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第35話 人間くさい
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「やっていることが、人間臭いんだよな」
直感的に感じ取れる姫神と、この計画を主導しているという姫神がどうにも一致しないのだ。その理由の一つが、やっていることが人間と同じということにある。姫神ほどの超常的な力が、どうしてこんな人間臭い、政治的な部分までやってのけているのだろう。
いや、そもそも、姫神は誰かを唆さなければ、封印を掻い潜って力を発揮することさえ出来ないのではないか。
例えば、聖姫に取り憑いてみせたように。
例えば、帝と言葉を交わしたように。
「――」
考えていると、違和感が大きくなっていく。急に眼を見開く俺に、儀式の説明を始めようとしていた悟明は何だと怪訝そうだ。
「なあ」
「はい」
「その儀式って、姫神と寝るっていうのも含まれているのか?」
俺の確認に、悟明は婚姻なのだから当然だろうと、ますます怪訝な顔をする。しかし、俺はそんな悟明の顔に向け、びしっと箸を突き付ける。
「お行儀が悪いですよ、陛下」
「馬鹿なことを言っている場合か。おかしいだろ。どう考えても」
「何がですか?」
「姫神は実体を持っていないんだぞ。なのにどうやって俺と同衾するんだよ」
「えっ」
「それに、姫神は女の前にしか現れないんじゃないか」
「何を」
否定しようとした悟明だったが、何か思い当たることがあるかのように止まる。そして、そんな馬鹿なと小さく呟いた。
「お前の前に現れたのも、女に宿った姫神だった。違うか」
「え、ええ。その通りです。私が直接姫神と言葉を交わしたわけではありません」
「やはりな。そうなると、俺は姫神の器じゃない。姫神の伴侶に選ばれたかもしれないが、器じゃないんだ」
「ど、どういうことですか」
「ちょっと待て」
悟明の前にも女に宿った状態でしか現れていないことが確認できたのだ。この推論を進めても問題ない。
つまり、器になるのは女だ。
では、今、器に選ばれている女とは誰だ。
俺を伴侶にと指名し、姫神の力を復活させようとしているのは誰だ。
「王位に就けるのは女だけ。しかし、当初は男だった」
これもまた、引っ掛かる。
「まさか」
そこから導かれる結論なんて、一つしかないじゃないか。
俺は思わず箸を落としてしまう。
これは、今起こっていることは国家を転覆すること。
「あら。気づいちゃったのね。悟明すら上手く騙せたのに」
驚く俺の首に、しなやかな腕が巻き付く。その声は、小さい頃から聞き慣れたものだった。
「お前」
「そう呼んでくれるのね、聖夜」
恐る恐る振り向いた俺の目に飛び込んできたのは、可愛らしく微笑む女帝だった。
「ああ、もう、そういうことか!」
戦いながらもタイミングが良すぎることについて考えていた萌音は、最後の敵を蹴り飛ばした時、思わず叫んでいた。
「ど、どうされました?」
急に横で叫ばれて、亜弾の代わりに萌音の護衛を務めていた織奈はびくっと飛び上がってしまう。敵に攻撃されるより驚く声だ。
「なあ、織奈」
「は、はい」
「お前、今日結婚するけど、妻はお前だけじゃないんだって言われて納得できるか?」
「は?」
あまりに唐突な、それも戦場にはそぐわない、しかも泥沼な状況の結婚話に、織奈は訊き返したまま固まってしまう。
「なっ、そうなるよな」
「は、へ、はい。まあ、あり得ないですね」
「だというのに、帝と南夏聖夜の結婚には、姫神という余分なものがくっついて来るんだぞ。どうして帝は納得した? どうして誰もツッコミを入れないんだ? 聖夜が姫神と不可分だからか。だとしても、気持ち悪いよな」
萌音は織奈に掴みかかると、解るかと捲し立てる。それに織奈は解るけれども、そんな勢いよく言わないでと半泣きだ。
「閣下、落ち着いてください」
異常に気づいた少将の赤坂朋祢は、大急ぎで織奈を奪還してよしよしとその頭を撫でてあげる。
「これが落ち着いていられるか。我々は嵌められたんだ。貴族四家のくそどもにな!」
「くそって」
「どおりで姫神教会に関して野放しにしているはずだ。だが、聖夜の誘拐は貴族どもの主導ではなかったはず。どこかで何かがずれているな」
萌音の声のトーンが下がり、どうなっているんだと腕を組んだ。もしも貴族と姫神教会の目的が一致しているのならば、わざわざ誘拐する必要はない。
つまり、今朝の南夏家襲撃事件から、何かが変わり始めたということだ。
直感的に感じ取れる姫神と、この計画を主導しているという姫神がどうにも一致しないのだ。その理由の一つが、やっていることが人間と同じということにある。姫神ほどの超常的な力が、どうしてこんな人間臭い、政治的な部分までやってのけているのだろう。
いや、そもそも、姫神は誰かを唆さなければ、封印を掻い潜って力を発揮することさえ出来ないのではないか。
例えば、聖姫に取り憑いてみせたように。
例えば、帝と言葉を交わしたように。
「――」
考えていると、違和感が大きくなっていく。急に眼を見開く俺に、儀式の説明を始めようとしていた悟明は何だと怪訝そうだ。
「なあ」
「はい」
「その儀式って、姫神と寝るっていうのも含まれているのか?」
俺の確認に、悟明は婚姻なのだから当然だろうと、ますます怪訝な顔をする。しかし、俺はそんな悟明の顔に向け、びしっと箸を突き付ける。
「お行儀が悪いですよ、陛下」
「馬鹿なことを言っている場合か。おかしいだろ。どう考えても」
「何がですか?」
「姫神は実体を持っていないんだぞ。なのにどうやって俺と同衾するんだよ」
「えっ」
「それに、姫神は女の前にしか現れないんじゃないか」
「何を」
否定しようとした悟明だったが、何か思い当たることがあるかのように止まる。そして、そんな馬鹿なと小さく呟いた。
「お前の前に現れたのも、女に宿った姫神だった。違うか」
「え、ええ。その通りです。私が直接姫神と言葉を交わしたわけではありません」
「やはりな。そうなると、俺は姫神の器じゃない。姫神の伴侶に選ばれたかもしれないが、器じゃないんだ」
「ど、どういうことですか」
「ちょっと待て」
悟明の前にも女に宿った状態でしか現れていないことが確認できたのだ。この推論を進めても問題ない。
つまり、器になるのは女だ。
では、今、器に選ばれている女とは誰だ。
俺を伴侶にと指名し、姫神の力を復活させようとしているのは誰だ。
「王位に就けるのは女だけ。しかし、当初は男だった」
これもまた、引っ掛かる。
「まさか」
そこから導かれる結論なんて、一つしかないじゃないか。
俺は思わず箸を落としてしまう。
これは、今起こっていることは国家を転覆すること。
「あら。気づいちゃったのね。悟明すら上手く騙せたのに」
驚く俺の首に、しなやかな腕が巻き付く。その声は、小さい頃から聞き慣れたものだった。
「お前」
「そう呼んでくれるのね、聖夜」
恐る恐る振り向いた俺の目に飛び込んできたのは、可愛らしく微笑む女帝だった。
「ああ、もう、そういうことか!」
戦いながらもタイミングが良すぎることについて考えていた萌音は、最後の敵を蹴り飛ばした時、思わず叫んでいた。
「ど、どうされました?」
急に横で叫ばれて、亜弾の代わりに萌音の護衛を務めていた織奈はびくっと飛び上がってしまう。敵に攻撃されるより驚く声だ。
「なあ、織奈」
「は、はい」
「お前、今日結婚するけど、妻はお前だけじゃないんだって言われて納得できるか?」
「は?」
あまりに唐突な、それも戦場にはそぐわない、しかも泥沼な状況の結婚話に、織奈は訊き返したまま固まってしまう。
「なっ、そうなるよな」
「は、へ、はい。まあ、あり得ないですね」
「だというのに、帝と南夏聖夜の結婚には、姫神という余分なものがくっついて来るんだぞ。どうして帝は納得した? どうして誰もツッコミを入れないんだ? 聖夜が姫神と不可分だからか。だとしても、気持ち悪いよな」
萌音は織奈に掴みかかると、解るかと捲し立てる。それに織奈は解るけれども、そんな勢いよく言わないでと半泣きだ。
「閣下、落ち着いてください」
異常に気づいた少将の赤坂朋祢は、大急ぎで織奈を奪還してよしよしとその頭を撫でてあげる。
「これが落ち着いていられるか。我々は嵌められたんだ。貴族四家のくそどもにな!」
「くそって」
「どおりで姫神教会に関して野放しにしているはずだ。だが、聖夜の誘拐は貴族どもの主導ではなかったはず。どこかで何かがずれているな」
萌音の声のトーンが下がり、どうなっているんだと腕を組んだ。もしも貴族と姫神教会の目的が一致しているのならば、わざわざ誘拐する必要はない。
つまり、今朝の南夏家襲撃事件から、何かが変わり始めたということだ。
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