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第30話 助っ人
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俺が連れ去られたというニュースは、あっという間に広がっていた。すでに俺が気絶している間に帝との婚姻が発表されていたとあって、軍部が動くには問題ない状況が作りあげられていた。
「誰かの手の上で踊らされている気がしないでもないが、これはチャンスだ。姫神教会をぶっ潰すぞ」
全軍の招集を命じた萌音は、執務室に集まって難しい顔をする亜弾と、心配顔の貴明に向けてにやりと笑う。その顔は自信満々だ。
「大丈夫なんですか。人質を取られた上にお兄ちゃん、いえ、悟明がいるんですよ。呪術で武装してくるのは目に見えています」
貴明は不思議な力を使われたら終わりですよと指摘する。事実、呪術に長ける南夏家が総出で防衛していたというのに、あっさりと聖夜を連れ去れているのだ。単純に力押しで勝てるのか、不安になるのは当然だった。
「はん。当然、それは考えてある」
馬鹿にするなと萌音が鼻を鳴らした時、コンコンとドアがノックされた。一体誰がと亜弾と貴明がドアの方へと目を向けると、白い着物に緋袴を身に着けた女の子が立っていた。
腰を越える長い髪は一纏めにされているが、その髪の長さで、彼女が貴族だということが解る。貴族四家の女性は、滅多に髪を切ることがないのだ。その長さと豊かさこそ貴族の証とされているからである。
「えっと」
あまりに場違いな感じがする可愛らしいお嬢様に、貴明は困惑する。しかし萌音は待っていたと右手を挙げた。
「彼女は聖夜の妹の聖姫だよ」
「えっ」
「じゃあ」
「初めまして。南夏家次期当主、南夏聖と申します」
にこりと笑って名乗る聖姫の顔は、すでに南夏家を背負って立つ覚悟があった。その顔で、この子は聖夜が軍部に入った瞬間から、南夏家当主になることを心に決めていたのだなと気づく。
「今回はよろしく頼む」
「もちろんです。本当は父が出て来られれば良かったのですが、王宮の守護という任がございますので、私が兄の奪還作戦に参加します」
「うむ。というわけだ。南夏家から勢力をいくらか借りられている」
「はあ」
「私の身体の中にもまだ姫神の残滓があります。必ず勝てます」
少し不安そうな貴明に向け、聖姫はきっぱりと告げる。貴明としては戦場に姫様が赴くのは大丈夫なのかという不安だったのだが、それよりも気になるのは
「姫神の残滓?」
これだった。
「姫神はこの聖姫の身体に憑依し、姫神教会を手引きしたそうだ。王家と南夏家の人間は姫神と会話が可能だそうで、姫神が憑依することも稀ながらあるそうだ」
その疑問に答えたのは萌音だった。すでに綿密なやり取りがあったのか、そんな内部情報まで手に入れている。
「いつの間に」
「はっ。私は朝の婚姻決定騒動からずっと王宮にいたからな。情報は嫌でも耳に飛び込んできたよ」
結婚を先延ばしにさせようとしていたら、姫神教会から先に横やりが入ったんだと、思い切り悔しそうだ。萌音はすぐに、結婚となれば聖夜の動きが極端に制限されることになるのを見抜いていた。だから、そうなる前に何とか姫神教会を叩く算段を決めたいと動いていたのである。
「ああ、そういえば、朝の四時に呼び出しがあったんでしたね」
「そう。別に王宮の勤務時刻からすれば問題のない時間だからな。そこから婚姻の儀の準備を始めようとするのは当然だったんだろう。ただし、あまりにタイミングが良すぎる。私だけでなく、聖夜だって姫神と帝、二人と婚姻することになるなんて知らなかった。
ということは、情報は一部の人間にしか伝わっていなかったはず。いや、王宮ではすでに婚姻への準備が進み、そのために誰もが緊張していたようだから、結婚そのものが行われることは知ることが出来ただろう。しかし、聖夜との結婚だとは知らなかったはずだ」
ここに大きな問題があるんだよなと萌音は難しい顔になる。当事者である聖夜と萌音が結婚を知ったのは四時半ごろ。その直後に聖夜の失神騒動があったものの、五時には聖夜と帝の結婚が内外に発表になった。とはいえ、この段階で知ることが出来たのは、政局に近しい人間だけだ。
一般民衆が知ることが出来たのは、それからさらに時間が経った十時ごろのことである。そして、南夏家襲撃事件が起こったのがその十時。
「誰かの手の上で踊らされている気がしないでもないが、これはチャンスだ。姫神教会をぶっ潰すぞ」
全軍の招集を命じた萌音は、執務室に集まって難しい顔をする亜弾と、心配顔の貴明に向けてにやりと笑う。その顔は自信満々だ。
「大丈夫なんですか。人質を取られた上にお兄ちゃん、いえ、悟明がいるんですよ。呪術で武装してくるのは目に見えています」
貴明は不思議な力を使われたら終わりですよと指摘する。事実、呪術に長ける南夏家が総出で防衛していたというのに、あっさりと聖夜を連れ去れているのだ。単純に力押しで勝てるのか、不安になるのは当然だった。
「はん。当然、それは考えてある」
馬鹿にするなと萌音が鼻を鳴らした時、コンコンとドアがノックされた。一体誰がと亜弾と貴明がドアの方へと目を向けると、白い着物に緋袴を身に着けた女の子が立っていた。
腰を越える長い髪は一纏めにされているが、その髪の長さで、彼女が貴族だということが解る。貴族四家の女性は、滅多に髪を切ることがないのだ。その長さと豊かさこそ貴族の証とされているからである。
「えっと」
あまりに場違いな感じがする可愛らしいお嬢様に、貴明は困惑する。しかし萌音は待っていたと右手を挙げた。
「彼女は聖夜の妹の聖姫だよ」
「えっ」
「じゃあ」
「初めまして。南夏家次期当主、南夏聖と申します」
にこりと笑って名乗る聖姫の顔は、すでに南夏家を背負って立つ覚悟があった。その顔で、この子は聖夜が軍部に入った瞬間から、南夏家当主になることを心に決めていたのだなと気づく。
「今回はよろしく頼む」
「もちろんです。本当は父が出て来られれば良かったのですが、王宮の守護という任がございますので、私が兄の奪還作戦に参加します」
「うむ。というわけだ。南夏家から勢力をいくらか借りられている」
「はあ」
「私の身体の中にもまだ姫神の残滓があります。必ず勝てます」
少し不安そうな貴明に向け、聖姫はきっぱりと告げる。貴明としては戦場に姫様が赴くのは大丈夫なのかという不安だったのだが、それよりも気になるのは
「姫神の残滓?」
これだった。
「姫神はこの聖姫の身体に憑依し、姫神教会を手引きしたそうだ。王家と南夏家の人間は姫神と会話が可能だそうで、姫神が憑依することも稀ながらあるそうだ」
その疑問に答えたのは萌音だった。すでに綿密なやり取りがあったのか、そんな内部情報まで手に入れている。
「いつの間に」
「はっ。私は朝の婚姻決定騒動からずっと王宮にいたからな。情報は嫌でも耳に飛び込んできたよ」
結婚を先延ばしにさせようとしていたら、姫神教会から先に横やりが入ったんだと、思い切り悔しそうだ。萌音はすぐに、結婚となれば聖夜の動きが極端に制限されることになるのを見抜いていた。だから、そうなる前に何とか姫神教会を叩く算段を決めたいと動いていたのである。
「ああ、そういえば、朝の四時に呼び出しがあったんでしたね」
「そう。別に王宮の勤務時刻からすれば問題のない時間だからな。そこから婚姻の儀の準備を始めようとするのは当然だったんだろう。ただし、あまりにタイミングが良すぎる。私だけでなく、聖夜だって姫神と帝、二人と婚姻することになるなんて知らなかった。
ということは、情報は一部の人間にしか伝わっていなかったはず。いや、王宮ではすでに婚姻への準備が進み、そのために誰もが緊張していたようだから、結婚そのものが行われることは知ることが出来ただろう。しかし、聖夜との結婚だとは知らなかったはずだ」
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