悩みの夏は小さな謎とともに

渋川宙

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第16話 変な人を見た

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「確かに何かの音を聞き間違ったというのが妥当なところだと思う。ただ、あんな場所で何をやっているのか。これは気になるな。校舎の再利用というのは全国的に行われているが、その類だろうか。しかし、どうして周辺住民に周知されていないのか。気になる」
「ああ。あの校舎も何かに利用できないかって、よく町でも議論されているからな。ううん、決まったんだったらそのうち、回覧板か広報誌に乗るんじゃないかな」
「なるほど。再利用の計画途中という可能性は高いんだな。だったら尚更、不審者ではないことは間違いない」
「へえ」
 最初に工場になったのではと和臣から聞いた時は、そんなのありかと思ったが、今ではそれが最も妥当な可能性となりつつある。綺麗に掃除していたことだし、下準備中というのは解りやすい。ただ、まだ校庭にまで手は回っていないらしいけど。なぜ校庭は草が生えたままなのだろう。
「面倒なんじゃないか。別に草が生えていても困るわけじゃない」
「冬の方が刈りやすいと思ってんのかもよ。夏場の草むしりほど大変なものはないからなあ。俺も農作物がなければ後回しにしたいところだ」
 その疑問に対して和臣と信明の意見はそれぞれだ。和臣は校舎だけを利用するつもりだったら、別に校庭なんてどうでもいいだろういう立場。一方、信明はこの時期の草刈りは大変だからだった。
「まあ、緊急に切らなきゃいけないわけじゃないってことか」
「そうだな。車を乗り入れるんだったら邪魔だろうけど」
 そう言えば車が入った後はなかったなと、信明の指摘で気づく。草むらに靴跡は見つかったが、タイヤの跡はなかった。
「まだ掃除しただけなのかも」
「そうだな。これから利用するつもりかもなあ」
 こうして茶の間で喋っているうちに、謎の噂は妥当な場所へとどんどん落ち着いて行くのだった。



「変な人を見たわ」
 しかし、その噂は意外な展開を見せることになった。昼、軽トラックでスーパーに行ってきた沙希が、妙な人を見たというのだ。見たこともない人だったし、いかにも怪しかったというが、これはかなり主観が入っているのだろう。
「観光客ではないのか」
 だから、和臣の意見は非常に冷たい。確かにここは、田舎ではあるが観光地でもある。駅と神社の周辺しか発展していないように思えるけれども、多くの人がここを訪れるのは間違いない。
「観光客であんな小汚い人はいないわよ」
「き、汚かったんですか」
「そう。髪もこの子以上にぼさぼさだし、服はよれよれだし。一瞬浮浪者かしらと思ったけど、お金は持ってたわね。お弁当とか飲み物を買ってたもの。時間からしてお昼ご飯を買いに来てたのね」
「はあ」
 悠人の質問にすらすらと答えた沙希は、お金があるなら身なりも綺麗にすればいいのにとぼやく。たぶん、沙希の目からすると小汚い格好だったというだけだろう。ファッションというのは年代によって受け止め方が大きく変わる。
「白衣は着てなかったのかい」
 そこに志津が、怪しい奴ならばとそんなことを訊く。しかし、白衣を着て町中を歩く馬鹿はいないだろうと思ってしまった。ドラマや映画では着てうろうろしているかもしれないが、現実にそんな人はいない。目立つし、そもそも白衣とは服が汚れないために着るものだ。買い物に行くのならば尚更脱ぐだろう。
「着てなかったわね。あっ、ひょっとしてあのボロは白衣で隠すのかしら」
 沙希はついに本末転倒なことを言う。悠人は思わずずっこけそうになった。
「どんだけ酷い格好をしてたんだ」
 さすがに気になった信明が突っ込む。昼ご飯を食べることに集中していたが、ようやくお腹が落ち着いたのだろう。散々に言われるファッションってどんなのだよと、麦茶を飲みながらぼやく。
「どんだけって、まあ、だらしがないというか、薄汚れているというか。全体的に駄目な感じが漂っていたのよ」
「取り敢えず、汚れていたのか」
「ええ。ズボンやシャツが汚れていたわ。油汚れみたいな感じだったわねえ。ズボンは破けてたし。何かやってたのね。土木工事の人だったのかしら。でも、それだったら作業着よねえ。作業着じゃなかったのよ。でも、農作業をやるようにも見えなかったし、足元は普通のスニーカーだったわ」
「ふうん」
 ともかく、汚れた目立つ人がいたというわけか。それにしてもよく観察している。よほど目に付いたのだろう。
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