悩みの夏は小さな謎とともに

渋川宙

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第38話 和臣とは大違いだ

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 翌日から、悠人は足りない偏差値を埋めるべく努力を開始した。あれだけやる気のなかった宿題も、目標が定まるとサクサクと進む。さぼりがちだった英単語の暗記も、しっかり毎日のように取り組むようになっていた。
 しかし、それでも畑の手伝いはやった。やはりここでしか出来ないことをやっておきたい。せっかく来ているんだからとの思いがあった。この田舎にいる間に自分の人生観が大きく変わったのだ。その恩返しの気持ちもあった。
 勉強のやり方は和臣からある程度聞き出したものの、やり方が独特だったのであくまで参考程度にしておいた。やはり、元から出来る奴と努力しなきゃならない奴ではやり方が違う。そう痛感させられた。
「どうだい、勉強の調子は」
「ぼちぼちですね。まあ、まだ二年なんで、ゆっくり確実に勉強していくつもりです。いきなり偏差値が上がる方法なんてないですし、地道な努力が一番の近道だとおもっています」
「ほう、そいつは感心だなあ」
 朝の草むしりをしながら、信明とそんな会話を交わす。今日も今日とてセミは大合唱をしている。そろそろ朝ご飯の時間だろうか。
「とはいえ、ここにいるのも明日までだな。悠人君がいると畑仕事がずいぶんと楽だったから、まだまだいて欲しいくらいだよ」
「あっ、そうでしたね。一週間ってあっという間だなあ」
 しかし、急にしんみりと信明がそう言うので、そうかもう帰るんだと気づく。一週間ってこんなに早かったかなと思った。いつもならばだらだらと過ぎて行くというのに、今年はジェットコースターのような早さだった。
「色々あったもんな。普段と違って間に宴会が二回もあったし、妙な校舎騒動もあったし。この家にも多くの人が出入りしたな」
「そうですね」
 和哉と哲太が加わっただけでも騒がしい夕食だったが、その次の近隣住民を巻き込んでの宴会は大騒ぎだった。焼肉から飲み会へと続いた宴会は六時スタートだったいうのに、十一時頃まで続いていた。わいわいがやがやと騒ぎ、悠人は哲太が持ってきた花火まで堪能させてもらった。
 さらに哲太と和哉、そして久遠は二次会のような飲み会が終わっても残ってまだ飲んでいた。和臣もこの時ばかりは途中で抜けることを許されず、朝まで付き合わされていた。その間、悠人は和臣の部屋を使わせてもらい、勉強も睡眠もそこで済ませることになったほどだ。
「こんな夏はなかなかないからな。俺もいい刺激だったよ。そうだ、来年は受験生だから来れないのか」
「いえ、来ますよ。息抜きも必要ですからね。でも、勉強は疎かにできないんで和臣さんも呼んでおいてください。苦手な科目の家庭教師をしてもらわないと。やっぱり頭の出来が違うんですよねえ」
「おっ、それは名案だ。あいつも悠人君のことがあると、あっさり帰って来るからな」
 そんなことを言っていたら、沙希がご飯だと呼びに来た。いつものように冷えた麦茶を貰い、一仕事を終えたとすっきりした気分になる。
「今日は久遠さんのところに行くんだったわね。ロボットを作るところを見るんでしょ」
「ええ。あの宴会では具体的には言い難いからって、招待されました。確かに説明されただけでは、具体的に解らない部分もありましたから」
 あの時は軽い約束だったが、その後、今日ならば学生も来ているから見学にどうぞと正式なお誘いがあった。
「じゃあ、差し入れを持ってってね。あの先生、絶対に出来合いのものしか食べてないでしょうし、みんなでお昼を食べた方がいいわ。張り切って用意するから」
「はい。ありがとうございます」
 たしかに久遠も細い身体をしていて、しっかり食べているようには見えなかった。しかもスーパーでは出来合いのものばかりを買っていそうだ。差し入れは喜ばれるだろう。それに共同研究をする和臣と和哉も招待されているから車で移動できるので、お昼を持って行くのは困らない。これが、ここにいる間の最後の予定だ。
「さて」
 久遠のやろうとしている研究とはどういうものなのか。この間聞き出せたのは概要のようなもので、ロボットが社会に役立つにはどうすべきかという話だった。それを詳しく知ることで、もっと具体的なイメージが抱けるだろう。
「ほら、さっさとシャワーを浴びて来い。ゆっくりと飯を食ってから行かないと、勉強もはかどらないぞ」
「はい」
「そうそう。どうせまだまだ和臣は起きて来ないんだから、しっかり食べないとね」
 そんな言葉を交わしながら家に戻ると、すでに和哉がやって来ていた。茶の間でノートパソコンを開いて何かしている。この人は行動がいつも迅速だ。こちらも共同研究の一角を担うことになっているから、予定を合わせてやって来たのだが、それにしても早い。
「和哉さん」
「よっ、朝から労働とは麗しいね。和臣とは大違いだ」
「ははっ」
 ここでも言われているよと、悠人は苦笑してシャワーへと行った。その間に和哉は和臣を起こしに行ったらしい。起きろと大声で呼びかけるのが、風呂場まで聞こえていた。
「みんな、ご飯よ」
 そこに響く沙希の声。それにはいはいと答える志津の声がした。居間に戻ると、ぼさぼさ頭の和臣が和哉に首根っこ掴まれて座っていた。そして、こいつにもちゃんと飯を食わせてくださいと沙希に頼んでいる。
「そうはいってもその子、胃が弱いからねえ。お茶漬けを入れてあげるわ」
「少食だと思えば、胃が弱かったのか」
「そうですよ」
「へえ、それは俺も初耳」
 髪の毛を拭きながら、和臣の秘密をまた一つ知ったなと悠人は苦笑する。
「漬物もお食べ」
 そこに志津が自慢の漬物を持って現れ、どんっと和臣と和哉の間に置く。なんとも賑やかだ。
「おっ、浅漬けですね。俺、大好きです」
 和哉はそつなくそう言うと、にこにこときゅうりの漬物を手で掴むと齧った。
「今日は朝から騒がしいなあ」
 そこにささっと風呂を浴びてきた信明も加わり、朝からいつも以上に賑やかになった。
「いただきます」
 全員にご飯とみそ汁が行き渡ったところで、揃って手を合わせて食べ始める。その様子はさながら合宿の最中みたいだ。
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