蓮華薬師堂薬局の処方箋

渋川宙

文字の大きさ
上 下
45 / 56

第45話 法明たちは一体何者?

しおりを挟む
 足元がぐらぐらするような、暗闇に落ちていきそうな、そんな感覚が身体を支配する。自分が信じているものを根こそぎ否定されているような、総てが非現実であるような、そんな危うさを感じ取っていた。
「へえ。本当に何もかも気づいていないというわけですか。あなたの能力はなかなかのものだというのに、傍にいて全く気づいていなかったんですね」
 そんな桂花に、紫門は同情するような目をしてくる。そして、今から信じている現実を壊すのが楽しくて仕方がないというように、口元はにいっと吊り上げている。その顔で、桂花は不安が当たっているのだと知り、ますます恐怖を感じてしまう。
「まあ、あの男も気配で察知されるようなへまはしませんか。しかし、そもそもですが、陽明と薬師寺っていう安直な名前で気づきませんかね。もはや答えを言っているようなものなのに。あれではほぼ堂々と名乗っているようなものですよ」
「えっ」
「そう考えると、俺は大分、凝った名前ってことになりますねえ。元の名前を知ることは不可能ですから」
 紫門はそこでくくっと笑う。そこで桂花ははっと気づく。
「ってことは、あんたも嘘の名前なの」
「もちろん。当り前じゃないですか。本来はこの世に存在するはずのない者なんですから、本名のままでは不都合だらけです。まあ、俺の場合はあちらを本名と呼んでいいのか、それは謎ですけどね」
「――」
 何が何だか訳が分からない。でも、これは陽明が現れたあたりからずっと付き纏っていた感覚だ。法明がもしただの薬剤師ならばあり得ないこと。その要素として付き纏うのが陽明であり、この目の前の紫門だ。
 どうしてあの薬局に陰陽師が出入りしているのか。そして、助力を乞うのか。漢方薬や東洋医学の考え方に陰陽五行説が用いられているから。これだけでは説明しきれない何かがある。
「新人さんですか。新しく、それも普通の人間を雇うなんてどういう風の吹き回しですか」
 初めて会った時、陽明はこんな不可解なことを言っていた。普通の人間を雇う。それってつまり、法明たちは普通の人間ではないと言っているようなものではないか。
「確かに普段の依頼は現世利益を追求する薬師寺には合わないかもしれないけどなあ。それでも、現代に生きる人々が困っているんだから手を差し伸べてくれてもいいだろ」
 そして次に会った時、そう路代の件で力を借りたいという話になった時、陽明は法明に向けてこんな指摘をしていた。これは、一体どういう意味だったのか。現世利益を追求する。それって普通の薬剤師に向けて言う言葉じゃない。
「あの人たちは」
 人間じゃないの?
 桂花は認めたくないものの、その違和感が指し示す正体に気づいてしまった。
「ふふっ。違和感はあるようですね。気づくにはもう一押しというところでしょうか。では、少しは考える時間を差し上げましょう。なあに、彼らがここを導き出せるはずがない。ここは此岸と彼岸の間なんですから。それにこの状態では結論を出すまでまだまだ時間が掛かるでしょうし、ゆっくりしていてください」
 考え込む桂花を残し、現れた時と同様に唐突にいなくなる紫門だ。その様子に、桂花はもう頭を抱え込むしかない。
「一体何がどうなっているのよ。でも、ちゃんと考えなきゃ。今まで無視していたけど、あの遠藤っていう人に勝つためにも考えなきゃいけないんだわ。ええっと、名前が違う。でも、その名前がヒント。って、ああもう」
 桂花は頭を抱えてしまう。どうしてこうなったのか。
 私はただ、あの時に助けてくれた彼に憧れて薬剤師になっただけなのに。たまたま似ていた法明に惹かれて、あそこに就職しただけなのに。
「本当に、別人じゃないの。あの時のあの人と薬師寺さんは同じ人なの」
 ずっと違和感はあった。あまりにそっくりな二人。いくらか記憶が美化されているとはいえ、彼の風貌はあまりに法明に合致してしまう。でも、それならば年齢が全く合わない。法明は全く年を取っていないことになってしまう。それってやっぱり人間じゃないからなのか。もう、あの人と法明は同一人物なのか。それとも別人なのか。それさえ解らなくなってくる。
「また、迷子になった気分だわ」
 あの時に食べた飴は何だったのだろう。桂花は確かな現実を求めるように、そんなことを考えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

報酬はその笑顔で

鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。 自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。 『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

大江戸闇鬼譚~裏長屋に棲む鬼~

渋川宙
ライト文芸
人間に興味津々の鬼の飛鳥は、江戸の裏長屋に住んでいた。 戯作者の松永優介と凸凹コンビを結成し、江戸の町で起こるあれこれを解決! 同族の鬼からは何をやっているんだと思われているが、これが楽しくて止められない!! 鬼であることをひた隠し、人間と一緒に歩む飛鳥だが・・・

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...