亮翔に向けて、そう問い掛けずにはいられなかった。
放課後。学校ではどこで誰が聞いているか解らないからという理由で、千鶴は榎本ともう一人の女子、隣の二組の篠原百萌に連れられて伊予鉄道松山市駅近く、高島屋の中にある喫茶店へとやって来ていた。
普段、琴実と一緒に行く喫茶店は大街道商店街の中にあって、こっちまで足を延ばすことはない。つまり商店街には学校の子たちがたくさんいるということになる。わざわざここまで来るということは、それだけ学校の人たちに聞かれたくない話というわけだ。
「願孝寺のお坊さんとは知り合いだけど、私を通さなくてもネットで予約できるよ。それなのに私に話していいの?」
普段とは違って百貨店の喫茶店ということに緊張しつつ、千鶴は確認した。直接あの腹黒坊主に言ってしまった方がいいのではないかと思う警戒ぶりだからだ。
「うん、そうなんだけど。お寺って何だか敷居が高いでしょ。こういう相談してもいいのか、お知り合いの中森さんに相談してからにしましょうって私が提案したの」
しかし、榎本はあっさりとそんなことを言う。確かにお寺って何だか入りづらい雰囲気がある。四国八十八か所霊場となっているような有名な場所ならばともかく、檀家さんがはっきりしていそうなお寺というのは、門を潜り難いものだ。
「ごめんなさい。でも、高梨君とお友達だし、あなたならば大丈夫かもって私も思って」
榎本の横にいる篠原は申し訳なさそうな顔をしていた。いかにもお嬢様という雰囲気の彼女は、そんな仕草をすると儚げな印象になる。
それにしても、隣の女子にまで絶大な人気があるのか、がっくん。そりゃあ、なかなかあの秘密は打ち明けられないし悩むよねと、そんなことを思ってしまった。
「ま、まあ、私でお力添えになるなら」
ここはがっくんの秘密を知る者として頑張るしかないか。千鶴は覚悟を決めるしかなかった。それに、あの亮翔に会うチャンスだ。それとなく、あの舌打ちの理由を聞き出したい。と、まだまだ根に持っていた。
「良かったわね、百萌」
クラスでも学級委員長としてしっかりしている榎本は、友人の相談にも真摯になるいい子だ。千鶴は彼女ともお近づきになれるかもと期待。なんだかんだで榎本は女子から憧れられる女子だ。
「うん。その、笑わないで聞いてね」
篠原はそう前置きすると相談内容を語り始めた。
「うちは道後温泉で代々旅館をやっているの。それで古い物が一杯あるのよね。この間ちょっと倉庫の中を掃除してみようってなった時に、何だか気味の悪い巻物が出てきたの」
「気持ち悪い巻物?」
なるほど篠原がお嬢様らしい雰囲気である理由が解った。本当にお嬢様だ。しかし、何だか嫌な展開だなあと千鶴は顔を引き攣らせる。ホラーは苦手なのだ。怖い話は出来れば聞きたくない。
「そう。何だか鬼のような形相の仏様が書かれていて、しかも倉庫に無造作に置いてあったから、一体何だろうって不気味になって」
「え? はあ」
その頃。境内の掃除を一通り終えて社務所に戻ってきた亮翔は、住職の長谷川恭敬の言葉に首を傾げていた。あのぐいぐい来る女子の名前が中森であることは知っているが、どこの中森さんなのやら。
「ああ、そうか。まだ君はこの地区に馴染んでないから顔が合致しないか。ほら、自治会長の中森雅彦さん。あの人のお孫さんなんだよ」
「ああ。あの、キャラが濃い」
しかし、自治会長と言われ亮翔も合点がいった。このお寺に入る時に挨拶を交わしたのを覚えている。何かと豪快な人だった。しかし、あの人の孫なのか。世間は狭い。
「千鶴ちゃんって言うんだってねえ。いやあ、世の中には似た顔の人が三人いるというけど、びっくりしたなあ。高校の制服を着ていた美希を思い出したよ」
「それは――私は知りませんね」
美希と出会ったのは東京の大学でだ。だからこの地元にいた美希を亮翔は知らない。それでも、桜に見惚れていた時に現れた千鶴に驚いたことは、鮮明に覚えている。一瞬、桜が見せた幻かと思ったほどだ。
「今度、アルバムを見せてあげようか」
物思いに沈んだ顔をする亮翔を気遣って、恭敬は提案する。しかし、亮翔はふるふると首を横に振った。
「いえ。大丈夫です」
「そうかい?」
大丈夫には見えないけど。恭敬はそう思ったがあえて指摘することはなかった。彼はまだまだ迷いの中にある。そういうことだと解釈しておく。
「お茶菓子を買いに行ってきます」
「いってらっしゃい」
だからわざとらしく茶菓子を買いに行くという亮翔を止めなかった。若い彼がこうやって仏門に入ってくれ、こうやって手伝ってくれているだけでも有難い。そう思うしかないが――
「君はそのままでいいのかな」
すでに社務所を出て行った亮翔に向けて、そう問い掛けずにはいられなかった。
放課後。学校ではどこで誰が聞いているか解らないからという理由で、千鶴は榎本ともう一人の女子、隣の二組の篠原百萌に連れられて伊予鉄道松山市駅近く、高島屋の中にある喫茶店へとやって来ていた。
普段、琴実と一緒に行く喫茶店は大街道商店街の中にあって、こっちまで足を延ばすことはない。つまり商店街には学校の子たちがたくさんいるということになる。わざわざここまで来るということは、それだけ学校の人たちに聞かれたくない話というわけだ。
「願孝寺のお坊さんとは知り合いだけど、私を通さなくてもネットで予約できるよ。それなのに私に話していいの?」
普段とは違って百貨店の喫茶店ということに緊張しつつ、千鶴は確認した。直接あの腹黒坊主に言ってしまった方がいいのではないかと思う警戒ぶりだからだ。
「うん、そうなんだけど。お寺って何だか敷居が高いでしょ。こういう相談してもいいのか、お知り合いの中森さんに相談してからにしましょうって私が提案したの」
しかし、榎本はあっさりとそんなことを言う。確かにお寺って何だか入りづらい雰囲気がある。四国八十八か所霊場となっているような有名な場所ならばともかく、檀家さんがはっきりしていそうなお寺というのは、門を潜り難いものだ。
「ごめんなさい。でも、高梨君とお友達だし、あなたならば大丈夫かもって私も思って」
榎本の横にいる篠原は申し訳なさそうな顔をしていた。いかにもお嬢様という雰囲気の彼女は、そんな仕草をすると儚げな印象になる。
それにしても、隣の女子にまで絶大な人気があるのか、がっくん。そりゃあ、なかなかあの秘密は打ち明けられないし悩むよねと、そんなことを思ってしまった。
「ま、まあ、私でお力添えになるなら」
ここはがっくんの秘密を知る者として頑張るしかないか。千鶴は覚悟を決めるしかなかった。それに、あの亮翔に会うチャンスだ。それとなく、あの舌打ちの理由を聞き出したい。と、まだまだ根に持っていた。
「良かったわね、百萌」
クラスでも学級委員長としてしっかりしている榎本は、友人の相談にも真摯になるいい子だ。千鶴は彼女ともお近づきになれるかもと期待。なんだかんだで榎本は女子から憧れられる女子だ。
「うん。その、笑わないで聞いてね」
篠原はそう前置きすると相談内容を語り始めた。
「うちは道後温泉で代々旅館をやっているの。それで古い物が一杯あるのよね。この間ちょっと倉庫の中を掃除してみようってなった時に、何だか気味の悪い巻物が出てきたの」
「気持ち悪い巻物?」
なるほど篠原がお嬢様らしい雰囲気である理由が解った。本当にお嬢様だ。しかし、何だか嫌な展開だなあと千鶴は顔を引き攣らせる。ホラーは苦手なのだ。怖い話は出来れば聞きたくない。
「そう。何だか鬼のような形相の仏様が書かれていて、しかも倉庫に無造作に置いてあったから、一体何だろうって不気味になって」
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