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第18話 取り敢えず朝ご飯買ってきて
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朝には牢屋から出された暁良は、もう手錠もされていなかった。
「さっき撮っていた写真は何に使ったんだ?」
待ち構えていた礼詞に、暁良はむすっとした顔で訊ねる。初めは路人がここに戻るまでずっと牢屋に入れられるのかと心配していただけに、あっさりと解放されると感情を持て余す。それに目的は数時間前に撮られた写真だろうと思ったのだ。
「君には関係ない。それよりも君には路人の説得を手伝ってもらわなければならないんだ。そのために、まずは一色路人がどういう科学者かをきっちりと知ってもらう。まったく、城田のストレス性の失語症が再発したとの情報も入るし、こっちは忙しいんだ。さっさと協力してくれ」
勝手な言い分を並べる礼詞に腹が立つが、それよりも気になるのは翔摩が失語症だという話だ。
風邪で声が出ないという説明だったが、あの時すでになっていたのだ。やはり研究室で何かあったのは確実だった。あそこで路人を問い詰めていれば、こんな事態にならなかったのにと悔しい。
「さっさと来い」
悩む暁良に礼詞は手厳しく言う。そして暁良の襟首を掴んで引っ張って歩き出す。
「今度は何だ?」
地下にあった牢屋を抜けてエレベーターに乗せられた暁良は不満しかない。しかも協力するなんて一言も言っていないのだ。すると暁良の心情を見透かしたように礼詞が笑う。
「いいか。こちらは君がやった科学者狩りの数々の証拠を持っているんだ。警察沙汰になりたくなかったら大人しく言うことを聞け。尤も、ここまで知ってしまったら普通の高校生には戻れないと覚悟してもらおう」
礼詞の言葉にぐうの音も出ない。そんな証拠ないだろうとは絶対に言えないのは、相手が政府と繋がっているからだ。監視カメラの映像はもとより、スマホのデータなんかからも証拠を探し出すことだろう。
エレベーターが五階に着くと、礼詞はまた暁良の服を引っ張って歩き出す。そして奥の部屋へと押し込んだ。
「何をさせる気だよ?」
何の変哲もない会議室に暁良は首を捻る。何か特徴があるとすれば、机の上にパソコンと段ボール箱が七箱載っているくらいだ。
「さっきから言っているだろ。路人について正しく理解してもらわないと困るんだ。あいつはただの変人でも暇人でもない。座れ」
礼詞は無理やり暁良をパソコンの前に座らされると、さっさとマウスを操作して動画を呼び出した。
「うげっ」
マジで路人について教え込む気かよと、暁良はこっそり顔を顰める。しかし同時に、路人が無理をしていたというのが何か知りたい気持ちもあった。そうすれば、今の路人を素直に応援できる気がする。今の路人に対する理解は、やはり変人の域を出ない。
「はあ」
しかし始まった動画はまず路人が大学で講義している様子だった。これに、寝ない自信がないなと思う暁良だった。
一時間目の授業が終わったところで、優斗は行動を開始していた。すぐに佑弥の机に向かう。
「お前の仕業だな」
何かを言わず、優斗は詰問口調で訊いた。するとスマホをいじっていた佑弥が面白そうに笑って優斗を見る。
「俺の仕業じゃないよ。赤松は科学者狩りを心底憎んでいる。定期的に目立つ科学者狩り犯を捕まえては吊し上げているんだ。今回の被害者は、陣内暁良だったってわけか」
佑弥はほらっとみていたスマホを示した。そこには知らない高校生が、暁良と同じように牢屋に入れられている姿が映っている。
「ほう。そんな危険な奴なんだ。そいつが科学技術省のお偉いさんになるってか?」
そんなんで騙されるかと優斗は睨む。しかしそれで揺らぐ佑弥ではなかった。
「こいつ、前の学校で俺と一緒に科学者狩りをしてた奴なんだよね。はっきり言って赤松礼詞が大嫌いなんだよ。陣内が捕まらなければ言うつもりはなかったけど」
平然とした顔で佑弥はそう言ってくる。しかし優斗は佑弥が高校生だということそのものにも疑問を感じていた。
「それで、引っ越したからばれないだろうと、赤松に復讐するってか?」
しかし優斗もすぐに問い詰めることはなくそう訊いた。何はともあれ、佑弥と一緒に行動していれば礼詞に辿り着く。そこに暁良がいるのは確実なのだ。
「まあね。協力してくれるのか?」
佑弥はお前の考えは解っているとばかりに笑う。
「もちろん。ボコボコにして暁良を返してもらうだけだ」
それに負けじと優斗も笑い返していた。
一方。学校を抜け出した哲彰はダッシュで路人の研究室まで走っていた。雑居ビルの階段で限界になりそうな膝を動かし、研究室の中に飛び込む。そしてそのままばたっと倒れた。
「な、何?」
夜通しパソコンと睨み合っていた路人は闖入者に普通に驚いた。まあ、異常事態において人が取れるリアクションなんて意外と普通なものしかない。それは翔摩も瑛真も同じで、パソコンの前で固まってしまっている。
「お客さん?」
路人はそろっと倒れたままの哲彰に近づく。どう見ても高校生のこの男は何だと興味津々だ。
「一色さんですね。大変なんです!」
がばっと顔を上げた哲彰は覗き込んでいた路人に訴える。すると驚いた路人が尻もちをついた。何だか古典的なコントを見ているかのような状況に翔摩も瑛真も固まったまま動けない。
「大変って。そもそも君は?」
路人は尻もちをついたまま何だこいつと、自分よりかなり変わっている哲彰に圧倒されていた。
「あ、ああ。俺は暁良の友人代表の石田哲彰です。これ!」
哲彰は名乗ると同時にずっと握り締めていたスマホを路人に見せた。そこには優斗から転送してもらったあの脅迫文と写真が映っている。
「これは」
意外な形で暁良がどうなったかを知らされた路人は、じっとスマホを見つめて動けなくなった。礼詞が何か仕掛けたことは解っていたが、こんな回りくどい方法を取るとは意外でしかない。
「朝、送られてきたんです。一色さん。暁良を助けるのに協力してください」
哲彰は必死に路人に訴える。ここで断られたら、やっぱり科学者狩りをしているからだと突っぱねられたら終わりだとの思いがあった。
「も、もちろん。スマホを貸してくれるかい?」
路人は完全に哲彰に圧倒されたまま、一先ずスマホを借りた。そして写真を自分のパソコンに転送し、画像解析を始める。
「本人に間違いないな。画像は編集されたものでもない、か」
ヒントは見つからなかったが、写真に写っているのは暁良で間違いなく、そして牢屋に入っている様子は合成ではなく本物だと解った。これに路人は腕を組んで悩む。
「本当に暁良は捕まってしまったんですか。どうして」
まだ本物と信じられていなかった哲彰は、画像が本物と断定されて落ち込む。遊び感覚でやっていたことが実はとんでもないことだったと、どうして今まで気づかなかったのかと反省してしまった。
「大丈夫。赤松の目的は俺のはずだ。暁良は、運悪く巻き込まれただけだ。すぐに戻って来るよ」
路人は哲彰の空気に飲まれ、普通に励ましていた。何だか自分のペースで話を進められなくて困る。
「問題は、博士が今後の身の振り方を決めなければならないところですね」
確かに取り戻すのは簡単だが、それでは路人はもう紀章の待つ大学へと戻らなければならなくなる。それでいいのか、今の瑛真は躊躇ってしまった。
「そうだな。正直、どうやったら俺が戻らずに取り戻せるのか。それは難問だよ。俺はもう、あそこでやっていく自信がないんだ。周囲から掛けられる期待も重いだけ。はあ」
路人は頭をくしゃくしゃと掻き毟り、逃げ道のない状況をどう打開すればいいのかと悩んでしまった。
「自信がない、ですか」
ここを出たいんだと言った路人に付いてきた瑛真だったが、そこまで思い詰めての行動とは思っていなかった。それに、過度なストレスで声が出さなくなった翔摩のことを思ってだと考えていた部分もある。
「ないよ。ううん。哲彰君って言ったっけ?君は」
「全面的に協力します!」
ずっと話を聞いて憧れていた路人と動けることに、哲彰はすでに興奮気味だ。そんな様子に、これならば何か奇抜な方法が取れるのではと路人もボヤくのを止める。
そんな路人と瑛真の会話に、翔摩が最も焦っていた。自分はどうすればいいのか。声は戻って来るのか。しかし声を出そうとすると、過去が押し寄せてくる。
「お前はそんなことも簡潔に説明できないのか!」
「一色のサポート役なんだぞ。それではダメだ!ちゃんと考えて話せ!!」
かつて受けた叱責が、次々に耳にこだまする。
「――」
翔摩はどうすればいいのか。元の場所に戻ることになった時ちゃんとやっていけるのか。それともそうせずに何かできるのか。悩みが多くて溜め息を吐くことしか出来ない。
「とりあえず哲彰君。君、そこのコンビニで俺たちの朝ご飯を買ってきてくれ!」
「はい!」
哲彰のテンションに合わせることにした路人と、相変わらず気合の空回りしている哲彰の声が、翔摩を現実に引き戻す。
こんな風に生き生きとしている路人と一緒にいたい。その気持ちだけは確かだった。
「さっき撮っていた写真は何に使ったんだ?」
待ち構えていた礼詞に、暁良はむすっとした顔で訊ねる。初めは路人がここに戻るまでずっと牢屋に入れられるのかと心配していただけに、あっさりと解放されると感情を持て余す。それに目的は数時間前に撮られた写真だろうと思ったのだ。
「君には関係ない。それよりも君には路人の説得を手伝ってもらわなければならないんだ。そのために、まずは一色路人がどういう科学者かをきっちりと知ってもらう。まったく、城田のストレス性の失語症が再発したとの情報も入るし、こっちは忙しいんだ。さっさと協力してくれ」
勝手な言い分を並べる礼詞に腹が立つが、それよりも気になるのは翔摩が失語症だという話だ。
風邪で声が出ないという説明だったが、あの時すでになっていたのだ。やはり研究室で何かあったのは確実だった。あそこで路人を問い詰めていれば、こんな事態にならなかったのにと悔しい。
「さっさと来い」
悩む暁良に礼詞は手厳しく言う。そして暁良の襟首を掴んで引っ張って歩き出す。
「今度は何だ?」
地下にあった牢屋を抜けてエレベーターに乗せられた暁良は不満しかない。しかも協力するなんて一言も言っていないのだ。すると暁良の心情を見透かしたように礼詞が笑う。
「いいか。こちらは君がやった科学者狩りの数々の証拠を持っているんだ。警察沙汰になりたくなかったら大人しく言うことを聞け。尤も、ここまで知ってしまったら普通の高校生には戻れないと覚悟してもらおう」
礼詞の言葉にぐうの音も出ない。そんな証拠ないだろうとは絶対に言えないのは、相手が政府と繋がっているからだ。監視カメラの映像はもとより、スマホのデータなんかからも証拠を探し出すことだろう。
エレベーターが五階に着くと、礼詞はまた暁良の服を引っ張って歩き出す。そして奥の部屋へと押し込んだ。
「何をさせる気だよ?」
何の変哲もない会議室に暁良は首を捻る。何か特徴があるとすれば、机の上にパソコンと段ボール箱が七箱載っているくらいだ。
「さっきから言っているだろ。路人について正しく理解してもらわないと困るんだ。あいつはただの変人でも暇人でもない。座れ」
礼詞は無理やり暁良をパソコンの前に座らされると、さっさとマウスを操作して動画を呼び出した。
「うげっ」
マジで路人について教え込む気かよと、暁良はこっそり顔を顰める。しかし同時に、路人が無理をしていたというのが何か知りたい気持ちもあった。そうすれば、今の路人を素直に応援できる気がする。今の路人に対する理解は、やはり変人の域を出ない。
「はあ」
しかし始まった動画はまず路人が大学で講義している様子だった。これに、寝ない自信がないなと思う暁良だった。
一時間目の授業が終わったところで、優斗は行動を開始していた。すぐに佑弥の机に向かう。
「お前の仕業だな」
何かを言わず、優斗は詰問口調で訊いた。するとスマホをいじっていた佑弥が面白そうに笑って優斗を見る。
「俺の仕業じゃないよ。赤松は科学者狩りを心底憎んでいる。定期的に目立つ科学者狩り犯を捕まえては吊し上げているんだ。今回の被害者は、陣内暁良だったってわけか」
佑弥はほらっとみていたスマホを示した。そこには知らない高校生が、暁良と同じように牢屋に入れられている姿が映っている。
「ほう。そんな危険な奴なんだ。そいつが科学技術省のお偉いさんになるってか?」
そんなんで騙されるかと優斗は睨む。しかしそれで揺らぐ佑弥ではなかった。
「こいつ、前の学校で俺と一緒に科学者狩りをしてた奴なんだよね。はっきり言って赤松礼詞が大嫌いなんだよ。陣内が捕まらなければ言うつもりはなかったけど」
平然とした顔で佑弥はそう言ってくる。しかし優斗は佑弥が高校生だということそのものにも疑問を感じていた。
「それで、引っ越したからばれないだろうと、赤松に復讐するってか?」
しかし優斗もすぐに問い詰めることはなくそう訊いた。何はともあれ、佑弥と一緒に行動していれば礼詞に辿り着く。そこに暁良がいるのは確実なのだ。
「まあね。協力してくれるのか?」
佑弥はお前の考えは解っているとばかりに笑う。
「もちろん。ボコボコにして暁良を返してもらうだけだ」
それに負けじと優斗も笑い返していた。
一方。学校を抜け出した哲彰はダッシュで路人の研究室まで走っていた。雑居ビルの階段で限界になりそうな膝を動かし、研究室の中に飛び込む。そしてそのままばたっと倒れた。
「な、何?」
夜通しパソコンと睨み合っていた路人は闖入者に普通に驚いた。まあ、異常事態において人が取れるリアクションなんて意外と普通なものしかない。それは翔摩も瑛真も同じで、パソコンの前で固まってしまっている。
「お客さん?」
路人はそろっと倒れたままの哲彰に近づく。どう見ても高校生のこの男は何だと興味津々だ。
「一色さんですね。大変なんです!」
がばっと顔を上げた哲彰は覗き込んでいた路人に訴える。すると驚いた路人が尻もちをついた。何だか古典的なコントを見ているかのような状況に翔摩も瑛真も固まったまま動けない。
「大変って。そもそも君は?」
路人は尻もちをついたまま何だこいつと、自分よりかなり変わっている哲彰に圧倒されていた。
「あ、ああ。俺は暁良の友人代表の石田哲彰です。これ!」
哲彰は名乗ると同時にずっと握り締めていたスマホを路人に見せた。そこには優斗から転送してもらったあの脅迫文と写真が映っている。
「これは」
意外な形で暁良がどうなったかを知らされた路人は、じっとスマホを見つめて動けなくなった。礼詞が何か仕掛けたことは解っていたが、こんな回りくどい方法を取るとは意外でしかない。
「朝、送られてきたんです。一色さん。暁良を助けるのに協力してください」
哲彰は必死に路人に訴える。ここで断られたら、やっぱり科学者狩りをしているからだと突っぱねられたら終わりだとの思いがあった。
「も、もちろん。スマホを貸してくれるかい?」
路人は完全に哲彰に圧倒されたまま、一先ずスマホを借りた。そして写真を自分のパソコンに転送し、画像解析を始める。
「本人に間違いないな。画像は編集されたものでもない、か」
ヒントは見つからなかったが、写真に写っているのは暁良で間違いなく、そして牢屋に入っている様子は合成ではなく本物だと解った。これに路人は腕を組んで悩む。
「本当に暁良は捕まってしまったんですか。どうして」
まだ本物と信じられていなかった哲彰は、画像が本物と断定されて落ち込む。遊び感覚でやっていたことが実はとんでもないことだったと、どうして今まで気づかなかったのかと反省してしまった。
「大丈夫。赤松の目的は俺のはずだ。暁良は、運悪く巻き込まれただけだ。すぐに戻って来るよ」
路人は哲彰の空気に飲まれ、普通に励ましていた。何だか自分のペースで話を進められなくて困る。
「問題は、博士が今後の身の振り方を決めなければならないところですね」
確かに取り戻すのは簡単だが、それでは路人はもう紀章の待つ大学へと戻らなければならなくなる。それでいいのか、今の瑛真は躊躇ってしまった。
「そうだな。正直、どうやったら俺が戻らずに取り戻せるのか。それは難問だよ。俺はもう、あそこでやっていく自信がないんだ。周囲から掛けられる期待も重いだけ。はあ」
路人は頭をくしゃくしゃと掻き毟り、逃げ道のない状況をどう打開すればいいのかと悩んでしまった。
「自信がない、ですか」
ここを出たいんだと言った路人に付いてきた瑛真だったが、そこまで思い詰めての行動とは思っていなかった。それに、過度なストレスで声が出さなくなった翔摩のことを思ってだと考えていた部分もある。
「ないよ。ううん。哲彰君って言ったっけ?君は」
「全面的に協力します!」
ずっと話を聞いて憧れていた路人と動けることに、哲彰はすでに興奮気味だ。そんな様子に、これならば何か奇抜な方法が取れるのではと路人もボヤくのを止める。
そんな路人と瑛真の会話に、翔摩が最も焦っていた。自分はどうすればいいのか。声は戻って来るのか。しかし声を出そうとすると、過去が押し寄せてくる。
「お前はそんなことも簡潔に説明できないのか!」
「一色のサポート役なんだぞ。それではダメだ!ちゃんと考えて話せ!!」
かつて受けた叱責が、次々に耳にこだまする。
「――」
翔摩はどうすればいいのか。元の場所に戻ることになった時ちゃんとやっていけるのか。それともそうせずに何かできるのか。悩みが多くて溜め息を吐くことしか出来ない。
「とりあえず哲彰君。君、そこのコンビニで俺たちの朝ご飯を買ってきてくれ!」
「はい!」
哲彰のテンションに合わせることにした路人と、相変わらず気合の空回りしている哲彰の声が、翔摩を現実に引き戻す。
こんな風に生き生きとしている路人と一緒にいたい。その気持ちだけは確かだった。
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