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第53話 どういう顔して出勤すれば
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「つまり、お祖父ちゃんは初めから全部知っていたってこと。薬師さんが薬師如来だってこともうちのご本尊だってことも知ってたのね」
「そうだな」
あっさりと頷かれて、桂花は朝食のパンを齧りながら、どこぞの新喜劇のようにズッコケそうになった。まさか全部知っていてにやにやと心の中でほくそ笑みながら、孫が大学受験したり国家試験の勉強をしたりしているのを見ていたのか。なんて人が悪い。
「ひどい。どっかで教えてくれてもよかったじゃない」
「何を言っておる。それではお前のためにならないじゃないか。それに薬師如来様が望む結果でもない。しかしまあ、微笑ましくはあったなあ。うちの本尊様がまさか桂花のために薬局を始めるなんて思わなかったし、それに気づかないままちゃんとあの薬師寺さんの薬局を選ぶのだから。これぞ運命の赤い糸というやつだな」
「ぐはっ」
思わず飲んでいたコーヒーを吹き出してしまい、これから出勤なのにと桂花は大慌てて布巾を手に取る。しかし、運命の赤い糸という言葉に顔が真っ赤になり、同時に悶えずにはいられなかった。
だって、あの日のあれこれ、全部聞いちゃったし。馬頭観音にからかわれているところ、全部知ってます。
「嫁、嫁かあ」
あの部屋にこそ入らなかったものの、桂花は陽明に総てを知る権利があるからと傍まで連れて行ってもらっていたのだ。というわけで、あの馬頭観音の発言もばっちりと聞いてしまっている。
自分が法明の嫁に。それも大日如来の許可まで得て結婚できるかもしれない。そんなことが起こるだなんてと、顔から火が出るかと思うほどに恥ずかしく、また嬉しかった。
「ああ、もう。ただでさえ周囲にいた人たちがみんな仏様だの歴史上の偉人だの困惑するのに。しかもその、ああっ、なんであんなことを言ったの、馬頭観音様っ」
悶える桂花に、若いとはいいのうと龍玄は楽しそうだ。しかし、壁に掛かった時計を見て、そんな孫娘の悶絶姿を堪能している場合ではないと気づく。
「そろそろ出ないと、いくら蓮華薬師堂が近いとはいえ、のんびりしていると遅刻するぞ」
「はっ、そうだ」
一昨日。そうあのごたごたがあったのは一昨日のことだが、その日は結果として欠勤しているので三日ぶりの出勤だ。昨日は法明が薬師如来として天界にあれこれ報告に行っていたので休みだった。ここで遅れてしまっては、どういう顔をすればいいのか解らなくなって困る。
「ああ、でも、普通に出勤したとしても、どういう顔をして薬師寺さんに会えばいいのかしら。今までのようにって頭ではわかっているんだけど、今までってどうしてたっけ。っていうか、仏様相手に数々の無礼を働いていたなんて、どうすればいいのかしら。特に不良とか言いまくってしまった月影先輩にはこれからどうやって対応すればいいの」
「それはまあ、向こうも思っているだろうて」
「ああ、そうか。それもそうよね」
確かに法明はあれこれと悩んでいそう。弓弦や円たちはいつも通りでいいだろうが、馬頭観音からあれこれ指摘されちゃったのは法明自身なのだ。きっと同じくらいに悶える結果になっているに違いない。そしてその様子が目に浮かび、大丈夫だと桂花を勇気づける。ついでに弓弦には今まで通りで行こうという決心もついた。だって、ここで態度を変えると余計に揶揄われそうだし。
「そうよね。うん、行くわ。ここで逃げたら余計に薬師寺さんが悩みそうだもん。ひょっとして嫌いになったのかもってマイナス思考に陥ってたら大変だわ。月影先輩は散々揶揄っていそうだけど、私が行かないと始まらないわよね」
「そうそう。行ってらっしゃい」
こうして何とか光琳寺を出るのだが、桂花はその前に本堂へと寄り道をする。そして、遠くに見える薬師如来像に手を合わせる。
「これからも法明さんとして一緒にいてください」
桂花はまず法明の本来の姿である本尊にそう言い、次は本人に言うぞと意気込んで出掛けた。しかし、薬局が視界に入ると自然と足が遅くなる。
「駄目だ。意識しちゃう。どうしよう」
あの時のあれこれ、特に法明の本来の姿が脳裏に浮かんで、顔が勝手に真っ赤になってしまう。しかも迷子になってくれた時に助けてくれたあの青年と同一人物なのだ。意識するなという方が無理な相談だ。もう何年も何年も意識していた人である。
「はあ、憧れの人がイコールで薬師寺さんだもんなあ」
だって、その人とは絶対に再会するんだと心に決めて薬剤師になったというのだ。その人に私も同じ職業に就いたんですよって自慢したくてなったのだ。それが知らぬ間に一緒に働いていて、でも向こうは初めから知っていただなんて、なんだか恥ずかしい。
「ああもう」
「桂花ちゃん。どうしたの」
「ぎゃああ」
しかし、そんな悶絶しているところに声を掛けられて、桂花は思わず大絶叫してしまった。それに、声を掛けた人は
「ひやああっ」
という謎の悲鳴を上げる。一体どうしてそんな声が出たという奇声だ。
「変な悲鳴。って、えっ、ああ、将ちゃん」
顔を上げて見てみると、手に箒を持ったジャージ姿の将ちゃんがいた。異国情緒たっぷりな顔立ちに緑色のどこかの高校のジャージを思わせる姿は、非常にミスマッチである。
「そうだな」
あっさりと頷かれて、桂花は朝食のパンを齧りながら、どこぞの新喜劇のようにズッコケそうになった。まさか全部知っていてにやにやと心の中でほくそ笑みながら、孫が大学受験したり国家試験の勉強をしたりしているのを見ていたのか。なんて人が悪い。
「ひどい。どっかで教えてくれてもよかったじゃない」
「何を言っておる。それではお前のためにならないじゃないか。それに薬師如来様が望む結果でもない。しかしまあ、微笑ましくはあったなあ。うちの本尊様がまさか桂花のために薬局を始めるなんて思わなかったし、それに気づかないままちゃんとあの薬師寺さんの薬局を選ぶのだから。これぞ運命の赤い糸というやつだな」
「ぐはっ」
思わず飲んでいたコーヒーを吹き出してしまい、これから出勤なのにと桂花は大慌てて布巾を手に取る。しかし、運命の赤い糸という言葉に顔が真っ赤になり、同時に悶えずにはいられなかった。
だって、あの日のあれこれ、全部聞いちゃったし。馬頭観音にからかわれているところ、全部知ってます。
「嫁、嫁かあ」
あの部屋にこそ入らなかったものの、桂花は陽明に総てを知る権利があるからと傍まで連れて行ってもらっていたのだ。というわけで、あの馬頭観音の発言もばっちりと聞いてしまっている。
自分が法明の嫁に。それも大日如来の許可まで得て結婚できるかもしれない。そんなことが起こるだなんてと、顔から火が出るかと思うほどに恥ずかしく、また嬉しかった。
「ああ、もう。ただでさえ周囲にいた人たちがみんな仏様だの歴史上の偉人だの困惑するのに。しかもその、ああっ、なんであんなことを言ったの、馬頭観音様っ」
悶える桂花に、若いとはいいのうと龍玄は楽しそうだ。しかし、壁に掛かった時計を見て、そんな孫娘の悶絶姿を堪能している場合ではないと気づく。
「そろそろ出ないと、いくら蓮華薬師堂が近いとはいえ、のんびりしていると遅刻するぞ」
「はっ、そうだ」
一昨日。そうあのごたごたがあったのは一昨日のことだが、その日は結果として欠勤しているので三日ぶりの出勤だ。昨日は法明が薬師如来として天界にあれこれ報告に行っていたので休みだった。ここで遅れてしまっては、どういう顔をすればいいのか解らなくなって困る。
「ああ、でも、普通に出勤したとしても、どういう顔をして薬師寺さんに会えばいいのかしら。今までのようにって頭ではわかっているんだけど、今までってどうしてたっけ。っていうか、仏様相手に数々の無礼を働いていたなんて、どうすればいいのかしら。特に不良とか言いまくってしまった月影先輩にはこれからどうやって対応すればいいの」
「それはまあ、向こうも思っているだろうて」
「ああ、そうか。それもそうよね」
確かに法明はあれこれと悩んでいそう。弓弦や円たちはいつも通りでいいだろうが、馬頭観音からあれこれ指摘されちゃったのは法明自身なのだ。きっと同じくらいに悶える結果になっているに違いない。そしてその様子が目に浮かび、大丈夫だと桂花を勇気づける。ついでに弓弦には今まで通りで行こうという決心もついた。だって、ここで態度を変えると余計に揶揄われそうだし。
「そうよね。うん、行くわ。ここで逃げたら余計に薬師寺さんが悩みそうだもん。ひょっとして嫌いになったのかもってマイナス思考に陥ってたら大変だわ。月影先輩は散々揶揄っていそうだけど、私が行かないと始まらないわよね」
「そうそう。行ってらっしゃい」
こうして何とか光琳寺を出るのだが、桂花はその前に本堂へと寄り道をする。そして、遠くに見える薬師如来像に手を合わせる。
「これからも法明さんとして一緒にいてください」
桂花はまず法明の本来の姿である本尊にそう言い、次は本人に言うぞと意気込んで出掛けた。しかし、薬局が視界に入ると自然と足が遅くなる。
「駄目だ。意識しちゃう。どうしよう」
あの時のあれこれ、特に法明の本来の姿が脳裏に浮かんで、顔が勝手に真っ赤になってしまう。しかも迷子になってくれた時に助けてくれたあの青年と同一人物なのだ。意識するなという方が無理な相談だ。もう何年も何年も意識していた人である。
「はあ、憧れの人がイコールで薬師寺さんだもんなあ」
だって、その人とは絶対に再会するんだと心に決めて薬剤師になったというのだ。その人に私も同じ職業に就いたんですよって自慢したくてなったのだ。それが知らぬ間に一緒に働いていて、でも向こうは初めから知っていただなんて、なんだか恥ずかしい。
「ああもう」
「桂花ちゃん。どうしたの」
「ぎゃああ」
しかし、そんな悶絶しているところに声を掛けられて、桂花は思わず大絶叫してしまった。それに、声を掛けた人は
「ひやああっ」
という謎の悲鳴を上げる。一体どうしてそんな声が出たという奇声だ。
「変な悲鳴。って、えっ、ああ、将ちゃん」
顔を上げて見てみると、手に箒を持ったジャージ姿の将ちゃんがいた。異国情緒たっぷりな顔立ちに緑色のどこかの高校のジャージを思わせる姿は、非常にミスマッチである。
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