悩みの夏は小さな謎とともに

渋川宙

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第36話 またまた宴会

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 さらに、こうやってわいわいやること、そのものを苦手としているらしい和臣には、多くの見知らぬ人と集まって何かをするのは拷問に近いみたいだった。これもまた意外というべきか。早く帰りたいと顔に大きく書いてある。
 結局、最終的には青年団だけでなく噂を聞き付けた多くの人が手伝ってくれ、草刈りはあっという間に終わった。さらに農家の人たちならでは、除草剤も撒いてくれるサービスまであった。
「これでしばらく雑草に悩まされないだろうよ。農作物を作るわけじゃないから、撒いておいても問題ないし、環境に悪いもんじゃないから。とはいっても、すぐに生えるのが雑草だけどな。ああ、雑草が生えてきたらいつでも言ってくれよ。頑張ってくれ、先生」
 哲太はそう言って久遠の背中をバシバシと叩いている。久遠は迷惑そうだったが、さすがは大人。にっこりと笑ってそれを受け入れていた。どうやら人間関係問題も、これをきっかけに改善しそうだ。
「おばあちゃん、すげえな」
 志津が取り持った縁が、こうして町中に広がるなんて。それもちょっと興味を持たせるだけで詳しく説明せずに、これだけ多くの人を動かしてしまうなんて。悠人は綺麗になった校庭を見ながら、今頃家で漬物を作っているだろう志津を尊敬していた。



「では、乾杯」
「乾杯」
「なぜ、うちでやるんだ」
 みんなで集まって何かをやったらそのまま宴会というのが、田舎のスタイルであるらしい。今日の夕食は新井家の庭を利用してのバーベキューとなった。もちろん家の中でも寛げるように茶の間が解放されている。和臣が頭を抱える横で、和哉が音頭を取ってバーベキューがスタートした。もちろん、今回の騒動の主役である久遠も参加している。
「何かとお騒がせしました。これからもよろしくお願いします」
 久遠はそう言いながら、参加してくれた人に酌をして回っていた。そして、もう誰も久遠のことを見知らぬ人とは思っていないから、酌をするたびに質問攻めにあっていた。
「ロボットって何が出来るの」
「うちの田んぼ、どうにかなんないかなあ」
「人手不足というより、うちらが駄目なんだよなあ」
 そんな話をされて、久遠は丁寧に耳を貸し、ロボットは今、こういうことならばできると説明している。
「新井さん。この度はお世話になりました」
「なんのなんの。うちの母さんはこういうのが大好きだからよ。それにしても、同級生だったんだってな。まあ、俺は農業科であんたは進学組の普通科だったわけで、交流はなかったからなあ。これからはちょくちょく飲もう」
 実は同級生と発覚した信明は嬉しそうだ。どうやら本来、その二つの学科、農業科と普通科では交流がないらしい。それを考えると、哲太のお節介は凄いことだ。その哲太は、いつも世話を焼いている和臣を引っ張り回し、あちこちで挨拶させている。見てられないという気持ちにさせられるのだろうか。
「いやはや、凄いなあ。これでみんな顔見知りってことになるんですもんね」
「そうだよ。悠人君も研究者になるにしても社会人になるにしても、人付き合いは出来ないとね」
 一人縁側に座って肉を食べてその光景を眺めていたら、和哉が横にやって来てそんな忠告をする。
「そうですね。気を付けないと。いやでも、すでにあの二人を見ちゃってるからな。何とかしてくれる心強い友達を探すって言うのも手かも」
「ははっ、確かにそうかもしれないね。不得意であるというのに気づいて誰かを頼るのも大事かもしれないな。分野によってはねえ、人付き合いが悪くてもなんとかなっちゃうから、こういう注意ってされないものだし、苦手意識があると空回っちゃうからね。でも、どういう形であれ人付き合いしていた方がいいってのは解っただろ。これも社会勉強だね」
 和哉はにこっと笑う。まったくこの人、悩んでいる悠人にまで刺激を与えようとしたのか。凄すぎて呆れてしまう。社長をやれるだけのことはあるなと、そのスキルは尊敬できるのだが、何だか凄すぎる。こういうのを次元が違うというのだろうか。なるほど、和臣が嫌がるのも頷ける。
「あっ、おばあちゃん」
 そこに志津が漬物を持ってやって来た。おつまみにということか。和哉はすぐにそれに箸を伸ばして、すかさず美味しいと褒める。うむ、この人は本当に社長向きの性格をしている。そつがなく、そして人付き合いを苦にしないタイプの人だ。
「どうだったい」
「いや、凄かったです」
 噂の真相は志津が仕組んだことだったわけだが、夏休みの刺激としては凄かった。そして、色んな人がいることを、一気に知ることが出来た。それにロボットというのはかっこいい。後で久遠からもっと詳しく話を聞こうと思っていたところだ。
「それはよかった。好きなことをやってる子を見るのが好きでね。でも、それじゃあ難しいことって、世の中はいっぱいあるんだよねえ」
「――」
「難しいことは解らんから、私はみんなを手伝うのが好きになったんだよ。信明もあれで農業馬鹿だろ。他のことはすぐに疎かにするから見てられん時がある。和臣もなんや難しいことをやってるし、でもすぐ黙っている子だからねえ。だから悠人ちゃんも、好きなことを見つけんとね、おばあちゃん、頑張って手伝うよ」
「はい」
 志津は困っていることを見抜くのが上手いのだろう。でも、好きなことを追求していることも知っている。だから一人ぽつんと困っていることを悪いと言い切ることはせず、久遠を助けていた。好きなことをやるのはそれなりに難しいことを、昔の経験から知っているのだろう。
「あっ、志津さん。この度はお世話を掛けました」
 そこにあいさつ回りを終えた久遠がよろよろとやって来た。どうやら短時間に相当飲む羽目になったらしい。ビールを継いだらその分、お返しを受けたのだろう。よいしょと、悠人の横に腰を下ろした久遠は顔を真っ赤にして疲れている。でも、表情はとても晴れ晴れとした笑顔だった。
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