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第4話 娘にそっくり!?
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「だからお坊さんの知恵を拝借しようとしてるんじゃない。それに服だけじゃなく小物もなのよ。もう、私に理想を押し付けようとしているんだったら考えものでしょ」
ぷりぷりと怒る琴実は、何だかんだ言いながらがっくんが大好きなのだろう。千鶴は思わず笑ってしまう。
「何を笑ってるのよ。それより急いで。もうすぐ一時よ」
「はいはい」
こうして半月前、衝撃の出来事があった願孝寺へと二人揃って向かう。願孝寺はそれなりに大きなお寺だ。門構えもしっかりしていて、そこから覗くとあの問題の枝垂桜が見える。春はその桜が綺麗で、近所の人がよくお参りしているのだ。
さすがに四月も末となって桜もすっかり緑の葉っぱに覆われている。きょろきょろと覗いてみるも、あのくそ坊主の姿はなかった。
「よし、いないわね」
「誰が?」
「くそ坊主よ」
「くそ坊主?」
千鶴、いつからそんなに口が悪くなったのと琴実に驚かれるが、これはもうあの時の衝撃を言い表しているものなので、改めるつもりはない。
「いいのよ。あいつじゃなくてたぶん、住職さんが答えてくれるんだから」
「へえ。やたらとびっくりしてたのは、ここでそのお坊さんと何かあったからか」
「うっ。まあね。琴実とがっくんのことが落ち着いたら話すわ」
坊主に舌打ちされた事件なんて勿体付けるものでもないけど、やっぱりムカムカするものだ。千秋はきっと何かがあったのだろうと言っていて、千鶴もまあそうなんだろうと思うけど、それとこれとは別。
目の前で舌打ちされるなんて、女子としてどれだけショックか。本当に腹立つ。
「千鶴。なんか怒りのオーラが出てるわよ。ほら、本堂に行こう」
思い出してムカつく千鶴を引っ張り、琴実は奥に建つ本堂へと向かった。どんっと重厚感のある本堂の中には、いくつかの仏像が安置されている。二人は取り敢えずとお参りし、本堂の横に建つ社務所へと向かった。
社務所の中ではお守りやお札が売られていて、おみくじもここで出来るようになっていた。
「すみません。ホームページから予約した宮脇ですけど」
カウンターに誰もいないので、琴実がそう声を掛けた。すると奥から、はいはい、少々お待ちくださいと男の人の声がする。どっちが出てくるんだと、千鶴は思わず顔が強張った。
「ようお参りです。宮脇さんですね」
出てきたのは五十代だと解る男性。住職の恭敬だ。袈裟を付けた、いかにもお坊さんというスタイルである。にこにこした顔が特徴的で、優しそうな雰囲気の人だった。
「はい。今日は相談したいことがありまして」
「伺っております。では、ここを出てあそこ、本堂の奥にある建物に上がってください。お連れ様もどうぞ」
恭敬がそう言って千鶴を見て、どういうわけか目を見張った。それに千鶴は首を傾げてしまう。舌打ちされるのはびっくりして腹が立ったが、驚いているらしいこの反応も困る。
「いや、すんません。娘に似てるもんで、ついビックリしてしまいました」
「あっ、そうなんですか」
そんなに似ている人がいるのと、千鶴もびっくりだった。だって、恭敬は本気で驚いた顔をしていた。娘がふらっと帰って来てどうしてとリアクションに困ったというには、かなり驚いていたように思う。
「ええ。本当にそっくりで。その子はもう遠くに行ってしまったもんで、こんな近くにいるはずはないものですから、驚いてしまいました。いやはや、この間、亮翔さんが見たというのも、ひょっとしてお嬢さんですかな。あの人もびっくりしたと言ってまして」
「えっ」
亮翔というのが、あの舌打ちしたお坊さんだろうか。それにしても、びっくりしたというのとは違うリアクションだったけど。だって舌打ちだし。
しかし、住職の恭敬の反応はまだ解りやすい。遠くにいて松山にいるはずのない人がいたら、そりゃあびっくりするだろう。
だったらあのくそ坊主も同じような反応をしてもよさそうだけど。なんで舌打ち?
もう、意地のように根に持ってしまう。
「失礼しました。では、奥の建物に移動してください。そこに茶室がありまして、そこでお話を聞きますから」
千鶴のむすっとした顔を不快に思ったせいと考えたのか、恭敬には何度も謝られ、それはそれでいたたまれないのだった。
本堂の奥にある建物は普段から多くの人に解放されている場所で、法事が行われたり法話会が開かれたりするのだという。近所にあるお寺だが、普段からお世話になっているわけではないので、それは初めて知った。だから大きな畳の間が二つ繋がっていた。
そしてその先に、こじんまりした和室があって、そこが茶室となっている。といっても本格的なものではなく、お茶をおもてなしするための部屋という意味で茶室と言っているようだ。
「あっ」
そして、その茶室にはあの舌打ちしたお坊さん、亮翔の姿があった。茶器を持つその姿さえ絵になるイケメンだが、いかんせん、第一印象が悪すぎる。千鶴は露骨に顔を顰めてしまった。
「――」
そしてそれは亮翔も同じようで、何でお前がという顔をしている。しかしそれは一瞬で、にこりと微笑んだ。その笑顔は不機嫌な顔とは打って変わって、まさにアイドルスマイルのような威力がある。
「ようこそ、願孝寺茶話室へ。ここでは日常に起こる小さな悩みを共に考え、心のわだかまりを解きほぐしていただく場所です。どうぞ、ゆっくりなさってください」
営業文句なのか、すらすらと亮翔はそう述べた。なるほど、お坊さんが一緒になって悩んでくれる場所。それがこのお茶室の存在意義であるらしい。
ぷりぷりと怒る琴実は、何だかんだ言いながらがっくんが大好きなのだろう。千鶴は思わず笑ってしまう。
「何を笑ってるのよ。それより急いで。もうすぐ一時よ」
「はいはい」
こうして半月前、衝撃の出来事があった願孝寺へと二人揃って向かう。願孝寺はそれなりに大きなお寺だ。門構えもしっかりしていて、そこから覗くとあの問題の枝垂桜が見える。春はその桜が綺麗で、近所の人がよくお参りしているのだ。
さすがに四月も末となって桜もすっかり緑の葉っぱに覆われている。きょろきょろと覗いてみるも、あのくそ坊主の姿はなかった。
「よし、いないわね」
「誰が?」
「くそ坊主よ」
「くそ坊主?」
千鶴、いつからそんなに口が悪くなったのと琴実に驚かれるが、これはもうあの時の衝撃を言い表しているものなので、改めるつもりはない。
「いいのよ。あいつじゃなくてたぶん、住職さんが答えてくれるんだから」
「へえ。やたらとびっくりしてたのは、ここでそのお坊さんと何かあったからか」
「うっ。まあね。琴実とがっくんのことが落ち着いたら話すわ」
坊主に舌打ちされた事件なんて勿体付けるものでもないけど、やっぱりムカムカするものだ。千秋はきっと何かがあったのだろうと言っていて、千鶴もまあそうなんだろうと思うけど、それとこれとは別。
目の前で舌打ちされるなんて、女子としてどれだけショックか。本当に腹立つ。
「千鶴。なんか怒りのオーラが出てるわよ。ほら、本堂に行こう」
思い出してムカつく千鶴を引っ張り、琴実は奥に建つ本堂へと向かった。どんっと重厚感のある本堂の中には、いくつかの仏像が安置されている。二人は取り敢えずとお参りし、本堂の横に建つ社務所へと向かった。
社務所の中ではお守りやお札が売られていて、おみくじもここで出来るようになっていた。
「すみません。ホームページから予約した宮脇ですけど」
カウンターに誰もいないので、琴実がそう声を掛けた。すると奥から、はいはい、少々お待ちくださいと男の人の声がする。どっちが出てくるんだと、千鶴は思わず顔が強張った。
「ようお参りです。宮脇さんですね」
出てきたのは五十代だと解る男性。住職の恭敬だ。袈裟を付けた、いかにもお坊さんというスタイルである。にこにこした顔が特徴的で、優しそうな雰囲気の人だった。
「はい。今日は相談したいことがありまして」
「伺っております。では、ここを出てあそこ、本堂の奥にある建物に上がってください。お連れ様もどうぞ」
恭敬がそう言って千鶴を見て、どういうわけか目を見張った。それに千鶴は首を傾げてしまう。舌打ちされるのはびっくりして腹が立ったが、驚いているらしいこの反応も困る。
「いや、すんません。娘に似てるもんで、ついビックリしてしまいました」
「あっ、そうなんですか」
そんなに似ている人がいるのと、千鶴もびっくりだった。だって、恭敬は本気で驚いた顔をしていた。娘がふらっと帰って来てどうしてとリアクションに困ったというには、かなり驚いていたように思う。
「ええ。本当にそっくりで。その子はもう遠くに行ってしまったもんで、こんな近くにいるはずはないものですから、驚いてしまいました。いやはや、この間、亮翔さんが見たというのも、ひょっとしてお嬢さんですかな。あの人もびっくりしたと言ってまして」
「えっ」
亮翔というのが、あの舌打ちしたお坊さんだろうか。それにしても、びっくりしたというのとは違うリアクションだったけど。だって舌打ちだし。
しかし、住職の恭敬の反応はまだ解りやすい。遠くにいて松山にいるはずのない人がいたら、そりゃあびっくりするだろう。
だったらあのくそ坊主も同じような反応をしてもよさそうだけど。なんで舌打ち?
もう、意地のように根に持ってしまう。
「失礼しました。では、奥の建物に移動してください。そこに茶室がありまして、そこでお話を聞きますから」
千鶴のむすっとした顔を不快に思ったせいと考えたのか、恭敬には何度も謝られ、それはそれでいたたまれないのだった。
本堂の奥にある建物は普段から多くの人に解放されている場所で、法事が行われたり法話会が開かれたりするのだという。近所にあるお寺だが、普段からお世話になっているわけではないので、それは初めて知った。だから大きな畳の間が二つ繋がっていた。
そしてその先に、こじんまりした和室があって、そこが茶室となっている。といっても本格的なものではなく、お茶をおもてなしするための部屋という意味で茶室と言っているようだ。
「あっ」
そして、その茶室にはあの舌打ちしたお坊さん、亮翔の姿があった。茶器を持つその姿さえ絵になるイケメンだが、いかんせん、第一印象が悪すぎる。千鶴は露骨に顔を顰めてしまった。
「――」
そしてそれは亮翔も同じようで、何でお前がという顔をしている。しかしそれは一瞬で、にこりと微笑んだ。その笑顔は不機嫌な顔とは打って変わって、まさにアイドルスマイルのような威力がある。
「ようこそ、願孝寺茶話室へ。ここでは日常に起こる小さな悩みを共に考え、心のわだかまりを解きほぐしていただく場所です。どうぞ、ゆっくりなさってください」
営業文句なのか、すらすらと亮翔はそう述べた。なるほど、お坊さんが一緒になって悩んでくれる場所。それがこのお茶室の存在意義であるらしい。
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