蓮華薬師堂薬局の処方箋

渋川宙

文字の大きさ
上 下
21 / 56

第21話 何やら厄介事の予感

しおりを挟む
「そりゃあ、薬師寺が大学に行くならば真面目な方がいいって煩いからだよ。薬学を学び研究する場なんだから、それにふさわしい格好がいいって言うんだ」
「そ、そうなんだ。まあ、薬師寺さんだったらその格好で大学に通うのは止めそうよね。同じ大学にいたらびっくりそう。えっ、ということは、昔から薬師寺さんと知り合いだったの?」
「おう。それはもう長い付き合いだ」
 そこで弓弦はまた遠い目をしている。
 一体、法明との間に何があったというのか。そもそも、真面目な方がいいとアドバイスをされる時点でどうなのか。さては高校生時代は今とは違う方向にはっちゃけていたな。
 それにしても、年の差こそあれ、二人は幼馴染みのような感じらしい。
「ううん、幼馴染みとはまた違う気がするけど。まあ、そうだな。そういうことにしておこう」
「なんでちょっと幼馴染みであることが嫌そうなのよ」
「そうじゃねえけど、言われ慣れてないからさ。変な感じがしただけ」
 そこで弓弦は助けを求めるように円を見た。が、円はただいま患者の対応中。そんな視線には気づかない。
「ひょっとして日輪さんも幼馴染みなの?」
「お、おう。昔からの知り合いだぜ」
「へえ」
 では、桂花が入るまでは本当にずっと昔から知っている三人でやっていたわけか。そう考えると何だか申し訳ない気分になる。
 というより、知り合い三人で経営してたところによく新規募集の求人を出したものだなと思ってしまった。しかし、もう一人欲しくなるほど忙しいのも解る。
 だが、そんな忙しい薬局に漢方が苦手なまま入ってしまった桂花は、果たしてこの薬局の戦力になれているのだろうか。足手まといになってはいないだろうか。仕事を増やしていることになってはいないだろうか。
 求人を出したからには、本当はもっと漢方薬を扱える人が来て欲しかったのではないだろうか。一か月過ぎてもまだ西洋医薬品の処方だけを任されているので、今更ながら不安になる。
 ああ、ひょっとしてこのまま悩むと人生初の五月病になるのか。そんなことまで考えてしまった。
「いやあ、それは、ううん、困りましたねえ」
 と、そこに法明の間延びした声がした。どうしたのかと見ると、休憩室に引っ込んで、こちらに背を向けてスマホで誰かと電話中だ。そして普段ではあり得ないほどしきりに頭を掻いている。
「そう言われましても、ええ。はあ、それは無理です」
 そして最終的にはきっぱりと無理と言い切っている。
 一体どうしたというのか。思わず桂花と弓弦は顔を見合わせ、こそっと聞き耳を立ててしまう。
「あのですね、僕は薬剤師なんです。龍神の慰撫なんて僕には無理ですからね。そこは自力で解決してくださいよ、篠原さん」
 しかし、次に飛び出した名前に、二人はまた顔を見合わせる。
 どうやら電話の相手はこの薬局で疫病神扱いされている、神主兼陰陽師の陽明らしい。しかも法明は何やら無理難題を押し付けられそうになっているようだ。
「前に来た時は何も依頼していなかったのよね」
「そうだな。あいつが現れたから注意しろっていうだけだったみたいだし。しかし、前回の時にもある程度の事情は話していたんだろう。薬師寺は何もないってしらばっくれていたけどな」
 前回のこそこそとした会話を思い出し、弓弦は不快感満載だ。あの時は夕方に問い詰めたら、ちょっとした兆候があるだけだよと誤魔化されたのだという。しかし、何も聞いていないなんてことがあるわけない。
「何の兆候があるの? そしてあいつって誰よ?」
「お前は知らなくていい」
「はあっ」
 思わず大きな声が出てしまって、電話をしていた法明がこちらを振り向いた。おかげで思い切り盗み聞きしていたところを目撃されてしまう。
「ばかっ」
「いたっ」
 スパンっと弓弦は手に持っていた処方箋の束で桂花の頭を殴ってくれる。そこももちろん法明は目撃していて、どうしようと困った顔をしていた。
「解りました。協力できるとは言えませんが、ともかくお昼にいらしてください。電話では要領を得ません。今日は比較的暇ですから、十二時半くらいには患者さんが途絶えると思いますので、そのくらいにお願いします」
 そして隠し通すのは無理かとばかりに、溜め息を吐いてそう言っていた。電話で断るのも無理だし弓弦にもバレてしまった。ならば呼び出して事情を聴いた方が早いと結論付けたようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大江戸闇鬼譚~裏長屋に棲む鬼~

渋川宙
ライト文芸
人間に興味津々の鬼の飛鳥は、江戸の裏長屋に住んでいた。 戯作者の松永優介と凸凹コンビを結成し、江戸の町で起こるあれこれを解決! 同族の鬼からは何をやっているんだと思われているが、これが楽しくて止められない!! 鬼であることをひた隠し、人間と一緒に歩む飛鳥だが・・・

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

裏公務の神様事件簿 ─神様のバディはじめました─

只深
ファンタジー
20xx年、日本は謎の天変地異に悩まされていた。 相次ぐ河川の氾濫、季節を無視した気温の変化、突然大地が隆起し、建物は倒壊。 全ての基礎が壊れ、人々の生活は自給自足の時代──まるで、時代が巻き戻ってしまったかのような貧困生活を余儀なくされていた。 クビにならないと言われていた公務員をクビになり、謎の力に目覚めた主人公はある日突然神様に出会う。 「そなたといたら、何か面白いことがあるのか?」 自分への問いかけと思わず適当に答えたが、それよって依代に選ばれ、見たことも聞いたこともない陰陽師…現代の陰陽寮、秘匿された存在の【裏公務員】として仕事をする事になった。 「恋してちゅーすると言ったのは嘘か」 「勘弁してくれ」 そんな二人のバディが織りなす和風ファンタジー、陰陽師の世直し事件簿が始まる。 優しさと悲しさと、切なさと暖かさ…そして心の中に大切な何かが生まれる物語。 ※BLに見える表現がありますがBLではありません。 ※現在一話から改稿中。毎日近況ノートにご報告しておりますので是非また一話からご覧ください♪

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。 おいしいご飯がたくさん出てきます。 いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。 助けられたり、恋をしたり。 愛とやさしさののあふれるお話です。 なろうにも投降中

いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚

ススキ荻経
キャラ文芸
【京都×動物妖怪のお仕事小説!】 「目付け役」――。それは、平時から妖怪が悪さをしないように見張る役目を任された者たちのことである。 しかし、妖狐を専門とする目付け役「狐番」の京都担当は、なんとサボりの常習犯だった!? 京の平和を全力で守ろうとする新米陰陽師の賀茂紬は、ひねくれものの狐番の手を(半ば強引に)借り、今日も動物妖怪たちが引き起こすトラブルを解決するために奔走する! これは京都に潜むもふもふなあやかしたちの物語。 第8回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました! エブリスタにも掲載しています。

お料理好きな福留くん

八木愛里
ライト文芸
会計事務所勤務のアラサー女子の私は、日頃の不摂生がピークに達して倒れてしまう。 そんなときに助けてくれたのは会社の後輩の福留くんだった。 ご飯はコンビニで済ませてしまう私に、福留くんは料理を教えてくれるという。 好意に甘えて料理を伝授してもらうことになった。 料理好きな後輩、福留くんと私の料理奮闘記。(仄かに恋愛) 1話2500〜3500文字程度。 「*」マークの話の最下部には参考にレシピを付けています。 表紙は楠 結衣さまからいただきました!

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

処理中です...