南夏聖夜は陰謀に好かれる！？～姫神信仰の謎～

第３７話 壊すべきなのは？

「聖夜」
　紫龍に呼びかけられ、俺は思わず睨んでしまう。
　全体の状況は変化したが、俺の状況は何の変化もない。俺は結局、姫神が必要とする存在としてここに囚われている。
「どうしてそんなに怖い顔をするの？」
　紫龍はとても楽しそうだ。今までに見たことがないほど、彼女は生き生きとしている。それだけ、この状況が望んだものだと解る。
「俺を一生、縛り付けるのか？」
　未だ足を封じられている。動くことは出来ない。そんな俺は、これからどうするんだと紫龍に確認する。すると、紫龍は打って変わって毒々しく微笑むと
「そうよ」
　平然と肯定してみせた。俺はぞっとして、思わず後ろに身体を反らせてしまう。
「怖がらないで。もちろん、ずっと身体の自由を奪って縛り付けるなんて嘘よ。私はあなたと一緒に生きたいんだから。その足はいずれ解放してあげる。でも、王様になったら、どのみちあなたは自由に動くことなんて出来ないわ。王様ってとっても孤独で、とっても不自由な存在なんですもの。自分の行動に恐ろしいまでの責任が伴うんだから。その重圧に、何度も身がすくむ思いをするはずよ」
　紫龍の言葉には実感が籠っている。それはそうだ。現状、王は彼女だ。そして生まれてからずっと、王としてその重責と戦ってきた。
　先代が死ぬまでは次期王として。
　十歳の時に王座に就いてからは、国を動かすトップとして。
「お前は重圧から逃げたいのか」
「どうかしら」
「俺に責任を押し付けて、お前の心はせいせいするのか」
「私の気持ちじゃないわ。姫神が、あなたを選んだのよ。今までずっと女帝が続いたのは、姫神が新たな伴侶を選ぶために必要だったからよ」
「……」
　紫龍の言い分は正しいようで、まだ違和感があった。それを頭から信じられない、奇妙さが残ってしまう。
　そもそも、もしも姫神が望んでいるのだとすれば、どうして俺の中の呪力は破壊衝動として現れるのか。この疑問に全く答えられていない。
　そう、今の俺は姫神が傍によれば拒絶してしまう状態だ。それは一体どうしてなのか。このまま婚姻を進めようとしても、どこかで頓挫するのではないか。
「お后様。そろそろ婚姻の儀を開始しませんと、他のことに支障をきたします」
　俺が黙り込んだのをいいことに、悟明がそう進言する。それに紫龍は大きく頷くと、そのとおりねと立ち上がった。
「王になってしまえば、悩む必要なんてないわ。目の前のことで大変になるもの」
「紫龍」
「そう、名前を呼んで。聖夜」
「……」
　違う。そうじゃなくてと俺は言葉を紡ぎたいのだが、その先が出て来なかった。
　姫神が望むもの。それをちゃんと理解しないと、俺にはどんな反論も許されないのだ。それは王座から逃げようとしていると受け取られる。少なくとも、この二人はそう受け取るのだ。
　姫神が望むのは政権交代なのか。姫神が紫龍に宿ってやりたいことは、そんなことなのか。
　ならばどうして、俺に破壊の力を与えようとする。
　姫神のものとされるこの破壊の力が強まるのはなぜだ。
「何故だ」
　言葉に出して呟いても、紫龍は笑うだけだ。いや、微笑ませているのは彼女の中にいる姫神なのか。
　一体俺は、何を壊せばいいんだ。
　その答えに辿り着けない限り、俺はこいつらの手から逃げられない。
「行きますよ」
　黙り込む俺に悟明はそう声を掛けると、近くに控えていた者たちを呼び、俺を運ぶ用意をさせるのだった。



「ぐあっ」
「聖姫様、何をなさいます」
「ふふっ。私は聖姫じゃないわ」
「なっ」
　貴明はその答えにどういうことかと目を剥いた。
　姫神教会へと続く森の道を進んでいる途中、聖姫が急に自分たちに攻撃を仕掛けてきた。一瞬混乱したものの、日頃から訓練された貴明たちは必死に応戦した。しかし、呪術を前に武力は勝てない。おかげで今、とんでもなく劣勢に立たされている。
　たった一人の少女に、軍人四人は遊ばれているのだ。それも当然で
「姫神か」
　南夏家から聖夜を連れ去った時と同様、聖姫にまた姫神が取り憑いたせいだ。そして、姫神はなぜか貴明たちが教会に辿り着くのを阻もうとしている。
「気持ち悪い」
「何なんですか、これ」
　呪力を感じ取ることが出来る蛍と希鈴が顔を顰める。その様子は人形を回収していた時と同じだ。