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第29話 姫神
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「抵抗なさっても無駄ですよ。聖夜様が目的に気づかれることは、聖嗣様も織り込み済みです。すでに屋敷の周囲は南夏家が総出で固めております」
家令の言葉に、俺は舌打ちしてしまう。そして、あそこで気絶することもまた、父の策略だったのだと知った。
極度の緊張に追い込み、唐突に結婚を告げる。そうやって精神のバランスを崩したのだ。あの鋭い視線はわざとだったのである。
「姫神とは何なんだ?」
俺は思わず、その問いを口にした。
「姫神とは、この国の総てですわ」
それに答えたのは、意外にも聖姫だった。しかし、強烈な違和感を覚える。
「お前は何者だ?」
「ふふっ。さすがは私を宿す男。鋭いわね。邪魔しなければ一瞬で気づけるなんて」
「なっ」
姫神が聖姫を依り代にして出てきた。その異常事態に、部屋の中は僅かに混乱する。しかし、俺は逃げ出すことは出来なかった。姫神の宿る妹をじっと見つめる。
「俺を、そういう状態にするつもりか」
器になるとは、乗っ取られるということか。俺は冷や汗が伝うのを感じながら訊ねる。すると、意外にも姫神はそれを否定した。
「器と依り代は別物よ。器はあの男以来、全く現れなかった。封印の影響もあるのでしょうけど、器は稀なる存在よ。あなたと私が不可分になるの」
「不可分」
ますます予想外で、俺の顔は自然と険しくなっていた。
まったく、世の中、こんなにも知らないことで溢れているものなのか。知るべきものがないと思っていた国の中に、こんなにも知らないことがあったのか。
姫神と王の関係もまた、考えたことがないほど複雑であるらしい。
「最上の男でしか、私を宿すことは出来ない。さあ、あなたが新しく国を作るのよ」
しかも姫神は、とんでもないことを言い出す。破壊の神は、俺の中に入り込んで、この国を壊してしまうつもりだ。
「くっ」
受け入れても拒んでも、姫神はこの国を壊してしまう。俺はどうすればいいんだと周囲を見渡すが、家令たちは姫神の降臨に平伏するのみだ。
「逃げる必要はないわ。紫龍ちゃんも望んでいることだもの」
「は?」
「あなたが王になり、新たな国を築くのよ。紫龍ちゃんは、そんなあなたの奥さんでいいんだって」
「――」
あの女帝が、自分の役目から逃げたがっているだって。そんなことがあるはずないじゃないか。俺はそう反論したかったのに、しかし言葉は口から出てこなかった。
もしも王家の役目から逃れられる方法が目の前に現れた時、彼女が飛びつかないと言えるだろうか。そんな疑問が過ったせいだ。
自分が南夏家を飛び出したように。彼女も自分の知らない世界に飛び立ちたいと思ったことがないと、言い切れるだろうか。
「ふふっ。あなたは本当に魅力的」
にこっと、妹の顔で違う女が笑う。その奇妙な光景から、俺は目を離すことが出来ない。
「聖夜!」
と、そこに聖嗣の大声が飛び込んできた。俺ははっとなり、その場から逃げようとしたが、それより先に姫神に捕まる。
「くっ」
振り払おうとしたが、普段の聖姫からは考えられないパワーで腕を握られる。骨が軋むのが解るほどだ。
「悟明、ここよ!」
俺が痛みに顔を顰めていると、姫神があの男の名前を呼ぶ。と同時に、部屋の外の音が俺の耳に飛び込んできた。
「なっ」
どん、ごんと轟音が鳴り響いている。呪術が飛び交うのが解る。姫神によって気づかないようにされていただけで、外ではずっと戦闘が繰り広げられていたのだ。
「父――」
「喋らないで」
「ぐっ」
聖嗣を呼ぼうとしたら、姫神に股間を蹴られた。なんていう容赦のない神様だ。しかも夜着だったものだから、足が着物の間に入り込み、ほぼダイレクトに蹴飛ばされた。パンツは奪われていなかったと信じたい。貴族は夜、下着を身に着けないのが常識なのである。が、痛みで確認できない。
「こちらでございます」
痛みと妙な気掛かりに悶えていると、白い着物に黒の袴を身に着けた悟明が部屋の中に入って来た。いつの間にか部屋の中にいた家令も女給も気絶させられている。
「南夏さん」
冷や汗を流す俺の顔を覗き込むと、悟明は勝ち誇ったように笑い
「早く来ないと実力行使に出ると言ったでしょ」
とわざとらしく言ってくれるのだった。
家令の言葉に、俺は舌打ちしてしまう。そして、あそこで気絶することもまた、父の策略だったのだと知った。
極度の緊張に追い込み、唐突に結婚を告げる。そうやって精神のバランスを崩したのだ。あの鋭い視線はわざとだったのである。
「姫神とは何なんだ?」
俺は思わず、その問いを口にした。
「姫神とは、この国の総てですわ」
それに答えたのは、意外にも聖姫だった。しかし、強烈な違和感を覚える。
「お前は何者だ?」
「ふふっ。さすがは私を宿す男。鋭いわね。邪魔しなければ一瞬で気づけるなんて」
「なっ」
姫神が聖姫を依り代にして出てきた。その異常事態に、部屋の中は僅かに混乱する。しかし、俺は逃げ出すことは出来なかった。姫神の宿る妹をじっと見つめる。
「俺を、そういう状態にするつもりか」
器になるとは、乗っ取られるということか。俺は冷や汗が伝うのを感じながら訊ねる。すると、意外にも姫神はそれを否定した。
「器と依り代は別物よ。器はあの男以来、全く現れなかった。封印の影響もあるのでしょうけど、器は稀なる存在よ。あなたと私が不可分になるの」
「不可分」
ますます予想外で、俺の顔は自然と険しくなっていた。
まったく、世の中、こんなにも知らないことで溢れているものなのか。知るべきものがないと思っていた国の中に、こんなにも知らないことがあったのか。
姫神と王の関係もまた、考えたことがないほど複雑であるらしい。
「最上の男でしか、私を宿すことは出来ない。さあ、あなたが新しく国を作るのよ」
しかも姫神は、とんでもないことを言い出す。破壊の神は、俺の中に入り込んで、この国を壊してしまうつもりだ。
「くっ」
受け入れても拒んでも、姫神はこの国を壊してしまう。俺はどうすればいいんだと周囲を見渡すが、家令たちは姫神の降臨に平伏するのみだ。
「逃げる必要はないわ。紫龍ちゃんも望んでいることだもの」
「は?」
「あなたが王になり、新たな国を築くのよ。紫龍ちゃんは、そんなあなたの奥さんでいいんだって」
「――」
あの女帝が、自分の役目から逃げたがっているだって。そんなことがあるはずないじゃないか。俺はそう反論したかったのに、しかし言葉は口から出てこなかった。
もしも王家の役目から逃れられる方法が目の前に現れた時、彼女が飛びつかないと言えるだろうか。そんな疑問が過ったせいだ。
自分が南夏家を飛び出したように。彼女も自分の知らない世界に飛び立ちたいと思ったことがないと、言い切れるだろうか。
「ふふっ。あなたは本当に魅力的」
にこっと、妹の顔で違う女が笑う。その奇妙な光景から、俺は目を離すことが出来ない。
「聖夜!」
と、そこに聖嗣の大声が飛び込んできた。俺ははっとなり、その場から逃げようとしたが、それより先に姫神に捕まる。
「くっ」
振り払おうとしたが、普段の聖姫からは考えられないパワーで腕を握られる。骨が軋むのが解るほどだ。
「悟明、ここよ!」
俺が痛みに顔を顰めていると、姫神があの男の名前を呼ぶ。と同時に、部屋の外の音が俺の耳に飛び込んできた。
「なっ」
どん、ごんと轟音が鳴り響いている。呪術が飛び交うのが解る。姫神によって気づかないようにされていただけで、外ではずっと戦闘が繰り広げられていたのだ。
「父――」
「喋らないで」
「ぐっ」
聖嗣を呼ぼうとしたら、姫神に股間を蹴られた。なんていう容赦のない神様だ。しかも夜着だったものだから、足が着物の間に入り込み、ほぼダイレクトに蹴飛ばされた。パンツは奪われていなかったと信じたい。貴族は夜、下着を身に着けないのが常識なのである。が、痛みで確認できない。
「こちらでございます」
痛みと妙な気掛かりに悶えていると、白い着物に黒の袴を身に着けた悟明が部屋の中に入って来た。いつの間にか部屋の中にいた家令も女給も気絶させられている。
「南夏さん」
冷や汗を流す俺の顔を覗き込むと、悟明は勝ち誇ったように笑い
「早く来ないと実力行使に出ると言ったでしょ」
とわざとらしく言ってくれるのだった。
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